
berth
1
目を開けた時に見えた風景に、脱走は失敗に終わったのだと感じた。
でも見た事のない景色だった。
何処かに…寝られている?
視界の隅に何かが見えた。
手で掴んで見るとコードのようなもの。
パラパラっと抜ける。
?
自分の身体から?
起き上がろうとした時に、酷い頭痛がした。
手を顔に持って行こうとした時に視界に入ってきた紅い服
「これはいったい?」
今起こっている事全てが何が何だかわからず、身体を起こし、周りに誰かいないのか探す。
おかしい…。
何かが違う。
この服のせいだけではない。
身体が…
違う‼︎
廊下のような所に出た途端、何者かに襲われる。
走る
とにかく
走る
何処に行ったらいいのかもわからないが、道は一つしかなく、後ろから追っ手が来ていれば、まっすぐ走って逃げるしかない。
いったい
何が
起こっているんだ?
外に出た途端巻き起こる風に、首元の黄色が靡く。
何故こんな格好を?
ここは一体何処なんだ?
沢山の戦車と
沢山の戦闘機が一斉に攻撃してくる。
連れ戻されたと思っていたのに
ここは日本ではない。
そして戦車や戦闘機に砲撃されているのに、死なない自分に呆然とする。
どうなってしまったんだ⁈
身体は重いはずなのに、軽やかに動く。
自分の意思に反した跳躍力。
ここは…いったい何処なんだ?
硝煙で汚れた顔を無造作に手で拭う。
丘の向こうに人影を見つけ、目を凝らす。
2
自分と同じ服を着た者達が並んでいた。
その後ろには白衣を着た者達。
白衣を着た者達は歓喜の声を上げているが、同じ服を着た者達は黙ったままだった。
白衣達は「君は素晴らしい」などと賞賛しているが、何が素晴らしいのか、この状況すら把握できていない。
ふと頭の中で声が聞こえた。
「何?」思わず声に出したら、白衣達が怪訝そうな顔をする。
頭の中の声は「声を出さないで!」と言う。
女の声。
女?
同じ服を着た者の中に女が一人いた。
こんなところにいるような感じではない。
綺麗だ。
「詳しい事は後で説明するから」
目の前の同じ服を着た女を見る。
蒼い瞳がじっとこっちを見ている。
その瞳は吸い込まれそうなくらい蒼く、澄んでいる。
彼女は気づかれないように薄く笑うと
「私達を信じて」
頭の中にその言葉が流れ込んだ。
それからはまるで早回しでドラマを見ているような感覚で、一人の科学者を人質に取り、同じ服を着た者達が「脱走」すると言う事になっていた。
目の前にいる同じ服を着た者達が信用できるかどうかなど分からなかった。
でも、彼女の澄んだ瞳は少なくとも白衣の連中よりは信用できそうだった。
信じるかどうかは別として、後で説明してくれると言うのだから、その説明とやらを聞いてからでも、ここから逃げ出す事は可能だろうと思っていた。
だから同じ服を着た者達と行動を共にした。
逃げるように乗った飛行機から陸を見た。
そこは島だった。
小さな檻から逃げ出したはずだったのに、もっと大きな檻に入れられていた事実を知る事となった。
3
自分の身体を変えられてしまった事は勿論、大きな組織に追われる身にもなっていた。
組織から奪った潜水艦を住処にする。
皮肉な事に、この逃亡中に得た潜水艦の部屋が初めて自分の為に用意された自室だった。
悪夢を見て目が覚めると、船の甲板で風に当たるのが習慣になっていた。
その日は先客がいた。
「どうしたの?眠れないの?」
声を掛けたら振り返った彼女の目には涙が伝っていた。
手で顔をぬぐい、笑顔を見せる。
「あなたこそ、眠れないの?」
「目が覚めちゃった」
彼女の隣に並ぶ。
「いつまでこうしているんだろう」
「わからないわ、この先どうなるのかも」
「キミも…誘拐されたんだよね?」
彼女の顔が一瞬曇る。
「そうよ…あなたが誘拐されるかなり前…」
彼女は家族の事、夢があった事、誘拐される前の楽しかった日々を話し始める。
その話は、この前まで…この身体にされる前の自分の生活とはかけ離れていた。
幸せだった彼女に突然襲った…不幸。
この生活が終われるのであれば、彼女は家族の元に帰るだろう。
帰る場所なんて…
自分にはない。
彼女の涙も
戻りたい過去への想いなのだろう。
過去か…
「眠くなってきたみたい、キミも眠った方がいいよ、おやすみ」
彼女に背を向け自室に戻る。
結局朝まで眠る事はなかった。
4
自分が産まれてきた意味をいつも考えていた。
何の為に生きているのかさえ感じていた。
「あの日」から何年経ったのだろう。
まだいつ狙われるかわからない生活をしているが、産まれてきた意味と、何の為に生きているのかの答えだけは出たような気がする。
隣で眠る彼女を起こさない様にそっとベッドから降りる。
部屋の窓からは海が見える。
朝日が昇る所だった。
身体は元には戻らない
過去も変えることは出来ない
彼女の辛さや悲しみも
真っさらにしてあげる事は出来ない
だからせめて…
命をかけても
彼女を守り通してみせる
「ん…、どうしたの?」
彼女が眠い目をこすりながら身体を起こす。
「ごめん、起こしちゃった?」
ベッドに戻ると、彼女を抱きしめる。
不幸な事ばかりだったかもしれないけれど、彼女と出会えた事、彼女からの愛に今は生かされている。
あの日、僕は生まれ変わった。
彼女と出会うために
彼女を守り通すために
彼女を愛するために
いや
彼女に愛される為に
生まれ変わったんだと
〜おしまい〜
2017.7.19〜7.30