
balance
1
「ごめんっ!この埋め合わせは帰って来たら絶対にするから!」
「いいわよ、日本にいれないんだもの。みんながお祝いしてくれるから心配しないで」
別に誕生日だからと何かを期待してはいない。
バレエ教室のティーン達は、誕生日プレゼントや誕生日イベントが全てと言いたげだけれど。
私は…
お祝いとか望んではいないから。
フランソワーズの誕生日に博士のお供で学会に出席しなければならなくなったジョー。
正確にはイワンと博士が学会に出席するのだが、赤ん坊が出る訳にはいかず、通信係みたいな役目でジョーが出ることになった。
いつも誕生日の近い博士と一緒に飯店で祝ってもらうのだが、今年は博士も不在となる。
それでもみんなが集まってお祝いしてくれるから、フランソワーズはそれだけでも満足だった。
博士達を送り出し、帰りに寄ったショッピングモールで、美香に出会った。
「美香さん!!」
「フランソワーズさん!お一人ですか?」
「ええ、あ、もし良かったら、これからランチでもどう?」
「そうですね、せっかくだから」
「でも用事の途中だったんじゃ?」
「いえ、大した用事ではないんです。大丈夫です」
とても慌てたような様子の美香にフランソワーズは「?」となったが、そこで話しているうちに謎は解けた
「フランソワーズさん!!」
「え…」
目の前にフィリップ
「フィリップさん…あ…美香さん…ごめんなさい、私…急用が」
立ち去ろうとしたフランソワーズの腕を美香ががっちり掴む
「あ、いいんですよ、一緒にランチしましょうよ!その方が私も気が楽になりますから」
「お邪魔では…」
「そんな事ないですぅぅ」
美香の明らかに動揺している態度に疑問に思いつつも、フランソワーズに会えた事を素直に喜んでいるフィリップに、それはデートではないという事を察し、少しがっかりするフランソワーズだった。
2
「ところで、今日は2人揃ってどうしたの?」
フランソワーズの問いに、フィリップは持っていたフォークを派手に落とす。
「は、は、は!ちょっと研究室で必要なものの買い出しだったんですよ、ね!佐伯さん!!」
「そ、そ、そうなんです!!研究室の買い物ですよね、フィリップさん!!」
明らかに動揺している2人を疑惑の目で見ながら、フランソワーズはパスタを口に入れる。
「あ、そういえば、フランソワーズさんの誕生日もうすぐですよね、今年もパーティーに呼んでくださってありがとうございます」
フィリップが頭をさげる。
「別に私が主催しているわけでもないから…美香さんは来ていただけるのかしら?」
「もちろんです!私まで招待していただいてありがとうございます!!」
「いえ、だから私が主催では…」
毎年博士とフランソワーズの誕生日には、2人の関係者などが招待されて、飯店は貸切となり、賑やかな夜になる。
今年は博士がいないから、招待客も減るだろう。
「今年は博士がいないから、例年の賑やかさはないかもしれないわね」
「ギルモア博士、いないんですか?」
「ええ、学会でアメリカへ、ジョーも一緒よ」
「「ええ〜???島村さんいないんですかぁぁ〜???」」
フィリップと美香が見事にハモった。
「そうなの、帰ってこないわ」
フィリップがニヤリとしたのを美香は見逃さなかった。
「しかし、びっくりしたね」
フランソワーズの後ろ姿を見送りながら、フィリップは美香に言う。
「隠し事はできないんですね」
「キミ、ひどく動揺していたじゃないか」
「フィリップさんの方が隠し事バレバレって感じでしたよ」
2人顔を見合わせ笑う。
たとえフランソワーズの為に一緒にいたとしても、フィリップの気持ちが美香にないとしても、こうやって一緒の時間を過ごせる事だけでも美香は満足だった。
このバランスが今の自分にはぴったりなのだと。
「アクシデントで時間が押したから、急いで買い物しよう!」
「あ、待ってください!」
走るフィリップを美香が追った。
3
美香はスマホの画面をじっと見る。
明日のフランソワーズのパーティーに研究室からプレゼントを贈ることになった。
その買い出しに任命されたのはフィリップと美香。
所長にしたらフランソワーズに一番近い存在ということで選んだと思うのだが。
2人で何がいいか考えたのだが、何を贈ったら喜ぶのかわからなかった。
自分よりずっと長くフランソワーズに関わり、ずっとその姿を追っているようだったフィリップもフランソワーズの好みを全く理解していなかった。
美香もフランソワーズやジョーと関わりが深くなるにつれ、謎が多い事に気づいていた。
フィリップは何も感じていないのだろうか?
彼らの事を。
結局花がいいのでは?という事になり、飯店近くのフラワーショップで青い薔薇の花束を作ってもらう事にした。
フラワーショップにあった写真をスマホで撮影してきた。
青い薔薇の花束
花言葉は
「夢は叶う」
この花束を彼女はきっといつもの穏やかな笑顔で嬉しそうに受け取るんだ。
「ありがとう、素敵ね」
そしてフィリップが幸せそうな顔をする。
自分には見せた事のない笑顔で。
視線を逸らすと、壁にかけた明日着て行こうと考えていたワンピース
いつもは白衣ばかりだから、こういう機会は貴重だと新調した。
フィリップは気にもしないと思うが…。
このワンピースで青い薔薇の花束を受け取る自分の姿を想像する。
フィリップがフランソワーズに見せるあの笑顔で、美香に花束を渡す。
そんな事あるわけないのに
ベッドに潜り込み、明かりを消した。
4
パーティー当日は、仕事を早く切り上げて、飯店の準備の手伝いに駆り出された。
新調したワンピースに何の反応もなく、用事を言いつけるフィリップの後ろ姿にふくれっ面をする美香。
ダイジンがそっとエプロンを差し出す。
「綺麗な服が汚れるね、これするといいね」
さすが接客業のプロ、ちゃんと見てくれる。
「ありがとうございます」
美香はエプロンをつけると、フィリップが呼んでいる厨房に向かった。
あたりが暗くなってきて、飯店に続々と招待客が入ってくる。
博士がいなくともたくさんの人がフランソワーズのお祝いに駆けつけた。
フランソワーズが一番「おめでとう」と言ってもらいたい人は海を越えているから参加できない。
すれ違いが多いようで、慣れているからと普通に答えていた。
美香は何となく引っかかった。
「だからフィリップさんが期待するのよ!」
「え、何か言った?」
「あ!いえ、何にも…」
心の中の言葉がダダ漏れだった。
フィリップは昨日頼んだ青い薔薇の花束を抱えていた。
「はい、佐伯さん、行ってきたよ。君からプレゼントしてよ」
フィリップはフランソワーズに見せる時の笑顔で、美香に花束を渡す。
「え?」
昨日考えた光景。
自分に向けてではないのに、ドキッとした。
「あ、ありがとうございます」
フィリップはフラワーショップに取りに行ってくれてありがとうという言葉に取る。
「いいって、君忙しそうだったから、あ、そういえば」
フィリップが何かを取りにその場を離れる。
持ってきたのは小さな花束
真っ赤な薔薇
「これ、お店の人からもらったの、昨日一緒にいた女性にって」
「え?」
「どうそ」
突然の事に美香は言葉を失う。
「どうしたの?」
涙がポロポロ出てきた。
封じていた心の声が溢れ出しそうで手で口を覆う。
バランスが崩れそう…
「え、なに?何で泣くの?」
「ごめんなさい。こういうの慣れてなくて」
「え?」
フィリップは笑い出す。
「何だ、僕何か悪い事したのかと思ったよ」
…この人は何もわかっていない。
美香が必死に保っている心のバランスを平気で崩してくる。
「美香さん、フィリップさん、今日はありがとう!!」
「あ、フランソワーズさん!」
美香の反応に戸惑っていたフィリップが助っ人がきたと安心したようにフランソワーズに駆け寄る。
「ほら、佐伯さん」
美香は慌ててもらった小さな花束を置き、大きな青い薔薇の花束をフランソワーズに渡す。
「フランソワーズさん、お誕生日おめでとうございます!研究室のみんなからです」
「まぁ、ありがとう!素敵!」
フランソワーズはいつもの穏やかな笑顔を美香に見せる。
後ろのフィリップをちらりと見る。
そうだ、この笑顔
先ほど美香に見せた笑顔は受け取った時のフランソワーズの笑顔を想像したのだろう。
自分に向けたものではない事くらいわかっている。
「美香さん、どうしたの?」
フランソワーズが心配する。
「え?」
「泣いて…た?」
「いえ、違うんです!あくび、そう!あくびが出たから」
「そう、ならいいんだけど…」
美香のちょっとした変化を見逃さず心配してくれるフランソワーズ
でも
貴女の求めているものは何?
美香は心の中で叫んでいた。
5
パーティーは盛り上がり、場の熱気から少し離れようと美香は外に出た。
冷たい風が心地いい。
ふと飯店の通用口に人がいるのに気づいた。
「誰?」
美香は気づかれないよう少しだけ近く。
その姿に驚いて思わず声を出しそうになる。
「し、島村さん?」
後ろ姿だが、間違うわけはない。
フランソワーズの顔はいつもの笑顔ではなかった。
「別に良かったのに、無理して来なくても」
その言葉に少し棘があるように感じた。
いつも優しい彼女らしくないと思いながら、ジョーには本音をぶつけられるのだろうと同時に気づく
「せっかく飛んできたのに随分な態度だ」
言葉の割にはのんびりとした口調。
いつものジョーだった。
「埋め合わせは帰ってからって言っていたじゃない」
「理由つけて会いたくなった」
ジョーの本音にフランソワーズはクスッと笑う。
美香は聞いていてもいいのかと戸惑った。
でもその場から立ち去ることもできなかった。
謎が多い2人のプライベートだから。
「タイムリミットは?」
「あと1分」
「じゃ、時間あるわね」
そういうとフランソワーズの顔が、ジョーの後ろ姿にかぶる。
その直後
ジョーの姿が透明になり…消えた!
「!!」
美香は今見ていた光景に目をこする。
フランソワーズが美香の存在に気づく
「美香さん?」
「き…消えた?」
「どうしたの?」
何事もなかったかのようにフランソワーズは美香に近寄る。
「島村さんが、さっきまでここに!そして消えて…!!」
「え、誰もいなかったわよ、どうしたの?美香さん、疲れているんじゃない?」
幻覚?
いや、そんな事は…
それから数日後、ジョーが帰国した。
帰国したら絶対にあの夜の事を聞こうと思っていた美香だったが、日にちが経つにつれ、あの日の事が霧のようになっていった。
もしかして、私の幻覚なのかも。
ジョーと面と向かった時、何を聞くかすら忘れていた。
時々夢にあの日の情景が浮かぶ事がある。
あれは何だったんだろう。
そして
あの2人は一体?
〜おしまい〜
2018.1.24〜4.30