
ジャン来日
1
フランソワーズの手術は無事終わり、兄を探す為にパリに渡った。
あれからかなりな時間が経っていたが、ジャンはフランソワーズと暮らしたアパートでフランソワーズの帰りを待っていた。
常識では考えられない今の自分の状況を納得して貰えるまで時間を要したが、納得…と言うより、起こってしまった事実として消化してもらったようだった。
パリに渡り1ヶ月経った頃、ジョーに迎えに来て欲しいと連絡があった。
最強の戦士も、恋人の兄からの呼び出しにビビりながらもケジメをつけなきゃと出掛けて行った。
ジャンは30代半ばの空軍パイロットだ。
ジョーの誠実な態度に、ジャンも殴るという行動はなかったらしいが、かなりな針のむしろ状態だったと、帰国したジョーは派手に疲れていた。
でもちゃんとフランソワーズを連れて帰ってきたんだから、大したものだ。
まぁジョーの「ケジメ」はつけられたんじゃないかと…思う。
2人が帰国してからは、平穏な日々が過ぎていた。
何もない…これが一番の幸せなのだろう。
その何もない日々が一本の電話で騒がしくなる。
その電話は、前日来日したばかりのアルベルトが取った。
「ジョーか?」
第一声がそうだった。
「いや、ジョーは今出かけていますが…」
「じゃあフランソワーズは?」
「フランソワーズも出掛けてますが…どちら様で?」
「ジャンです。ジャンアルヌール」
フランソワーズの兄貴か!
「何かご用件があるなら伝えておきますが…」
「いや、実はね、日本に来ちゃったのよ、今、空港。誰か迎えに来てくれない?」
…兄貴…。
「じゃあこれから向かいますから。」
空港に着くと、待ち合わせの場所に急ぐ。
ジャンの顔はすぐわかった。
…フランソワーズ…お前の兄貴、ジョーに似ているぞ…。
笑いを堪えてジャンの元へ行く。
「お待たせしてすみません、はじめまして、アルベルトハインリヒと申します。」
ジャンも椅子から立ち上がり
「妹がお世話になってます」と握手をする。
年代はアルベルトと同じくらいだ、ジョーを欧風にして少し老けさせた…と言えばいいか。
フランソワーズと同じ髪の色だ。
空軍パイロットだからか、目は鋭い。
「じゃあ、行きましょうか」
車窓に流れる景色を物珍しく眺めている。
俺も最初はそうだったな。と、自分が初めて「自分の足で」来日した時を思い出していた。
…あの時は、空港にジョーとフランソワーズが迎えに来てくれていたな…。
あの頃から…そうだったのかもな…。
フランソワーズの兄貴の前で考える話じゃない。
「何故、奴を…ジョーを殴らなかったんですか?」
妹が突然いなくなり、数年後にひょっこり帰ってきて、衝撃の告白をし、会ってもらいたい人がいる…。
この兄貴も相当な経験を短い時間で強いられた訳だ。
「フランソワーズの顔だよ」
「顔?」
「ジョーの姿が見えた途端に見せた笑顔だ…あれを見せられたら…。」
兄貴の複雑な胸の内が痛いほど解った。
親のいない分、大切に育てていたんだろうな…。
車はトンネルに入る。
2
俺が初めてフランソワーズに会った時…。
アルベルト自身も絶望の中にいた。
初めて「仲間」に会わされた時の事は今でも忘れる事が出来ない。
特にフランソワーズの表情のない顔が忘れられなかった。
こんな若い女の子まで…と、ショックを受けたものだ。
あの時の事を考えれば、随分と明るくなったものだ。
奴の存在があったのが一番大きいだろう。
「俺たちの事はジョーから聞いていますか?」
「ええ、皆さんも辛い思いをされたと…。」
受け入れる側も話す側も勇気がいっただろう。
ジャンはフランソワーズの事だから、ジョーはフランソワーズの兄だから、真剣に話をし、聞き入れたのだろう。
家に着くと、真っ先にギルモア博士が出迎えた。
博士は謝罪をするつもりだったようだが、「身体」を作った科学者とひとつ屋根の下で暮らしているなどと、話す必要はないと思い、我々を助けてくれた恩人と紹介する。
暫くすると、出掛けていたフランソワーズが帰宅する。
「兄さん!!」
「いやぁ~急に休暇が取れてね、ほら、ジョーもいつでも遊びに来てくださいって言ってたし」
「来るなら前もって連絡してよ!!ジョーは博士の知り合いの研究室に入っているから、今日は遅いわよ!!」
大歓迎してくれるのかと思えば、随分と冷たい対応に、少しがっかりなジャン。
でも夕飯には、「仲間」の中国人が中華料理をご馳走してくれた。
ツンツン頭のアメリカ人や、迎えに来てくれた銀髪のドイツ人、黒人のアフリカ人が日本酒を飲んでいる。
中国人と一緒に忙しく動いているフランソワーズに「いつもこんななのか?」と聞けば「まだいい方」と。
イギリス人とネイティブアメリカンは国に帰っているからと言う。
もう一人ロシア人がいるけど寝てるわ。と。
一国の軍隊にいる人間には理解が出来ない多国籍な空間…。
みんな楽しそうだ。
そして…あたたかい。
「…あ、ジョーが帰ってきたわ。」
何故解る?
「車のエンジン音」
…。
フランソワーズは玄関に向かう。
まもなく
「ただいま~!!」
と、ジョーが帰ってきた。
フランソワーズから事情を聞いたのか、走ってリビングに入ってきた。
「お、お義兄さん!!」
「おぅ!!ジョー、邪魔してたぜ!!」
「来るなら連絡してくれれば…。」
そんな会話をしているうちに、ささっとジョーのご飯の用意をしているフランソワーズをじっと見つめるジャン。
「俺には何もしてくれなかったな…」
「え?何か?」
心で呟いたつもりが声に出ていたらしい。
ジョーに聞き直され、焦るジャン。
その後も色々な国の酒の登場に盛り上がり飲みまくり、一人、また一人潰れていくのだった…。
3
店に戻ると帰ったダイジンと、ちゃんと自分の部屋に戻ったアルベルト以外、リビングで雑魚寝をしている。
一人一人に毛布をかけ、最後のジョーに毛布を掛けると「先に休むわよ」と声をかけ、リビングを後にするフランソワーズ。
いなくなってから左手をひらひら上げるジョー。
「よいしょっと」
起き上がり
「お義兄さん、起きているのはわかってます」
「バレたか」
「あっちで…どうです?」
バルコニーを指差す。
秋が深まって来たから、少し肌寒い。
毛布持参でバルコニーに出る。
「凄いな…」ジャンが声をだす。
「この時期は割りと多いんですよ」
夜空に流れる流星群。
お願い事…なんて悠長な事をいっていられないくらいな早さと数。
「フランソワーズが…」
ジャンが何かを思い出したようだ。
「アパートの屋根に登ってお星さまにお願いするんだって…ハラハラしたもんだ」
「何…お願いしたんですか?」
「何だったかな…そうそう、バレエが上手く踊れますように…だったな…」
ジョーが溜め息をつく。
「お義兄さん、来日の目的は観光じゃあないですよね?」
外見は頼りない大学生なのに、時々今のような鋭い目をする…。
こいつも…かなりな経験を積んできている…訳か。
「正直に言わせてもらうと、フランソワーズを連れ帰ろうと思っている」
ふーっ。ジャンにも聞こえるように、大きく息を吐くジョー。
「フランソワーズだって子供じゃないから、お義兄さんの考えている様には…」
「行かないのなんか承知の上だ」
ジャンは煙草を取り出すと
「吸うか?」とジョーに差し出す。
一本貰い火をつける。
「お前はもしフランソワーズがパリに帰ると行ったらどうするつもりだ?」
吐き出した自分の煙草の煙を眺めていたジョーだったが、ふっと笑い
「フランソワーズが帰りたいと言うのなら止めません」
「お前の気持ちはどうなんだ?パリにあいつを迎えに来た時、連れて帰る気合いを感じたぞ。」
「パリの時は、迎えに来てくれと連絡がありました。ボクを必要としていたんです。だから連れて帰りました。今はボクのホームグラウンドだから、ここから出たいと言われれば止めることは…出来ないでしょう」
煙草の火を揉み消し、持ってきていた日本酒をコップに注ぐ。
「美味しいでしょ?このお酒、今通っている所の研究員の実家が造り酒屋で、分けてもらえるんです。今度フランスにも送りますね」
「あ…ありがとう。」
ジョーが注いでくれた日本酒を飲む。
日本人の丁寧さが伝わるような味がする。
「軍の連中にも飲ませたいな…」
「わかりました。近いうちに送ります。」
「お前…フランソワーズの事は…」
急に話を本題に戻す。
ジョーは暫く流星群を見ていた。
「血の繋がりっていいな…って思えるんです。ボクにはそのような存在がないから。」
行方不明になったって、探してくれる人なんか誰もいなかったから…。
「長い間、フランソワーズを待ち続けていたお義兄さんの元に帰るのが一番自然なんだと…今は思えるんです。」
「お前はそれで寂しくないのか…?」
「寂しくない…と言ったら嘘になりますが、フランソワーズが幸せならそれでいいと思います」
コイツは…。
ジャンは驚いていた。
何よりも妹の幸せを考えていやがる…。
でもジャンは感づいていた。
フランソワーズの幸せは、ジョーなしではあり得ないことを…。
4
ジャンも客間で、ジョーは自室で休むことにした。
ジェットとピュンマにもう一枚づつ毛布を掛け、2人は寝室を出た。
ジョーが自室に戻ると、何故かフランソワーズが寝ている。
「どうした?」
ジョーはリビングで雑魚寝をすると思ったのか…。
安心しきった寝顔で寝ている。
ジョーはふっと微笑むと、フランソワーズの隣にダイブする。
お義兄さんには綺麗事言っているけど本当はキミなしじゃ生きられない…。
フランソワーズを後ろから抱き締めた。
そのままジョーも眠ってしまった。
…あら?この匂い…。
懐かしい匂い…何かしら…。
兄さんの匂いだわ。
兄さんの煙草の匂い…。
え…?
今度は何?
酒臭っ!!
ぱっちりと目を開けた目の前には上半身裸の男…。
「!!!」
飛び起きて、確かめる。
大丈夫…何もなかった(笑)
何故?裸?
「ねぇ…ジョー、起きて」
「…あと5分…」
…。
ベッドの下に脱いだシャツ。
起きてシャツを拾う。
ふっと気づき赤面する。
ジョーは多分普通なんだ!!
私が違うんだ!!
だってここ…。
ジョーの部屋だもの!!
フランソワーズは記憶を辿る。
何故ジョーの部屋にいるのか…。
…そうだ!星が流れていたから、ジョーの部屋は窓が大きいからよく見えるからと…。
いつのまにか寝てしまった。
まさかジョーが部屋に戻ってくるなんて…。
「何故ここで寝てた?」
ジョーが身体を動かさず、問いかけた。
「…起きたの?」
「襲いに来たの?」
「!!!」
「大きい声出すよ」
「ちょ…ちょっと待ってよ!!」
「くっくっくっ…」
ジョーが笑い出した。
「もう!!ジョーったら!!」
横になっているジョーを叩く。
「やめろって!!暴力反対!!」
ジョーが起き上がり、フランソワーズを捕まえる。
「おはようございます、お姫様」
「もう、お酒臭いし、煙草臭いわ…」
ジョーは構わずキスをする。
「お義兄さんが来ているというのに、一緒に寝るなんてね」
ジョーが笑いながら言う。
ボッ!!とフランソワーズが赤くなる。
「もう!!ジョーだいっきらい!!」
「その格好のままここから出る訳?」
はっ!!
フランソワーズは自分の姿を見る。
明らかにジョーの部屋で一晩明かしましたよ的な格好。
誰かに会っても言い訳しようがない。
「着替えてから出たら?起こしに来たという言い訳が成り立つよ」
まだ笑っている。
ジョーのクローゼットをばんっ!と荒く開け、奥に入れてある「言い訳成立用」の私服を出す。
「見ないで!!」
「それは無理な注文でしょ~、人の部屋で」
「目を瞑って!!」
「はいはい、あぁコワイコワイ」
…と、言いながらも顔は笑っている。
着替えて一目散に部屋を出るフランソワーズを笑いながら眺める。
この幸せを手離したくはない。
でも…彼女の本当の幸せが、故郷で兄と暮らすことなら、笑顔で送り出さなければならない。
きっと義兄は、帰国する時にフランソワーズに問うだろう。
フランソワーズの返事に従おう。
「よし…と」
ベッドから飛び起き、クローゼットから適当なシャツを着て部屋を出た。
5
朝食を作りながら、フランソワーズは考えていた。
ジョーの煙草の匂いが兄のものだった。
きっと兄と話をしたんだわ。
兄が来日した目的はきっと…。
私を連れ帰る事。
パリで暮らした日々を思い出す。
楽しかった日々。
でも…今、その生活に戻れる訳がないのも解っている。
パリに兄を探しに行くと言った時に、不安そうな顔をしたジョーを思い出す。
自分が兄を探した事で、尚自分を迷わせている…。
私はこれからどうすればいいの…?
ジョーはあと2日研究室に詰める。
フランソワーズもコズミ博士の研究室に手伝いに行っていた。
それもあと2日。
とりあえず今日はジェットが、明日はアルベルトが、日本を案内することになった。
ジェットは大張りきりで「フランソワーズの兄貴に日本のサブカルチャーを紹介するぜ!!」と意気込んでいた。
かなり心配ではあるが、ジョーもフランソワーズも抜けられず、仕方なく任せることにした。
秋もだいぶ深まってきた。
ジョーはバス停まで歩く。
Tシャツで出掛けようとしたら、フランソワーズに寒いからと薄手のパーカーを着せられた。
正直、真冬でも裸で平気なんだけどね。と言ったら怒られた。
「あなたは優秀な皮膚を持っているかもしれないけれど、人間らしさを忘れないで欲しいの。」
…要は「周りに合わせろ」って訳なんだよね…。
こんな体にされてから、そんなことはどうでもよかった。
「人間らしさ…か」
肩からずれたリュックを担ぎ直す。
バスが来たので走り出す。
…人間らしく…。
6
その夜。
今日はジェット考案の「日本のサブカルチャーツアー」に行ったジャン。
えらく気に入ったようだ。
まだ戻らないジョー以外のメンバーが今日はドイツのビールとソーセージで盛り上がっていた。
あとは…いつもの中華だが…。
「兄貴ノリがよくて楽しかったぜ!!」
「いやいや、今は日本の文化がフランスで人気なんだよ。あれ、よかったよな?」
「「おかえりなさいませ♪ご主人様」」
「やっぱりそれか!!」ピュンマが頭を抱える。
「フランソワーズもあの格好をすればいい、可愛いぞ」
なんて事をジェットが言うものだから、フランソワーズから鉄拳が飛ぶ。
「イッテー!!何だよ!!ジョーがいないからって本性出すなよ!!」
「何言ってるのよ!!」怒り出すフランソワーズにみな大爆笑。
ジャンも大爆笑していた。
明日はアルベルトがおもてなしをすることになっていた。
「明日はもっと楽しいところに連れていきますよ」
連日飲み倒れても仕方ないので、今日は早目の解散となった。
後片付けを終えたフランソワーズをジャンが呼び出す。
いつものテラスに。
「ジェットはいつもああなのよ」
今日同行したジェットの話になる。
「彼はフリーのパイロットなんだってね」
ジェットの今の商売はフリーのパイロット。
時間に縛られない仕事を探していたら、そこにたどり着いたらしい。
さすがに身一つで飛ぶ訳にはいかないが…。
「ジョーと同じ年なんだって?意外だよな」
「そうね…性格も真逆だし、でも彼等一番仲がいいみたいよ、暇さえあれば日本にいるもの」
「そうか…」
ジャンは煙草に火を点けた。
今朝のジョーのキスの味を思い出す。
「兄さん…話って…何?」
「俺が何故来日したか解るだろ?」
やっぱり。
「私を連れ戻しに…来たのよね?」
「そうだ」
「昨日ジョーと話したでしょ…」
「アイツ何か言っていたか?」
「言うわけないでしょ?ジョーは何て言っていたの?」
「フランソワーズが帰りたいと言うのなら止めません…ってさ。」
「…そう。」
ジョーは帰宅してすぐシャワーを浴びた。
リビングに入ろうとしたが、テラスにジャンとフランソワーズがいるのが見え、リビングに入らずに自室に向かった。
部屋に入るとベッドに仰向けになる。
天井を眺めながら考える。
子供の頃から自分の感情を押し殺して生きてきた。
自分を粗末にすることで生きている事を実感していた。
そんな中で出会った彼女の存在が、どれ程自分を変えていったか…。
今、あの2人に割って入り「行くな」と言いたい気持だが、それを言えばフランソワーズを困らせる結果になるだろう。
彼女にとっての幸せは、自分の元にいることではない…それくらい解っている。
もう戦わなくてもいいなら、あの日の前のフランソワーズに戻ったっていいんじゃないのだろうか…。
自分のベッドなのに…一人だと広く感じた。
手を伸ばしても…そこには誰もいなかった。
7
翌日、アルベルトのおもてなしツアーが始まった。
「俺が…考えた…と言いたい所ですが、ジョーの案なんですわ」
ニヤリと笑う。
トーキョーという都市は、便利ではあるが、知識がないと混乱してしまう。
アルベルトは、ジョーから貰ったメモを見ながら電車に乗り換える。
「マメなんですよ…アイツは」
らしいな…とジャンは思った。
ジョーとフランソワーズがいつも使っているらしいカードを渡される。
これ一枚でどの電車にも乗れるそうだ。
「フランスにもありますよ。」
フランスと違うのは顔写真がないことか。
これなら…誰でも使える。
ジェットは持たされてなかったな…なんて昨日の事を思い出す。
切符売り場で、いちいち女の子にどこまで買えばいいのか聞いていたな…。
女の子にしか聞いてなかったよな…。
最近出来たタワーに向かう。
チケットの買い方までちゃんとメモに書いてある。
ドイツ人とフランス人のオッサンが2人でタワーに登る。
色々な国の人が多くいるのは幸いだ。
「俺も始めてなんですよ」
街がミニチュアに見える。
車や電車がミニカーに見える。
今まで縁のなかった国だった。
高いビル群の先には高い山。
この国に今、妹は暮らしている。
不思議な気持ちで遠くを眺める。
「ジョーが言ってたけど、夜はカップルだらけらしいですよ」
アルベルトも遠くを眺めていた。
タワーから降り、電車で2駅位の距離に、ガイジンが多く訪れると言われているアサクサがある。
色々な国の顔や言葉が行き交う。
「確かこの近くに…」
ジョーメモを見ながら歩くと。
「ここでお昼食べましょうか?」
入った先は天ぷらを食べさせてくれるお店だった。
始めての「天ぷら」に戸惑いながらも、あまりの旨さにオーダーも増える。
昼からビールなオッサン2人旅。
「ジョーは何故研究員に?」
ずっと気になっていた事だった。
「俺たちみんなの為ですよ」
フランソワーズから、背負わされてしまった物の話は聞いていた。
自分達の未来を考えて、ジョーは勉強することを選んだのだという。
「努力家ですよ、ヤツは。」
始めて会った時の事を思い出す。
まだ数ヵ月前だが…。
いきなり現れた東洋人に、ハンマーで殴られたような衝撃をくらったものだ。
直感したからな…。
コイツがフランソワーズを俺から奪うんだと…。
「きっとフランソワーズの事も…幸せにしますよ…」
幸せ…という言葉は、いつ戦わなければならない自分達には無縁のような気がするのだが、今はそんな言葉しか浮かばなかった。
「さぁ、まだまだメモに書いてありますよ」
ユーロ圏オッサン2人旅はまだまだ続くようです。
8
オッサン2人旅も無事終り、帰国の日程も残り2日となった。
明後日の便で帰る為、ジャンが日本を観光するのはあと一日だ。
明日はフランソワーズと兄妹水入らずにしてあげましょうと言ったのはジョーだった。
アルベルトには解っていた。
ジャンが来日した目的も、ジョーの気持ちも…。
テラスで椅子に腰掛けて、煙草を吸っていたアルベルトに、ジョーが声を掛ける。
「お疲れ様でした。せっかくの休暇に悪かったね」
「いいや、お前さんのノートのお陰で、俺も楽しい旅が出来たよ。」
「アルベルトはいつ帰るの?」
「ジャンさんの翌日の便を押さえた。ジェットも同じ日に帰るらしい」
「…寂しくなるなぁ…」
ジョーがぽつんと呟いた。
「お前…フランソワーズを止めないのか?」
ジャンから流れは聞いていた。
フランソワーズが帰国したいという意思があれば連れて帰ると。
「自分の祖国に帰るのに、止められないでしょ?」寂しく笑う。
ジョーはこれからもずっとここで仲間の行き来を見ているのだろう。
「寂しくないのか?」
「多分大丈夫だよ、一生会えない訳じゃないし、こっちも色々忙しいからね。」
強がってるな…相変わらず。
こんなに自分を押し殺して、爆発しなければいいのだが…。
アルベルトは、テラスの柵に身体を預けて空を仰いでいるジョーの姿を見ていた。
身体は人より強いかもしれないが、心は人よりずっと弱い。
我慢し続ければ絶対にどこかで爆発してしまう。
身体と心がアンバランスな俺たちは特に…だ。
「なぁ…ジョー」
「え?」
「自分に正直になれ、無理だけはするなよ…」
返事は…なかった。
9
その日は朝から晴れていた。
フランソワーズはジャンと電車に乗っていた。
またジョーメモを見ながらの旅だ。
忙しくしているジョーに、そんな時間はあったのだろうか…。
電車は都会を抜け、段々とのどかな雰囲気になってきた。
「何処に行くんだ?」
フランソワーズはにっこり笑い
「思い出に会いに行くの」とだけ言った。
着いた所は街外れの寂れた遊園地。
でも何処か懐かしかった。
「似ているでしょ?」
クリーム色のワンピースに赤の薄いカーディガンを羽織ったフランソワーズが笑いかける。
華奢なサンダルが似合っていた。
会えなかった数年で随分女らしくなったものだ。
男の子と喧嘩ばかりしていた頃が懐かしい。
遊園地の雰囲気が、昔よくフランソワーズを連れていったパリ郊外の遊園地によく似ていた。
「さ、行きましょ!!」
手を引かれ、走り出す。
「ジョーとね」
「うん?」
「ジョーと車でこの辺を通った時に見つけたの。懐かしいなって…。兄さんと来たかったの。」
大切な思い出の引き出しを開けるような…。
楽しかったパリの思い出。
やんちゃで兄を困らせた。
バレエの舞台を見てからバレエに夢中になった。
大学に進みたいと言ったら、俺がバリバリ働くから…と応援してくれた…。
2人ともあの頃に帰って楽しんだ。
日が傾き始めた頃、観覧車に乗る。
山々や木々が生い茂る郊外の遊園地。
都会にばかりいたからか、何となく安心した。
「夕焼け…きれいね」
「なぁフランソワーズ、明日俺と一緒に帰ろうや…」
しばらく何かを考えているようだった。
「そうね…帰るわ。」と答えた。
「いいのか?」自分から帰ろうと言っているのにおかしな話だが、この数日間、ジョーと同行しなかったのに、常にジョーがいた。
フランソワーズにはかなり大きな存在のはずだ。
「私…わからなくなっちゃって…」
「わからない?」
「自分から兄さんを探しておいて、このままでいいのかと悩んでいるの。パリに帰って一度自分を見つめ直してみるわ」
「そうか…」
観覧車から降り人の波に乗り、出口に向かう。
出口側の駐車場は、閉園間近だからから閑散としていた。
一台の車が止まっていた。
「あ、ジョーが来てくれたわ」
コンパクトサイズのフランス車。
…らしいな、と思った。
あれがジョーの愛車なのだとフランソワーズは語る。
ジョーの姿を見つけ手を振るフランソワーズの笑顔を、ジャンは黙って眺めていた。
家に戻る頃には夜になっていた。
10
明日ジャンは帰る。
夕食時にフランソワーズも一緒に帰ると発表し、皆が驚いた。
即ジョーに「それでいいのか?」と皆が詰め寄る。
ジョーはテンプレートの如く「祖国に帰るのに止める事は出来ない」と言っていた。
そこに心がないことは、誰もが知っていた。
テラスで一人ぼんやりしていたジョーに、フランソワーズは近付く。
「明日、帰るのよ…」
返事はない。
「…引き留めてくれないのね…」
フランソワーズが半分非難混じりに呟いた。
ジョーはフランソワーズと向かい合う。
「ボクが今キミを止めたら、キミは余計に迷うことになるだろ?自分で決断したんだから…ボクは止めないよ…」
「…ジョーの…ばか」
ジョーの胸に凭れる。
ジョーが優しく抱き締める。
でも…。
心を何処かに置いてきているような気がしてならなかった。
部屋に戻り、スーツケースに荷物を詰める。
棚に飾ってある写真を手に取る。
ジョーと撮った写真。
写真は嫌いといいながら、とてもいい顔をしている。
スーツケースに入れようかと思ったが、同じ場所に戻した。
部屋を飛び出し、ジョーの部屋の前で立ち止まる。
電気が消えている。
拒絶されているように思えて悲しかった。
「明日からいなくなるのよ、最後の夜なのよ…」
涙が零れた。
ジョーも寝てはいなかった。
広くなってしまったベッドに、大の字になって天井を見上げていた。
フランソワーズの声だって聞こえていた。
でもその場を動こうとは思わなかった。
心が…痛かった。
11
出発の朝。
空はジョーの心の中のようなどんより模様。
ジョーは、2人のスーツケースを車に積み込みながら、フランソワーズが皆と別れの言葉を言っているのを他人事のように聞いていた。
ジャンがジョーの隣で呟く。
「後で後悔しても知らないぞ。」
そんなジャンにジョーはにっこりと笑って見せる。
強情なヤツだ…。ジャンは呆れていた。
空港へ向かう道でもジョーは自分から言葉を発しなかった。
ただ黙って運転していた。
検査場の前で別れる。
「それでは、またいつでも遊びに来てください。」
ジャンに笑顔で挨拶するジョーを見て、フランソワーズの胸がぎゅっとなる。
フランソワーズの前で立ち止まり
「じゃ、元気で」
右手を差し出す。
握手?
怪訝な顔でフランソワーズはジョーと握手をする。
「それでは、ここで失礼します。」
本当に素っ気ない。
くるりと後ろを向くと歩き出す。
栗色の髪、ジャケットにジーンズ姿のジョーが、段々遠ざかる。
自分達の距離まで遠くなる気がした。
追いかけることが出来なかったのは…ジョーの後ろ姿がフランソワーズを拒絶していたから…。
多分…私が迷っている事をあなたはちゃんと解っているから、余計に迷わせないために素っ気なく別れるつもりなのだと思った。
でもそんなの…悲しすぎる…。
空港から去れなかったのは未練だろう。
飛行機を見たら吹っ切れるだろうと、屋上に上がる。
次々と飛行機が離陸していく。
明日はジェットとアルベルトの見送りだろう。
今晩はまたダイジンの店で送別会…って言ってたな…。
いちいち帰る度に送別会していたら、ダイジンの店潰れるよ…。
それにしても…また中華か…。
フランソワーズがいなくなれば、中華続くんだろうな…。
「…あれ?」
おかしい…。
涙が止まらない…。
12
検査を終え、待合室でアナウンスを待つ。
ジョーはもう帰ったわよね…。
思わずジョーの居場所を探してしまった。
「え…何?どうしたの???」
「どうしたんだ?フランソワーズ?」
「兄さん、私やっぱり日本に残る!!ごめんなさい!!」
係員を説得をし、検査場を逆行して走り去るフランソワーズ。
「…ふ~っ、俺の負けだな…。」
…しかし、スーツケース2つ持って帰るのは難儀だな…。
ジャンは一人で笑っていた。
フランソワーズは空港内を走っていた。
ヒールの高いパンプスが恨めしい。
気ばかり焦りながら階段を登る。
早く行かなきゃ…!!
自分でもよくわからなかったが、涙が止まらない。
悲しい…という感情などとうにないと思っていたのに…。
ただただ悲しかった。
「ジョー!!」
振り返るとそこにいるはずのない人がいた。
「…?!」
「あなたに…あなたに嫌われても構わない、いつも…あなたの…側にいたいの!!」
ジョーがフランソワーズに近付く。
何も言わずに…。
「ジョー…?」
フランソワーズは不安になる。
兄を置いて来たことを怒っている?
だって…あなた…泣いている!!
フランソワーズと向かい合うと、ジョーはフランソワーズを抱き締めた。
「ジョー?」
何も言わずただ泣いているようだった。
ここでは人目につきすぎる。
とりあえず手を伸ばし、ジョーのジーンズの後ポケットから携帯を取り出す。
アルベルトはダイジンの店にいた。
明日帰るから送別会だそうだ。
携帯が鳴る。
ジョーからのようだが、出たのは飛行機に乗っているはずのフランソワーズ。
「アルベルト!ジョーが大変なの!!助けて!!」
飛行機に乗っているはずのフランソワーズからジョーが大変だと連絡が来る…ということは…。
何か事件に巻き込まれたのか?
店から飛び出し、タクシーを拾い空港に向かう。
指定された場所に着いてみて脱力した。
「何だ?その愉快な格好は?」
フランソワーズにもたれ掛かり、泣きつかれて寝ているジョーと困り果てたフランソワーズ。
「爆発…したんだな?」
「爆発?」
「いや、こっちの事だ。」
何とかジョーを車に運ぶ。
フランス車は乗りにくいと文句を言いながらも、自宅まで送ってくれる。
「で、お前は帰らないのか?」
「…やめたわ。」
ミラー越しに後ろを見る。
「我慢していたんだろうな…」
ハンドルを握りながらアルベルトが独り言のように言う。
「我慢…?」
「こいつはいつもそうだ、自分の幸せなんて考えてはいない。人の事ばかり考えている。今回だってお前を帰したくないのに、物分かりのいいふりをしていた、自分の気持ちを押し殺して…な」
後部座席でフランソワーズの膝枕で無邪気に眠っているジョー。
「昨晩も寝ていないんだろうな…」
電気が消えていたジョーの部屋。
真っ暗な部屋で一晩何を考えていたんだろう。
そう思うととても愛しい。
「しかし、面倒くさいオトコだな」
「…そうね。」
フランソワーズの目にも涙が光っていた。
13
アルベルトは無造作にジョーをベッドに「投げる」
それでも起きないんだから、どれだけ眠いのか…。
「後は大丈夫だな」
「ありがとう。」
「じゃ、俺は飯店に戻る」
アルベルトがジョーの部屋を出ようとした時。
「あ、アルベルト、この事は皆には内緒にしておいてね…特にジェットには言わないでね」
「ああ、解った」と言いながら、後ろ姿で手を振るアルベルト。
アルベルトが家を出た音がした。
ジョーは相変わらず熟睡している。
フランソワーズはジョーの涙で濡れてしまった自分の衣服を替えに行く。
あ…スーツケース、パリに行っちゃった…。
何だか可笑しくなる。
私たちってややこしい。
何故遠回りしないとお互いのホントの気持ちがわからない?
ジョーの部屋に戻り、ジョーが着ているジャケットを苦労して脱がす。
「困った人よね」
ジャケットをクローゼットに掛けると、フランソワーズもジョーの脇に横になる。
眠っているジョーを抱き締める。
「あなたの不安がなくなるまで、私はどこにも行かないから」
フランソワーズもいつのまにか眠ってしまった。
…ここは?!?
…自分の部屋?
ジョーはゆっくり目を開ける。
自分が何故ここで眠っていたのか考える。
何か柔らかいものが自分を包んでいるような…。
…。
…。
え???
「フランソワーズ!?」
記憶を辿ってみる、
!!!
もしかして…。
ものすごーく恥ずかしいことをしてしまった…ような…。
ここに自分がいるということは、誰かに迷惑をかけている…間違いない。
あ゛あ゛あ゛あ゛~!!
言い訳…考えなきゃな…。
でも…。
そんなことは後で考えよう。
今はまだこのままでいたい。
キミが目覚めたら正直に言おう。
「キミの事を嫌いになる筈がない…」
フランソワーズに抱き締められながら、再び目を閉じる。
サイドテーブルに上がっていた携帯には一通のメールが入っていた。
「妹をよろしく頼む。日本酒早く送ってくれよ。」
おしまい
2015.8.2~8.14