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believe and wait

1

 

 

 

 

 

 

ジェロニモは、誰もいないと思い、玄関の扉の鍵を開けようとした。
同時に扉が開き、後ろのめりになる。



「あら、ジェロニモ、おかえりなさい」

「…いたのか、電話しても誰も出なかったから」

「ごめんなさい、部屋で支度していたから」

ジェロニモは、目の前のフランソワーズを見る。
近所に買い物…という格好ではない。



「出かけるのか?」

「ええ、遅くなるかもしれないから、夕飯はダイジンが作ってくれるから」


家の前に車が止まった。

「行ってきます」


その車が明らかに普通ではないことに気づいたジェロニモは、フランソワーズを呼び止める。

「ジョーはどうした?」

フランソワーズは寂しそうに笑う。

「別居中なの」



車から降りてきた男…。
随分前に関わったな。
何故日本に??



フランソワーズをエスコートして、車に乗り込んだ。

運転手が車を出す。



「一体何が起こってるんだ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2

 

 

 

ジェロニモが来日した理由は、ギルモア邸にある暖炉だった。

ジョーに任せていると、暖炉より炬燵でしょ。と全く手入れをしない。
今年こそは火入れをしたいと、はるばるアリゾナから来てみたが…。

いつもは賑やかなギルモア邸がしんとしている。
そして冷えきったような感じがする。



フランソワーズが出かけ間際に言った言葉が引っかかる。

「別居中なの」



何があったんだ?
 

 


ギルモア邸の敷地内にある林に向かう。
木を集める為だ。

外に出ると、車が入ってきた。
見慣れた車だ。



「あ、ジェロニモ、おかえりなさい」
「ジョー、お前、別居中って…」



「は?誰がそんな事を」
「フランソワーズ」
ジョーはふーん、という顔をした。

 


「別居…言われても仕方がないか」

「何があった?」

「小柳研究室に篭ってた、帰って来たの1週間ぶりかな?」

「そんなに忙しいのか?」

「ギルモア博士と共同開発の人工臓器だから、博士が留守の間は帰れない」

「博士は?」

「学会で留守中」

ジェロニモはじっとジョーを見た。




「シャワー浴びて、着替えたらまた戻るよ」


「お前、知ってるのか?」

「何が?」

「フランソワーズがハトランドの皇太子と会っている事を」

「…え?」


…余計な事を言ったかもしれない…。



ジェロニモは、話を止めてジョーに背を向けると木こりに行った。
 

 

 

 

 

 

3

 

 

 


「フランソワーズ?」


考え事をしていたようだ、ゴーチェが覗き込んでいる。


「…あ、ごめんなさい」
「僕と一緒じゃ、面白くないみたいだ」
ゴーチェが膨れる。

「そ…そんな事は…」
「せっかく日本に来て君に再会出来たのにな、君は浮かない顔ばかりしている。」



永世中立国だったハトランド国に、急に軍事施設が作られた事を不審に思ったゼロゼロナンバーは、ハトランドに飛んだ。

国王が誘拐され、国王になりすましたニセモノが、軍備拡大を訴えていた。

その頃息子のゴーチェは学生だった。
国の異変に留学先から帰国したが、父親の豹変ぶりにショックを受けた。

その時親身になり、ゴーチェの心の支えになったのが、フランソワーズだった。


ゼロゼロナンバーの活躍で、黒幕も見つかり、誘拐されていた国王も無事釈放された。

結果的には武器を売り、多額の富を積む死の商人の仕組んだ罠だった。


ゴーチェは何よりも、心の支えになってくれたフランソワーズに感謝以上の物を感じていた。


毎年誕生日には、部屋を埋め尽くす程の薔薇を贈った。

ジョーが薔薇嫌いになるほどに。


ゴーチェは気づいていない。

あの時は、ジョーとフランソワーズには何もなかったのだから。



「今年の誕生日は、君の為に大使館でパーティを開こう」


誕生日…そっか。もうすぐなのね。


フランソワーズはまたぼんやりとする。



 

4

ジェロニモが蒔を作り、家に持ち帰る。


ジョーが再び出かけようとしていた。

「 研究室に戻るよ」

「お前、フランソワーズといつから会っていないんだ?」

おせっかいなのは承知の上だが。

「う~ん、いつからだろう」

「それじゃあ別居と言われても仕方ないな」


「博士が帰ってくれば少しは落ちつくけどね」

「帰っては来るのか」

「まあね」

「そうか、頑張れよ」

「うん、じゃ留守頼みます」


慌ただしく出かけていく。



ジョーは自分たちの未来の為に頑張ってくれている。

自分の事は後回しで。

フランソワーズも承知だろうが…。


ジェロニモは暖炉の掃除を始めた。



 

 


横浜に向かう道。

海岸道路を走る。

緩いカーブに軽くハンドルを切る。

天気はいい。

心は…晴れない。


ハトランドの皇太子がフランソワーズに好意を持っているのは知っていた。

まさか来日するとは。


フランソワーズの事だ、日本を案内して。などと言われたんだろう。

連絡する暇もなかったし、いつ帰れるかもわからない。

最初はフランソワーズも弁当を作って置いてくれたが、いつ戻るかわからないからと、断った。

あれ以来帰宅しても留守ばかりだ。


ゴーチェが来ている事も知らなかった…。



ため息をつき、アクセルを思い切り踏んだ。




 

5

横浜は青空が広がっている。

赤レンガ倉庫の前には、毎年恒例となったアイスリンクが設置されていた。
女子高生の団体が、きゃっきゃ言いながら滑っている。

 


横浜港をぼんやり眺める。
ベイブリッジが陽の光に輝いている。



広場には、ジョギングをする人、犬の散歩をしている人、観光客が写真を撮っている。



異国情緒溢れるこの街にいると、自分のビジュアルも目立たないような気がする。
ここなら…どんな国の人も受け入れてくれる様な…そんな気がした。




天気がいいからか、とても冷たく、鼻がツンとする。
ジョーはマフラーを鼻まで上げた。


 

 


「島村さん?」
声を掛けられ振り返る。

「どうしたの?独り?」
「島村さんこそ、仕事中じゃないんですか?」

「ねぇ、ちょっと時間ある?」



 

 



車窓から流れる景色を見ていた。


ゴーチェは留学時代の話や、公務で訪れた国々の話を面白おかしくしてくれる。
とても楽しい話なのに…。
何故気分が乗らないんだろう。


信号が赤に変わる。
みなとみらいは今日も賑わっている。
ふと目に付いた。


ジョー?


隣には若い女の子が。
楽しそうに話をしている。

久しぶりに見たような気がした。
同じ屋根の下に暮らしているのに…。

「フランソワーズ、気分でも悪いのかい?」
ゴーチェが心配する。
「いいえ、大丈夫です」

信号が青に変わり、2人の姿も遠ざかる。


 

 




「今日はありがとう、用事あったんじゃない?」

「暇つぶしでしたんで…でも島村さんに会えるなんてびっくりしました。」
女性は嬉しそうに笑う。

港が見渡せるオープンカフェ。
ジョーはコーヒー、女性はチョコレートパフェ。

「こういう所苦手でさ、付き合ってもらって良かったよ」

「喜んでくれるといいですね」
女性はクスッと笑いながら言う。
「そうだね…」


「それより君も仕事あるんじゃない?」

「暇つぶしって言いましたよね?実は会社辞めたんです」

「え?どうして?あんなにやりがいがある仕事だって…」

「結婚するんです。彼が…仕事辞めろと言うから…」
女性は結婚を目前とした様子にしては沈んだ顔をした。

彼女とは大学時代同じ研究室にいた。
大学出てすぐに会った時、やりがいのある仕事に就けたと話していた彼女の姿を思い出す。

「本当に…それでいいの?」

ジョーの言葉に女性はうつむきながらもしっかりと話す。

「…確かに、今の仕事はやりがいがあって楽しかった…でもこれからは、彼を支えるのが私の仕事…私にしか出来ない仕事です」
言葉を言い終え、顔を上げた彼女は笑っていた。

ジョーもホッとしたように
「結婚おめでとう」と笑顔で返す。


2人は駐車場まで並んで歩く。



 

6

フランソワーズの通うバレエ教室。
今日はキッズクラスの指導日だ。


アズナブール先生の登場で、フランソワーズの実力は、バレエ教室の誰もが知る事となった。

小松が放って置くわけがなく、キッズクラスの指導者をやらないかと提案してきた。

子供は好きだし、自分で収入を得る事に喜びを感じた。

ジョーは亭主関白気取りだったから、最初は反対したが、小松に押しきられる形で渋々了解した。


キッズクラスの発表会などがあると、家を空けなければならないから、それは申し訳無く思うけど、子供達の生き生きとした姿を見れるのはとても楽しかった。


保護者達も、フランス人形の様な綺麗な先生に、羨望と嫉妬が入り混じっていた。


フランスの有名なバレエの先生の次は、ハトランド国の皇太子が熱い眼差しでフランソワーズの指導風景を見学する。


保護者達のひそひそ話もヒートアップだ。


小松はそんな保護者達はおかまいなしに、フランソワーズに近づく。


「島村くんの姿が見えないかと思えば、今度は皇太子?」


「旧友で、来日中なので、日本を案内していたら、私の仕事風景を見たいって…」


ゴーチェは満足そうな顔をして見ている。


「ふーん、乗り換えたのかと」

「何言っているのよ??」

「あっちはあなたに惚れてるわよ」

からかうように笑う。

「まさか」

小松がキョトンとする。

 


「あの顔は誰が見ても惚れてる顔じゃない、その気がないならはっきりした方がいいわよ。
まぁ、こんな狭い日本に暮らさなくても、その、ハトランド?でお姫様も悪くはないんじゃない?」


「…。」



フランソワーズはゴーチェを見る。



ゴーチェが満足そうにウインクをする。

7

車は海岸線を走り、林を抜ける。
門の前に車が止まる。


「ありがとうございます。」

「明日迎えを出します。素敵な夜になりますよ」
ゴーチェはそう言うと、フランソワーズの頬にキスをする。



「おやすみ」

「…おやすみなさい」




門を開け、振り返ると、車のテールランプが遠ざかっていく。

ふとみなとみらいで見たジョーを思い出す。

…楽しそう…だったな。

仕事で忙しいと思っていたのに。

女の子と…。



 


深呼吸してドアを開ける。

目の前にジョー。


「…ただいま」

「おかえり」

手にコーヒーカップ。

「帰っていたの?」

 


「うん、博士帰って来たから」
「…ごめんなさい、知らなくて」



「いいよ、ゴーチェが来てるんだろ?」
「…日本を案内して欲しい…って」



「あ、あのさ、明日…」
ジョーが言いかけると重ねるように
「明日、ハトランドの大使館でパーティーがあるの…」

 


「…そっか、楽しんでくるといいよ」
「あなたも…一緒に…」
「君が招待されたんだろ?」
「ジョー…あの…」

 


「もう休むといいよ、おやすみ」


 


みなとみらいで一緒にいた子は誰?
 



心で何度も繰り返す。
 

8

暖炉に火を入れた。


この家の寒さに耐えられなかったのかもしれない。


いつもは誰かしらがくつろいでいるリビング。

キッチンからは挽きたてのコーヒーの香り。

時々聞こえるピアノの音。

誰かの笑い声。

2人の寄り添う影。


今は…何もない。


どうしたと言うのだ…。



ジェロニモは暖炉に木をくべながら考えていた。

これが平和なのか?
この家には…暖かみが消えている。




「暖炉、つけてくれたのね」
フランソワーズが入ってきた。

 


「皇太子はいつ国に帰るんだ?」
「あさってらしいわ、明日大使館で私のバースデーパーティーをしてくれるそうよ、あなたも一緒にどう?」
「ジョーは?」
「行かない…ですって。」
フランソワーズは寂しそうにうつむく。

「わかっている事だろう?」
何を言われたのかわからず顔を上げる。

 


「ジョーは俺たちの為に頑張っている。わかっている事だろう?」
フランソワーズはこくっと頷く。

 


「待ってやれないのか?」
「ゴーチェが来日している間は、日本を案内しようと…」
「ゴーチェがお前の事をどう思っているか位、わかるだろう?」

 


小松と同じ事を言う。
「ジョーだっていい気分はしないはずだ」
「でも…」
「でも…何だ?」

 


…言わないでおこう。
仕事で忙しいはずが、女の子と会っていた…なんて話は。

 


「何もないわ」
フランソワーズは暖炉の前で膝を抱く。
「ジョーが行かないのなら、俺も行かない」

 



フランソワーズはため息をつく。


 


自分の誕生日を覚えていてくれたのは、ゴーチェだけだと。
 


誰も帰って来ない。
みんな自分の生活がある。
ジョーだって…。

 


明日…何を言いかけたのか。
 


自分の言葉で消したのは、後ろめたさと。
 


女の子の存在だったのかも知れない。
 

9

研究所の一角。
規則的なキーの音だけが聞こえる。


博士とイワンは熱心に各国の学会に顔を出している。
今日帰国して、コナヤギ博士との研究を再開した。

自国にいる仲間もみな自分のやりたい事に没頭している。

みんな自分の時間を手に入れた。

平和…。



平和?




勃発している内戦、こうしている間にもどこかの国で誰かが戦死している。

自分達にはどうにもならない。

ただ目を瞑っているだけ。




パチン、と、電気がついた。

「どうした?こんな真っ暗な部屋で」
ジェロニモが入ってきた。


「留守中こっちが手薄になるから整理中…と言っても最近は事件らしい事件もないしね」

「やっと落ちつくのか?」



「コヤナギ博士の今の研究は、僕たちが実験台にならなくてよくなるかもしれない。誰かが戻って来て実験台中はデータ収集だと軟禁されなくてもよくなる…その代わり他の研究員には内緒のトップシークレットだ」
 


ジョーは小声でジェロニモに話す。
誰も聞いていないんだから何も小声でなくてもいいのだが、ジェロニモもつい小声になる。


 


「お前もあっちだこっちだと大変だな」




「ジェロニモはいつまでいるの?」

「あさってに帰ろうと思う」

「本当に暖炉に火を入れるだけに来たの?」

「そうだ…悪いか?」

「いや、別に悪くはないけど」


「この家が寒すぎたんだ、この家は人が集まらないほうがもちろんいいのだが…人の温もりが感じられなくなっていた」

 


「そうかな…」

「お前はしばらくいなかったんだろ?いない間、フランソワーズは独りだった」

「まぁ…そうなるね」

「独りでいるのに耐えられなくなった頃にタイミングよくハトランドの皇太子がやってきた」

「今年は薔薇じゃなく、本人だった訳だ」




「誕生日…忘れていた訳ではないんだろう?」

「もちろん、明日時間を取って食事でも…位は考えていたさ」

「皇太子に先を越されたな」

「まぁ、先ほど聞いたばかりですが」

「努力を怠ったんだ」


 


「…努力…ねぇ」

「同じ家に住んでいてすれ違いばかりなんてなかなか出来ることじゃないだろう?連絡もせずにだ」

「帰れるアテもないのに、連絡できないよ」

「時々は帰れたんだろう?」

「空き時間にふらっとね。フランソワーズはいつもいなかったし」

「これからもそんな事を繰り返す気か?そんなんじゃ皇太子に心が動いても仕方ないな。」

「言うなぁ」

「努力だ、何事も」


 


ジェロニモはそう言うと、研究室を出た。

「努力ねぇ…」

コンピュータをシャットダウンし、ジョーも研究室を出る。

 



リビングには誰もいない。

まだ暖炉の火が燻っていた。

とにかく目の前の山を越える事に全力を注いでいた。

周りなど…見えなかった。



フランソワーズの部屋の前で立ち止まる。
もう休んでいるようだ。

 


「寂しい思いさせて…ごめん」



ドアに向かって呟いた。

10

ハトランド国の大使館。


それほど大きくないが、手入れの行き届いた庭と、客をもてなすパーティースペースがある。

皇太子の来日に、親交の深い国の大使らがかけつける。



ゴーチェはフランソワーズに青いカクテルを渡す。

「ありがとう」
「君の瞳のような色だ。綺麗だ」
歯の浮くような言葉だが、場のせいか嬉しくなる。

「今日のドレスも、キミの美しさを一段と際立たせてくれているね」
ゴーチェはフランソワーズに熱い視線を送る。

「後でうちのシェフがキミの為にバースデーケーキを用意してくれるらしい。キミの国のパティシエにも勝るとも劣らない腕を持っているよ」

ふと、ダイジンの顔が浮かぶ。
今は中国に食料の買い出しに出かけている。
バースデーのご馳走が作れず申し訳けない。と言ってたっけ…。


ゲスト達も、フランソワーズを気にしている。

未来のお妃候補という声が聞こえてくる。


…どんなに小声で話しても、聞こえるんだから…。 



「フランソワーズ、ちょっといいかな…」
ゴーチェが庭に連れ出す。
冬の夜だ。
暖かい部屋から急に冷んやりとする。


「ハッピーバースデー!フランソワーズ」
ゴーチェが笑顔で箱を差し出す。

「え…?…あ、ありがとう…」

「ハトランド国でしか採れない貴重な鉱石を使ったネックレスだよ。世界で一つのオーダーメイドさ」

箱を開けると、まるでダイヤのように、繊細にカットされた鉱石が並んだネックレスが綺麗に納められている。
日本円にしたら、億はするだろう。

「こ…こんな高価なもの…戴く訳には…」

フランソワーズは箱ごとゴーチェに突き返す。

「キミの為に作ったものなのだから、受け取って貰わなければ困ります。これは、私のフランソワーズへの思いなのですから…」


思い…。


「フランソワーズに自分の思いを伝えたくて、来日したのです。あなたを将来妃に迎えたい…急がなくてもいい、ゆっくり考えてもらってもいい」



「でも…私は…」



「全てを承知の上で言っているのです。全てを…受け入れる覚悟もあります。」


全てを受け入れる?

…その言葉の意味を、この人はわかっているのだろうか…。



 


「…ごめんなさい。やっぱり受け取れない」

フランソワーズはにっこり笑う。

「私は…この国に残ってやらなければならない事が沢山あるわ。あなたの国には行けない。」

フランソワーズが屋内に戻り、帰り仕度を始めた。



「フランソワーズ、何を?」
「帰るわ、ごめんなさい」
「まだパーティーは終わりじゃない、バースデーケーキだって…」



「誕生日は、自分にとって一番大切な人と過ごすのが一番だと…今わかったわ」



「大切な…人?」
ゴーチェは考える。ここ数日、フランソワーズと一緒に過ごしていたが、そのような人物の存在はなかった。

 


「えぇ、多分今頃、家でお腹空かせて待ってるわ」

タクシーで帰ると言うフランソワーズを説得し、車を出させた。


 


このパーティーのホストであるゴーチェはこの場を去るわけにはいかない。

フランソワーズに聞きたい事や伝えたい事も沢山あった。

 



「…早すぎたのか…」
 


唇を噛む。
 

11

家に戻ったフランソワーズをまず出迎えたのは、たくさんの荷物とジェロニモだった。

「早かったな」
「ジョーは?」
「リビングにいる」

リビングに向かおうとするフランソワーズに
「ちょっと待て」と静止するジェロニモ。
「え?」
「俺はもう休むから…これを」
箱を出す。


「誕生日おめでとう」
「ありがとう」
「ココペリだ。ネィティブアメリカンのお守りだ。幸福を祈る」
可愛らしい笛を吹いた人形。
「ありがとう、大切にするわ。」

「行ってやれ」
ジェロニモはリビングを指差すと、自室へ戻った。




フランソワーズはリビングの扉を開ける。
暖炉の火のせいか暖かい。
暖炉の前に横になっている…ジョー。

 


「こんな所で寝ていて…もう」
フランソワーズはジョーに近づく。
久しぶりに間近で見たような気がした。
今日は出かけなかったのか、パーカーとジャージで丸まって眠っていた。
「幸せそうな寝顔ね」
フランソワーズはクスッと笑う。
ジョーの脇に座る。

「わたしね、ゴーチェに告白されたの、ハトランド国にしか採れない貴重な鉱石で作られたネックレスを贈られそうになったわ…ダイヤよりも輝いていて、繊細で…透明だった。
そんなつもりじゃなかったのに…。
ただ日本を案内したかっただけなのに…」



フランソワーズの足元で寝そべるジョーは、相変わらず寝息を立てている。



「あなたが、みなとみらいで女の子と会っていたのを、聞く勇気もなくて、1人で考えちゃって、ゴーチェの話もきっと上の空だったのね。ゴーチェの気持ちにも気づかなかった。」

ジョーがピクッと動く。
「みなとみらいの女の子って…何?」



「え?」
寝ているものだと思い、独り言を言っていたのに??



「起きてたの?」
「もちろん」
ジョーが起き上がる。



「おかえり」
「…ただいま…どこから聞いてたの?」



「もったいないなぁ、貴重な鉱石!」
「そ、そこからっ?」

 


「みなとみらいって…あぁ!わかった‼︎」
ジョーは思い出したかのように、パーカーのポケットを探る。



「誕生日おめでとう」

「え?」
フランソワーズはジョーから包みを渡された。
「この包装紙…」
「貴重な鉱石でないけど」

包みを開ける。

 


「ありがとう」


澄んだ蒼のガラス玉が付いたネックレス。

前に2人で赤レンガに行った時、見つけたもの。

「1人で行ったの?」


ああいう所は1人では苦手だと言っていた。
 


「ちょうど大学時代の友達に会ってさ、頼み込んで同行してもらったよ。報酬はチョコレートパフェだ」
 


ああ…。
あの時の光景が蘇る。
私へのプレゼントを買いに行っていたんだ。

このネックレスを見つけた時、立ち止まったのを覚えていてくれたんだ。
それなのに…私は。

 


「ごめんなさい、誤解していたの」



ジョーはニコッと笑い
「寂しい思いばかりさせちゃって、ごめん。これからも家にいない事が多いけれど…」
フランソワーズと同じ目線になり、顔を近づける。



「信じて…待ってて」
ジョーはフランソワーズを抱きしめる。



パーカーとイブニングドレスのアンバランスさを埋めるように、優しく包み込むように。
 



フランソワーズは言葉にならず、ジョーの胸でこくりと頷いた。
 

12

「あ、そうだ」
ジョーが突然フランソワーズの身体を離す。
どうしたのかと黙って見ていると、玄関から荷物を持って来た。
フランソワーズも帰宅してから気になっていたのだが…。

「これの受け取りで、寝てもいられなかった」
言葉の割には嬉しそうに包みを見る。

「これはドイツからだね」
「開けて」
「キミ宛だけど?」
「いいわよ、開けて」
ワクワクを共有したくなった。
「どれどれ…ん?」
ジョーが手に取ったのは
「豚とコイン?…なになに…ドイツでは幸福のお守りだ…と」

 


「次は…NY」
ジョーがチラリとフランソワーズを見る
「後にして」
「だろうな…じゃあ次は、イギリス…これは…蹄鉄?」
「馬の…よね?」
「これも幸福のお守りらしい。」

 


「次は…中国」
「いつ帰って来るの?」
「…旧正月が終わったららしいよ。…こっちは旧正月の準備で賑やかです…中華街の方はどうするんだよ‼︎」
「信頼できる従業員がいるから大丈夫よ」
「こっちもお守りだ…あ、唐辛子のお守り、これは確か…魔除けだ」

 


「次は…と、ピュンマか」
ジョーは同封されていた手紙を読み始める。
「えっと、『これはボクの国では、子宝のお守り…で…』」
「どうしたの?」
「キミにはまだ必要ないものだから…預かっておこう」
…ピュンマ…来日したら、ラリアットをお見舞いしなければ…。

 


「NYに戻る?」
「どうせ真っ赤なお菓子か何かでしょ?」
「いや、違うよ。『フランソワーズ、ハッピーバースデー、幾つになったかは聞かないでおいてやるぜ…俺様からのプレゼントは、有効期間なしのNY空の旅だ、好きな時にとんてやるぜ』」
「素敵??」
「セスナ…だよね?」
ジェットなら身ひとつ、なんて事もありえるが…。
「チケットだけの割には包みが大きいのね」
フランソワーズが覗き込む。
「えっと…あ、僕宛だ。」
ジョーはもう一つの包みから手紙を出す。
書籍のようだが…。


オトコの勘が働いたのか、まず黙読。


…ジョーへ、この巨乳はお宝もんだぜ。

 



「あ〜、コホン。みんなキミの幸せを望んでるんだ。今年は集まれないから、こうやってプレゼントを贈ってくれる…ん?」
「どうしたの?」
「ジェロニモが来日した理由。そうか…そうだったんだ」
「これを手渡したかったのかしら」
フランソワーズは、先ほどもらったココペリをジョーに見せる。
「ピンクのココペリか…」
ネィティブアメリカンのお守り、ココペリには色で意味がある事を、前に何処かで聞いたことがあった。

…ピンクの意味は…愛情を与える…か。

 


「さて、もう寝ようかな」
ジョーは暖炉の火を消す。
「もうちょっと残務しようと思って仮眠したんだけど、キミの顔見たらやる気なくなっちゃったな」
「ごめんなさい、私の所為ね。」
「そうだね」
そんな事ないよ。という言葉を期待したのに、意外な返しにシュンとする。
「罰として…」
ジョーはフランソワーズに擦り寄る。
「今夜は寝せない」
「え?」


消えかけた暖炉の火、そのすぐそばで、キスを交わす。



2人の夜はまだまだこれから…。

13

ゴーチェがやって来た。

ジョーが出迎える。


「Mr.シマムラ、久しぶりです。その節は大変お世話になりました。」

「元気そうで何より、ハトランド国の方は?」

「ええ、お陰様で、内戦もなく、永世中立国として平和そのものです」

「そうか…よかった」

「今日の便で国に戻ります。…フランソワーズは、ご在宅ですか?」

「朝早くから出かけたようだよ。何か伝言でも?」

「あ、いや…いいんだ…それより」

「それより?」

「昨日の夜、この家でお腹を空かせていた人は…いなかったかい?」

「は?」

ジョーが何を言っているんだ?と言ったような顔をしたので

「いや、僕の聞き違いだったのかもしれない。フランソワーズによろしく伝えて下さい。」

黒塗りの高級車に、運転手、SPを従え、ゴーチェは帰って行った。



ジョーはリビングに戻るなり「いいのか?」とつぶやく。

「いいのよ、ゴーチェも国に帰って少し冷静に考えた方がいいのよ」

フランソワーズがソファーに腰掛け、ゆっくりとミルクティーを飲んでいる。


「ところで…」

ジョーがフランソワーズの隣にどっかりと座る。

「お腹を空かせていた人って?もしかして…」

フランソワーズはクスッと笑い

「ゴーチェのお屋敷で、沢山のご馳走眺めていたら、ジョーちゃんと食べているのかしら?なんて考えちゃって…」

「まるで欠食児童だな」

ジョーもコーヒーを一口。


 



「あなたはもうひと頑張りしなきゃ、残務があるんでしょ?」

「フランソワーズの所為で昨日できなかった奴ね」 

「もう、やめてよ」
1人顔を赤くする。


「ごめんなさい、してよ」
ジョーがフランソワーズの肩を抱く。

「もう!早く残務済ませちゃってよ!」

フランソワーズはジョーの腕から逃げる。
「つまんないの」
ジョーはぶつぶつ言いながら、部屋に戻る。

 



そんな後ろ姿を笑いながら見るフランソワーズ。


「信じて…待ってて」



彼の言葉を心の中で繰り返す。

そして

言葉毎抱きしめた。




〜おしまい〜

 

2017.1.5〜1.31

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