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あの日から…

いつもと同じ朝が来た

 

瞼を開きぼんやり考える

怠惰な僕のホントウの脳みそは、忘れようとしているのに

もう一つの優秀なツクリモノの脳みそが今日という日がどういう日かと語りかける

「忘れる事ができるって悪い事ばかりじゃ無いんだから」

もう一つの脳みそに文句を言う

あれから何年たったのかあえて考えないようにしている。

もう一つの優秀な脳が数字をはじき出したくて仕方ないようだが、聞こえないふりをしている。

ベッドから起きると、部屋を出る

キッチンを覗くと笑顔で「おはよう」

 

いつもの朝だ

彼女のホントウの脳みそも、ツクリモノの脳みそもどちらも優秀だろうから

今日という日をとっくに知っているだろう。

それでも彼女はいつもの笑顔で

この前ホテルで食べたモノより数倍美味しいオムレツを焼きながら

今日一日のスケジュールを復唱している

お天気がいいからお洗濯しなくちゃ

イワンを公園に連れて行くのも忘れちゃ行けないわ

あ、あのスーパー今日は卵が安いんだったわ

そんな彼女の目の前でコーヒーを淹れる

「ねぇ」

彼女は朝食の支度の手を止め、僕を見る

「今日はなーんにもしない日って事にしない?」

彼女は何を言っているのかわからないという顔をしていた

しばらくしてから

「でも天気がいいわ、お洗濯溜まっているのよ…」

「いいや、決めた!何にもしない!」

僕は彼女の手を握り、テラスに出た

「今日という日を考えまいとしていても、忘れたいと思っても、補助脳がご丁寧に覚えていてくれる。

それがとても不幸な事だと思っていた。でも、この日がなければ僕たちは出会えていなかったから」

彼女も当然のように今日という日を思い出していた

あれは不幸なんかじゃない

僕らが自由になるための「脱走」だったのだから

「今、生きている事、こうやって洗濯物の心配や、卵の安売りの事を考えられるようになった事…

あの日がなければ」

彼女は僕をじっと見つめている

「キミとは出会えなかった、絶対に」

彼女も規則正しい補助脳に苦しめられていたのだろう

ホントウの脳だって彼女はきっと真面目だ

僕のホントウの脳はあくびをして二度寝に入っている

もう一つの優秀な脳はそんな僕のホントウの脳に呆れているだろう

彼女はうんと頷いた

「だから今日は何もしない」

 

「何も?」

彼女が繰り返す

「これはする」

そう言って彼女にキスをした

 

2018.7.19

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