
bitter sweet
1
ピュンマは目の前の青年を見た。
金髪に蒼い目、欧州では珍しくない顔立ちだが、甘さの中に鋭い物を感じる。
…実戦経験あり…か。
王国内の不穏な動きの時にはいなかった顔だ。
王女の側近だという。
…似てる、雰囲気が…。
話は3日前に遡る。
ピュンマの故郷ムアンバ共和国は、独裁政治が崩壊し、国の若者達が政治を建て直していた。
国の産物メタルXという鉱物採取が、国の再建には不可欠なのだが、
政治を建て直し始めた小さな国には採掘をする為の莫大な費用を捻出するのは困難だった。
他国ではあまり取れない鉱物な上、様々な資源に変えられる「宝の山」を、諸外国や各国企業が狙っていた。
採掘権ばかりを主張する国々企業の中、ただ一国だけ反応が違った。
ヨーロッパの小国モナミ公国だ。
ムアンバの外務担当者には、過去国のピンチを救っていただいた。
今度は我が国がムアンバ共和国を救う番だ…と。
採掘に関わる費用を全額負担する。
メタルXが採取された際は、共同で権利を分け合い、お互いの国を発展させましょう。
そして今、ピュンマはモナミ公国にいた。
王女は公務で留守だが、側近の一人が対応していた。
「共同採取の契約の調印式の後に、両国の友好を深める意味で、宮殿で晩餐会を行いたい。その時ひとつだけ条件があると王女が仰っていました。」
…条件…やはりな。
みんな下心がある訳だ。
何が両国の友好だ。
何が過去のお礼だ。
ピュンマは心の中で毒を吐く。
2
日本
ソファーに寝そべるジョーと、洗濯物を畳むフランソワーズ。
博士は学会で世界を飛び回っている。
今回はアメリカだから、ジェロニモが付き添っている。
イワンが偶然起きていたから、アメリカに同行した。
ダイジンは飯店が忙しく、こっちには全く顔を出していない。
しばらくは2人きりの生活。
穏やかな、平和な生活。
「今日の夕飯何~?」
ソファーで寝そべっていたジョーが起き上がる。
「何が食べたいの?」
「ハンバーグ!」
フランソワーズはクスッと笑う。
「いつもハンバーグね」
ジョーはソファーから立ち上がると、キッチンへ向かう。
「コーヒー、飲む?」
「ええ、お願いするわ」
何もない日々。
みんなが日常生活を送っている。
何もない平和。
コーヒーを淹れてソファーに着いたジョーが、一口飲んだ所に電話が入る。
フランソワーズは洗濯物を畳む手を止め、電話に出たジョーの後ろ姿を眺めていた。
「あ、ピュンマ?どう、そっちは?え?…わかった。」
電話を切ると、ジョーが部屋から出ようとした。
「何か…事件?」
「わからない、研究所の無線で話がしたいって、詳細は聞いてからね」
研究所に行くジョーの後を着いて行くのはやめた。
彼はちゃんと要約して話してくれる。
ジョーのシャツ
飲みかけのコーヒーカップ
ジェットが置いて行ったモータースポーツの写真集
少し開けた窓から風が入り、カーテンを揺らす。
ピュンマの国で何かが。
世界を震撼させている伝染病?
内戦の黒い影?
いずれにせよ、このままの日々を送れなくなる。
平和が、幸せが崩れて行く。
3
ピュンマとの交信を終え、ジョーがリビングに戻ってきた。
ソファーに腰掛け、コーヒーを飲むと、フーッと盛大にため息をついた。
やっぱり、何かあったんだわ。
フランソワーズはジョーの向かい側に腰掛ける。
「何かあったの?」
「ムアンバ共和国とモナミ公国がメタルXの採掘権を共同で持ち合う事となった。両国の友好を深める意味で、調印式後にモナミ公国の宮殿で晩餐会を行う事となったそうだ」
「それが緊急事態なの?」
フランソワーズは首を傾げる。
「モナミの王女が、ひとつだけ条件を出してきたそうだ」
モナミの女王…キャサリン妃。
過去に来日した際、身分を偽って、ジョーと…。
フランソワーズは俯いた。
「僕たちに晩餐会の護衛を頼む…と」
…僕たちじゃないの、僕。なのよ。
口に出せずに俯いたままのフランソワーズ。
「ピュンマの国にとってはこれとないビッグチャンスなんだ、だから、引き受けようと…思う。」
静かに話をするジョーを、一瞬睨み席を立つ。
あの時の気持ちを忘れる事なんて出来ない。
胸が…痛い。
4
フランソワーズはバルコニーに出た。
眼下に広がる夜景。
街の中心にはカジノがあり、ネオンが眩く光っている。
所得税の納税義務がないモナミ公国には、沢山のお金持ちが移住するという。
港には豪華クルーザーやヨットが並ぶ。
フランソワーズはため息をつく。
彼と旅行で来れたならどんなにかいいか。
でも…この国は…嫌い。
「高けぇ」
備え付けの冷蔵庫からミネラルウォーターを一本出し、フランソワーズに見せるジョー。
シャワーを浴び、バスローブで頭にバスタオルをかけている。
「この水、日本円で千円だよ?ありえない」
「ヨーロッパはどこも水は高いわ。ここはさらに特別なのかもしれないわね」
淡々と話すと、再び夜景に目を落とす。
「いいかげん、機嫌直してよ」
ジョーが後ろからフランソワーズを抱きしめる。
ここに入ってから、王女の姿を見ていない。
自分から頼んでおいて、全く顔を出さない。
いつも側近というフィルという男が対応していた。
…ジョーによく似た青年だ…。
フィルは我々の事情も知っていた。
ヨーロッパからグレートとアルベルトがやってきた。
宮殿の中、晩餐会会場には、正装のピュンマとジョー。
フランソワーズは別室で監視。
アルベルト、グレートも外で監視となる。
部屋に吊り下げられている、ジョーのタキシード。
キャサリンと並ぶと素敵だろう。と、フランソワーズは思う。
明日彼はこの服を着て、キャサリンに会う。
私は…赤い服で影から護衛だ。
今回の協定をよく思っていない者からの犯行予告をモナミ公国は受けている。
我が国には、最高のSPがいるから、晩餐会は予定通りに行います。
先日王女が発表した。
「このミッションが終わったら…」
フランソワーズに向かいあう型でジョーがいた。
「パリ寄ってから帰る?」
ジョーが優しくフランソワーズを抱きしめる。
言葉に出さず、ジョーの胸の中でこくりと頷いた。
5
翌朝
宮殿に向かうと、そこに王女の姿があった。
過去に出会った時は、まだ王女ではなかった。
今は王女としての貫禄も備えながら、相変わらずの美貌に、マスコミからも注目されていた。
積極的な外交もキャサリンを目立たせるには充分だった。
キャサリンはジョーを見て、目を潤ませる。
ジョーは見て見ぬふりをして、淡々と今日の計画の話を進める。
フランソワーズはジョーから離れた所にいた。
気づかれたら、ピュンマの国の損失に関わるかもしれない。
今夜だけ我慢すればいいの。
今夜だけ。
俯いているフランソワーズを、アルベルトとグレートが黙って見ていた。
ホテルの部屋で着替えるジョーを、フランソワーズはぼんやり眺めていた。
鏡の前で蝶ネクタイを動かしている。
「…素敵よ」
「ん?何か言った?」
「何にもないわ」
フランソワーズは正装する必要がないから、着替えずにベッドに横になる。
「…寝るの?」
ジョーがベッドサイドに腰を下ろす。伏せて寝たふりをするフランソワーズの髪を撫でる。
「女王陛下は、あなたの事をあの頃と同じ眼で見ていたわ」
まくらに顔を埋めたまま、フランソワーズが呟く。
髪を撫でる手が止まる。
「まさか、あれから何年経ったと思ってるの?」
「何年経ったって、人の気持ちは変わらないものよ…」
フランソワーズはあの日を思い出す。
次々と襲ってくる刺客。
心が疲れたジョーの前に現れた女性。
彼女もまた度重なる公務に疲れていた。
普通の男として
普通の女性として
お互いの気持ちがリンクした。
フランソワーズは伏せていた顔を上げる。
ジョーは黙ってフランソワーズの頬を撫でるとキスをした。
「出かける時間になったら呼ぶから、少し休んだほうがいい。
もう少しピュンマ達と打ち合わせしてくるから」
ジョーはもう一度キスをして、部屋を出て行った。
フランソワーズはシーツに包まり涙を流す。
過去に締め付けられている感じがした。
苦しい…。
6
煌びやかなシャンデリアが並ぶ室内
テレビで見かけるような顔が並ぶ。
映画俳優やスポーツ選手、各国の要人が一堂に会したような感じだ。
キャサリン王女も真っ白なイブニングドレスを着て、要人達と歓談をしている。
女優に負けない程、身体のラインが強調されたドレス。
その斜め後ろにジョーがいた。
ピュンマは来賓として、あちこちで名前を売りながらも、フランソワーズとの通信や、キャサリンの身の回りを注意していた。
フランソワーズは隣の部屋にいた。
部屋というより備品庫だ。
煌びやかな部屋とは対照的な殺風景な狭い部屋に1人、宮殿内をくまなく監視していた。
パーティーが始まる前、この部屋に王女が入ってきた。
「今日はよろしくお願いします」
その後彼女は笑顔でこう言い、部屋を去った。
「サイボーグさん」
言葉にならなかった。
その言葉が深く心に突き刺さった。
「しかし、スゲーよな」
「何がだ?」
宮殿の一番上、屋根の上に背中合わせでアルベルトとグレートはいた。
アルベルトは表側、グレートは裏をくまなく監視していた。
宮殿に入ろうと企む輩を阻止する為に。
「高級ホテルに、ご馳走。ドルフィンの格納庫、見たかよ?」
「ああ、驚いたな」
「これだけのVIP待遇だ、そのうち俺達、公国の国防部隊になってるんじゃないのか?」
グレートがシニカルに笑う。
「確か…この国は軍隊を持たなかったよな。小さな武装部隊があったかと…フランス陸軍で訓練済みの。」
アルベルトが記憶を手繰る。
「宮殿の警護も武装部隊に任せとけばいいのによ、これが全部ジョーの為、なのか?」
グレートの言葉に、アルベルトが口角を上げる。
「王女の独断でここまで出来るとは驚きだ。国家予算を使って…な。」
「しかし、なんでみんなジョーなんだかね?」
グレートが呆れたように手を挙げると、アルベルトはさぁ、と言わんばかりに手を出す。
「あいつはフランソワーズがいなきゃたちまちグレるぜ」
グレートがにかっと笑う。
「確かに…そうだ」アルベルトもニヤリと笑う。
〝004、007、そっちはどう?〟
「不機嫌なお姫様からの通信だ」
グレートがボソッと言う。
〝何か言った?〟
「おお、コワ」
グレートの様子を見て、アルベルトが笑う。
フランソワーズは深呼吸をする。
まだキャサリンの一言が耳から離れない。
そうよ、私は普通の女ではないわ。
目を閉じて、通信を再開する。
〝009、そちらはどう?〝
〝異常なし〝
脳内に愛する人の声が響く。
愛を囁いてくれる声と同じだが、今は違う。
あえてナンバーで呼んだのも、今はミッション中だと自分に言い聞かせる為だった。
そう、私は普通の女ではない。
7
キャサリンが晩餐会会場から、バルコニーに移動した。
少し離れてジョーが追う。
ジョーがバルコニーに来たのを感じたキャサリンが振り返る。
「どうか…なさいましたか?」
「あなたと話がしたかったのです」
キャサリンは艶やかな笑みを浮かべる。
「あなたに…逢いたかった…」
ジョーは目を背ける。
「あの時は…あなたが王女とは知らず、ご無礼を…」
「私こそ、身分を隠していたのですから…あなたに出逢えて、王族の人間でなく普通の女として、あなたを愛する事が出来た…とても幸せでした。」
ジョーは黙って夜景を眺めていた。
「あなたにこの国の…いえ、私のボディーガードになって頂きたく、この仕事を持ちかけたのです」
「…。」
「ここなら一生生活に不自由しない事でしょう、何ならあなた方の施設をここに移しても構いません。秘密は厳守します。
イチ科学者の開発だけでは、あなた方の維持費を賄うのは大変かと。」
「脅迫に…聞こえますが…」
「あら、人聞きの悪い、私だって一国の長ですのよ、もちろんビジネスの提案もさせていただきますが、それにここからなら…フランスに近い…」
「??何故…そこまで?」
フランソワーズには2人がバルコニーに出ているのは見えていた。
並ぶ姿は想像した通りだ。
王族にも対等なスタイルのジョーに胸が痛む。
キャサリンの表情まで見て取れる。
目を潤ませ愛おしそうにジョーを見上げる。
女だからわかる。
わかるから…辛い。
耳からは2人の会話が流れてくる。
王族としてではない、普通の女としてあなたを愛せた…。
耳を塞いでも流れてくる。
「もう、やめて、もう聞きたくないの…」
フランソワーズはその場にうずくまった。
ジョーは夜景を眺めながら口を開く。
「起こってしまった過去は変える事が出来ません。確かにあの時、僕とあなたの心は同じだった。」
キャサリンはジョーの身体が自分の方に向いた瞬間、胸に飛び込んだ。
「でも、あれから時間は流れている。過去は過去として、胸の奥に閉まっておいた方がいいと…今は思う…」
ジョーは自分を抱き締める気がないとわかると、そっと離れる。
「あなたへの想いを忘れろ…と?」
「僕は今の生活が大切だ。あの頃の自分とは違う。」
「では、なぜ?私の仕事を引き受けたのですか?」
「ムアンバの将来がかかっていたから。あの国は僕にとっても希望なんです。」
「そう…」
キャサリンはバルコニーに手をかける。
「ムアンバ共和国との取引は、我が国にとっても有益です。これから親交を深めながら共に発展していきたい…と思っています。」
「お願いします」
ジョーがニコッと笑う。
キャサリンの胸がきゅんとなる。
思わず背伸びをして、ジョーにキスをする。「??」
驚いた顔をしたジョーにクスッと笑い
「これくらいならいいでしょ?」とイタズラした子供のように笑った。
「さあ、そろそろ戻りましょう。僕が独り占めしているわけにはいきません」
2人は会場に戻る。
8
フランソワーズは涙を拭う。
こんな位で動揺していられない。
今はそんな事考えてちゃいけない。
狙われているのは王女の命。
ピュンマの国の将来の為に、私は王女を守らなければならない。
晩餐会会場の監視を続ける。
キャサリンとジョーが会場に戻った。
しばらくして…
パーン
乾いた銃声が聞こえた。
来賓も、キャサリンも、ピュンマもジョーも、銃声の聞こえた方を向く。
その瞬間、誰かが王女に向かって走り寄る。
あっ
フランソワーズは気づき、ジョーとピュンマに通信を送る…が
繋がらない?
いや、違う、周波数を知られている?
妨害電波で遮られている。
「009、008??」
何度呼んでも聞こえていない。
まだ銃声の方を見ている。
間に合わないっ
フランソワーズは咄嗟に部屋を出た。
晩餐会会場に入ると、キャサリンに突っ込んだ。
「?」
その瞬間、周りは何が起こったのかわからなかった。
1人の女が突然キャサリンにタックルし、侵入者の持っていたナイフが背中に刺さっていた。
「…フランソワーズ」
ジョーが駆け寄る。
「通信が…妨害電波で…」
そして意識を失った。
9
ここ数日、ジョーの帰りが遅かった。
別に帰りが遅くても、個人の自由だ、とやかく言うことでもない。
…いえ、言える立場ではない。
たとえ彼が、女性の香りを漂わせて帰宅したって、私には…。
関係がない。
そう…あの頃の私達はそのような関係じゃない。
だからジョーを怒るのは筋違い。
そうなのよ…。
…ここは…。
私はどうしたの?
ぼんやりと辺りを見回す。
見たことのない景色。
「あ、具合はどう?」
ジョーが覗きこんだ。
タキシードのジャケットを脱ぎ、シャツを腕まくりしている。
「全く…無茶するよ…」
フランソワーズはジョーから目をそらす。
「…ここは、どこ?」
「宮殿のゲストルームだそうだ、今夜はここに泊めさせてもらおう。」
「王女様は、無事?」
「ああ」
「そう…よかった」
ジョーはフーッとため息をつき、ベッドサイドに腰掛ける。
「何故あんな無茶をした?」
「通信が…そう、周波数を知られていたわ」
「大丈夫だ、イワンが発信元を突き止めた。アルベルトとグレートが向かっている」
「だって、王女様を守らないと…」
「心臓が止まるかと思った」
フランソワーズはジョーの顔を見ずに反対を向く。
「私がいなくなったって、王女様があなたを愛してくれるわ」
「何を…言ってるんだ?」
「私がどうこう言う問題じゃなかったんだって…気づいたわ。あの頃私とあなたは何もなかったんだから」
胸の痛みだけは覚えていた。
「つまりは…君はまだ許していないってことか…」
「許すも何も…私にはあなたを責める資格はないわ。それに…」
「それに?」
「あなたが普通の男性として過ごしたいと思った時、私はあなたにとっての普通じゃないんだって…。じゃあ身分を隠した王女様の方がずっと…」
ジョーはフランソワーズの話を、悲しそうな顔で聞いていた。
しばらくは黙って聞いていたが、フランソワーズの言葉が止まると、静かに言った。
「キミをここに連れて来る事は間違いだったと今後悔しているよ。」
ベッドサイドから立ち上がり、扉に向かって歩き出す。
扉に手をかけると
「隣の部屋にいるから、今夜はゆっくり休むといい。」
パタン
扉の閉じる音と、段々遠くなる靴音。
フランソワーズは枕に顔を伏せ泣くしかなかった。
10
ジョーは宮殿内を歩く。
あの頃のように内部に敵が?
外にいたグレートもアルベルトも、不審な人物など見つけられなかったと言っていた。
フランソワーズを刺した人物も、その後ピュンマが追ったが、宮殿内で行方をくらませた。
いったい…誰が…。
ジョーは頭を悩ませながら歩いていた。
ふと階段の踊り場にいる人に声を掛けられた。
「具合は…どうですか?」
フィルだ。
「意識を戻しました。怪我も深くなく、僕が治療できたくらいですから、少し休めば大丈夫でしょう。」
「そう…よかった。」
話は終わったと思い、階段を下り始めたジョーに、フィルは再び声をかける。
「やはり、私はあなたの身代わりなんだと思います。」
何を言っているのか理解出来ずキョトンとしているジョーにフィルが続ける。
「あなたを見た時思いました。王女が私を初めて見た時に言った言葉を」
「何を言われたのですか?」
「甘くて苦い…と」
甘くて苦い?何だそれは?
「あなたを見た時、甘くて苦いという言葉の意味がわかった気がしました。」
ジョーは再び階段を登り、フィルと同じ目線になる。
「あなたは…普通のフランス陸軍出ではないですよね。」
「特殊部隊にいました」
「王女の側近になったのは…」
「ここが故郷なんです。だからこの国を守りたくて、フランス特殊部隊で、腕を磨いてきました。
王女様は私を側近に置いた。それはあなたの身代わりってだけで…」
フィルは悔しそうに顔を歪めた。
「この国は…」
ジョーの言葉にフィルが顔を上げる。
「まだ安全ではない、僕の勘でしかないけれど、内部に王女の政治をよく思っていない者がいるようだ。
組織のスパイ…という事も考えられる。
あなたが…いや、あなただからこそのこの国の守り方があると思う。
王女は常に狙われているからね。」
「王女はあなたも側近として置きたかった。そうしたら私はお役ごめんだな…と」
フィルは寂しそうに笑った。
「ここに僕の未来はない」
ジョーが静かに笑う。
「あなたは…僕の変わりなんかじゃない、あなたはあなただ。王女もわかってくれる日が来ると思います。」
「ありがとうございます」
ようやくフィルが笑顔になったような気がした。
11
夢は見なかった。
ただ悲しい気持ちだけが…。
目をさますと、朝だった。
博士の姿もなく、宮殿のゲストルームで1人。
大した怪我ではなかったようだ。
ジョー…。
そっか、怒らせちゃったんだ。
目が覚めたが、動く気分ではなく、ゆっくり寝返りをうつ。
大きなカーテンの間から陽が射し込む。
今、何時なのかしら…。
しばらくぼんやり微睡んでいると、ドアをノックする音が。
返事をすると、ドアが開く。
入ってきた人は…。
「王女様??」
フランソワーズが思わず飛び起きる。
「あ、まだ休んでいて」
キャサリンはベッドの脇まで歩いてきた。
昨日のイブニングドレスとは対照的な、Tシャツとジーンズ。
こうして見ると普通の女性だ。
「昨日は助けて下さって、ありがとうございました。」
フランソワーズはこくっと頷き
「当たり前の事をしたまでです。任務ですから」と抑揚なく告げる。
「ごめんなさい」
キャサリンの言葉の意味がわからず、じっと次の言葉を待つ。
「やきもちを焼いていたのです。ジョーの事を調べたら、真っ先にあなたの名前が…」
調べた?
「私が来日した時、彼も色々な事で疲れていました。お互いその場限りと割り切っていたのです。…でも、私の気持ちは割り切れなかった。」
その場限り。
あの頃のジョーらしい。
「あなたも女性ならこの気持ちわかりますよね…」
フランソワーズは静かに頷く。
「忘れられなく、数年が過ぎました。私も王女になり、公務が忙しく、忘れられる日も増えてきましたが…」
フランソワーズはシーツをぎゅっと握りしめる。
「ムアンバ共和国との話が進むにつれ…彼の事を思い出しました。何とかして、彼に会いたい。だから、今回の取り引きに、あなた方にボディーガードをお願いしたのです。」
キャサリンが俯いた。
フランソワーズはじっと話を聞く。
「彼に、この国に残ってもらうよう、話をしました。施設をここに移してもらって、施設やあなた方の諸経費や維持費も国で出す。と。」
そこまで…。
フランソワーズは言葉が出なかった。
「あなたもフランスの近くに施設があれば便利でしょ?」
フランスに近くても…彼の心が遠いなら…。
静かに首を振る。
「その話をしたら、即、断わられました。」
キャサリンが寂しそうに笑う。
「今の生活が大切だ…と」
フランソワーズは黙ってキャサリンを見る。
「あなたが刺されて、意識を失ってからの事、あなたは意識がないからわかるわけないですが…」
意識を失くしてから…何が?
「彼の方があなたより重傷のようでしたよ」
キャサリンはクスッと笑う。
「あなたは幸せです。彼にあんなに愛されているんですから…」
キャサリンは席を立つと、背中を向けた。
「あ、言い忘れました」
歩き出した足を止め、振り返る。
「今晩、宮殿で、国の武装部隊の方々を招いてパーティを行うのですが…」
またボディーガード?
「私の命を救って下さったあなたを是非来賓としてご招待したいのですが…」
「え…?」
「あなただけでなく、ジョーと、護衛して下さったみなさんも」
「でも…私…気の利いたドレスなど」
「ご心配なく、あなたの手持ちの服からサイズを計らせてもらいました。今仕立ています。夕方には出来るでしょう。」
「え…?」
「あ、ドレスの色はジョーが選んだのですよ、あなたに似合う色だと。楽しみです。では夜に。」
キャサリンは一礼すると、部屋を出た。
「え?」
フランソワーズはその場にぼっとしていた。
12
宮殿のゲストルームには、シャワールームも付いていた。
シャワーを浴び、気持ちもスッキリさせる。
お腹が空く頃に絶妙なタイミングで食事が運ばれてきて、その食事もとても美味しい。
お昼を下げに来た侍女が、16時に迎えに来ます。とだけ告げた。
朝からジョーの姿を見ていない。
本当に怒ってしまったのか。
それにしても…誰一人来ない。
午後からは体調も回復し、ゲストルーム内をウロウロしていた。
窓の外に広がる城下町。
天気がいいから、クルーザーやヨットが波しぶきを立てている。
一見平和なこの国も、いつ危険にさらされるかわからない。
現実に王女は狙われている。
深いため息をつく。
夕方になり、迎えが来た。
怪我をした箇所は、すっかり良くなっていた。
1日経っていないのに…。
普通の人なら…死んでいたかしら…。
鏡に映る自分を見る。
髪を綺麗に纏めて貰っているが、心は重い。
「とてもお綺麗です。」
侍女が、鏡越しに笑顔で言う。
作り笑いで返す。
ドレスは目の覚めるような青。
フランスの伝統色、ブルーアドリアティック。
ジョーがこの色がいいって言ったんだっけ…。
ドレスのデザインは、肩が露出し、身体のラインも出るイブニングドレス。
「さすが女王様が見立てたデザインです。あなたにぴったり」
鏡に映る姿。
昨日とは全く違う自分…。
パーティの時間になるというのに、誰もいない。ジョーの姿もなかった。
一人で会場に向かう。
心細かった。
13
会場には、沢山の人がいた。
普段は屈強な兵士も、今日はドレスアップしている。
パートナーがいる者は、同伴で来ているから華やかなドレスも並ぶ。
キャサリンは昨日とは違い、黒のドレス。
兵士のパートナー達が主役になれるように、という心配りにも見えたが、黒のドレスでも充分目立っていた。
王女を助けた女兵士、という話が、部隊中には広がっていたらしく、兵士達が次々と話しかけてくる。
ほとんどはパートナーを持たない兵士で、ダンスの誘いがほとんどだ。
「どんな強い兵士かと思えば、こんなお綺麗な方とは…」
次々と来る褒め言葉やダンスの誘い。
あまりに多く戸惑っていたら、間にすっと人が入ってきた。
「彼女はまだ怪我が治っていないから、ご遠慮ください」
「ジョー?」
「ごめん、遅れて」
「何していたの?」
「キミの言ってた妨害電波の発信源にアジトがあって、ぶっ壊してきた」
「まぁ」
ジョーは窓際を指差す。
正装したアルベルト、グレート、ピュンマが同時に手を上げる。
フランソワーズは3人に分かるように笑いかける。
照明が変わる。
音楽が流れる。
周りはダンスを始める。
優雅な、美しい時間。
ジョーは困った顔でフランソワーズを見る。
「…踊れないよ」
「私について来て、あなたがリードしているように見せるから」
「ありがと」
フランソワーズに合わせ踊る。
踊れないのに、リードしているように見せる。
そんな事出来るのか?と思ったが、流石バレリーナ。周りには気づかれないだろう。
隅の方では、グレートがセクシー美女に変身し、ピュンマにくっついている。
「一緒に踊って~ん」
「よせ、バカ気持ち悪いだろ?」
ジョーとフランソワーズは顔を見合わせクスッと笑う。
ヒールのせいか、いつもより目線が近い。
ジョーがフランソワーズを愛おしそうに見つめた。
フランソワーズも答えるように見つめ返す。
言葉などなくてもお互い気持ちが通じあえているような気がした。
ジョーが、フランソワーズの耳許に唇を寄せた。
「綺麗だよ」
不意打ちにフランソワーズは真っ赤になる。
壁際でアルベルトが、カクテル片手に満足そうに様子を見ていた。
14
翌朝。
「色々とお世話になりました。今後も両国協力して参りましょう。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
キャサリンとピュンマは握手を交わす。
アルベルト、グレートに軽く挨拶をし、キャサリンはジョーの前に。
「ありがとう、いつかあなたを後悔させるから」
いたずらっ子の悪巧みのように笑う。
「楽しみに待ってます。派手に後悔させてください」
ジョーもくっくと笑っている。
「言ったわね」
キャサリンはクスッと笑うと
「そうね、また近いうちに来日しますわ」
ジョーの頬に軽くキスをする。
少し慌てたジョーに、アルベルトがからかう
「王女様、こいつの国には挨拶のキスの習慣はないんですよ」
「あら、失礼」
キャサリンはジョーでなく、フランソワーズに謝る。
キャサリンはフランソワーズの目の前に立つ。
「色々ごめんなさい、そしてありがとう」
フランソワーズはキャサリンに笑顔を向ける。
「こちらこそ、綺麗なドレスありがとうございます。」
宮殿を立ち去ろうとした時、フィルに呼び止められた。
「色々ありがとうございました」
「王女をよろしく頼むよ」
ジョーはフィルの肩をポンと叩く。
「はい」
「俺たちは国に帰るが」
アルベルトとグレートが言う。
「ピュンマはどうする?」
「そうだな…モナミ公国との事も博士に報告したいから、日本に行こう」
「じゃあ、ドルフィン乗って行ってくれる?」
ジョーの言葉に一同首を傾げる。
「お前、これからどこに行くつもりなんだ?」グレートがジョーに問う。
「パリに寄って帰るよ」
ジョーの言葉に、フランソワーズが続ける。
「私が怪我をしたから、滞在が長くなってしまったのに…いいの?」
「お兄さんに連絡してあるんだ。行かないなんて言ったらコロサレル」
「ありがとう」
「あぁ、よかった」
ジョーがニッコリ笑う
「どうしたの?」
「やっと機嫌を直してくれた」
「まぁ」
モナミの空は晴れ渡っていた。
~おしまい~
2015.6.17~6.30