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1

 

 

 

 

海沿いのカーブは夜になると街灯もまばらで、車のライトだけが照らされている。

 

一つのカーブを越えた時、ライトに照らされた何かにジョーは急ブレーキを踏む

 

「危ない!!」

 

もう少しでぶつかる寸前、何とか回避出来

大きく安堵の息をつく。

 

その後すぐ車から降り、車の前にいる「何か」に向かう。

 

「大丈夫か?」

 

うずくまっている人だった。

 

声をかけた瞬間顔を上げた

 

「奈々⁈」

 

「ジョー⁈」

 

ほぼ同時だった。

 

「何でこんな所にいるの?」

 

「ジョー、あんた生きてたの?」

 

またまた2人同時だった。

 

 

「生きてたの…って、そりゃあそうだな。あの頃の事考えたら今生きているのが不思議なくらいだ」

 

「『仲間達』たらあんたはもう死んだと聞かされていたから…まさかこんな所で会えるなんて」

 

「それより奈々、キミはどうしてこんな人のいない所でうずくまっていたんだ?道路の真ん中だよ、危ないじゃないか」

 

「追われていて…逃げていたんだよ」

 

ジョーは咄嗟に当たりを見回した。

 

別に変わった事はなかった。

2

「追われてるって?」

 

「ちょっとヤバい仕事に手を出しちゃってさ、しくじって追われていた訳」

 

 

「まだそんな事やってるの?」

 

「生きていかなきゃいけないだろ?」

 

 

 

奈々の言葉にジョーはため息をつく。

 

 

 

「追っ手が来るかもしれないから、とりあえず車に乗って!」

 

 

奈々はジョーの乗っていた車の前で戸惑っていた。

 

「どうしたんだ?早く乗れよ」

 

 

「ジョー、あんた何でこんな車に乗れるのさ」

 

 

「あれから何年経ったと思ってるのさ、僕だって色々あったけど、今は働いているよ。

自分で買った車だから安心して」

 

 

にっこり笑うジョーに昔の面影はない。

奈々は黙って助手席のドアを開ける。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ジョーが帰って来たわ」

 

フランソワーズは玄関先のエントランスで帰りを待った。

 

車が止まってからしばらく帰って来ないのを不思議に思い、ドアを開ける。

 

ちょうど目の前にジョーと隣に見慣れない女性がいた。

 

「ただいま」

 

「おかえりなさい…あの…」

 

「紹介するよ、彼女はフランソワーズ、一緒に暮らしている。フランソワーズ、この人は奈々、昔の友達だ。あ、博士いた?」

 

「え…、えぇ」

 

「よかった、僕からお願いしてみるから、しばらくここにいるといい。

フランソワーズ、ごめん、彼女の部屋を用意してもらえるかな?」

 

「あ、はい、わかったわ」

 

奈々はフランソワーズを見る。

明らかに高価そうな車に乗り、到着したのはホテルのような屋敷。

出てきた異国の美女

自分の周りには一つもなかった景色

 

10代の頃は確かにジョーは自分と同じ場所にいたはずだ。

 

かなりヤバい事に手を出していたと聞いていた。

噂では警察に捕まったとか、殺されたとか聞いていた。

 

とにかくある日突然奈々達の前から姿を消した。

 

 

「どうぞ」

 

フランソワーズが奈々にスリッパを出す。

一瞬見えた表情にジョーの女だと気づく。

 

奈々はフランソワーズに何も言わず、屋敷の中に入って行った。

3

フランソワーズは応接室にいる3人にコーヒーを用意していた。

 

ジョーがいきなり連れてきた女の人

「昔の友達」

と言っていた。

 

過去を話したがらない彼の昔の友達…。

 

フランソワーズの知らない彼を知る人。

 

 

奈々とすれ違った時の香水の香りと、フランソワーズの周りにいる人とはちょっと違う格好に、ジェットが昔何気なく話していたジョーの過去の話を思い出さずにはいられなかった。

 

フランソワーズの知るジョーは穏やかで、優しくて、正義感が強く、泣き虫。

 

 

ジェットが話していたような過去にはとても結び付けられなかった。

 

 

ただ

 

出会った頃を思い起こせば、その過去も想像できなくはなかった。

あの頃の事は…

自分自身忘れるようにしていた…だけなのかもしれない。

 

 

博士はジョーから話を聞いて、安全が確認出来るまでここにいなさいと言っていた。

 

 

応接室の下げてきたコーヒーカップを見る

 

カップにに付いた赤い口紅

 

 

フランソワーズはひとつため息をついた。

 

 

 

 

「部屋、用意してくれてありがとう」

 

フランソワーズはびっくりし振り返る。

 

ため息…聞かれたかな?

 

「ごめん、突然の事で、キミにも迷惑かけて」

 

「あなたの大切なお友達なんでしょ?それに誰かに追われているなら尚よ」

 

「ありがとう…コーヒーもう一杯もらえる?」

 

いつもと変わらないジョー

 

でもあの女の人とどのような関係なのか、何で追われているのか詳しい話は一切しない。

 

ここにしばらくいるのなら…

少しは話してもいいんじゃないかしら…

4

奈々は部屋を見回した。

 

まるでホテルのような屋敷だった。

 

ゲストルームのベッドは大きく、落ち着かない。

 

 

住まいも定着せず、その日暮らしだった。

 

それは自分の生い立ちのせいだといつも諦めていた。

 

それなのに…

 

同じ境遇だったはずのジョーの暮らしは奈々の日常とははるかに違っていた。

 

 

昔は

 

同じだったはず

 

その日暮らしで生きるためには何だってやった。

それが自分達の運命なのだから

 

 

いつか両親が迎えに来てくれる

その次はお金持ちの新しいお父さんとお母さんが引き取ってくれる

 

いつからか夢を見なくなり

 

誰も信じられなくなっていた

 

誰かが突然消えたって

 

気にはしなかった

 

だからジョーが消えたって…

 

 

気にしてはいなかった

 

いなかった?

 

 

彼は心の奥底にいつも正義を持っていた。

 

仲間を裏切るとか、仲間を見捨てるなど出来はしなかった。

 

ジョーが姿を消した時、仲間達は今まで消えていった奴らと同じ扱いをしていた。

 

 

 

「きっとどこかで死んでいる」

誰もがそういっていた。

 

 

 

悲しかった

 

 

ずっと一緒にいたから?

 

助けてくれたから?

 

 

 

 

 

そして

 

 

何年も後に偶然再会した彼は

 

 

別人のように

 

 

穏やかで

裕福な暮らしをしていた。

 

住み込みで研究所の職員をやっていると…

 

 

 

このホテルのような豪邸のどこに研究室があるのかわからない。

 

 

そっと部屋を出た

 

迷路のようで迷っていると、ジョーの姿を見つけた。

 

 

声をかけようと思ったが、思わず息を殺す

 

 

この家に入って最初に見た女

 

日本人ではない

澄んだ蒼い瞳と肩まで伸ばした亜麻色の髪

 

 

自分の住む世界にはいない女

 

 

にっこりと笑うジョーの周りに安心しきった空気が流れている

見えないがわかる

 

 

一緒にいた頃はあんな表情をしたことはなかった

 

 

ジョーが消えてからの数年、自分は何一つ変わっていない。

 

 

 

彼の大きな変化に奈々は嫉妬を覚えていた。

5

フランソワーズはふと考える。

 

朝ごはん…あの人何を食べるのかしら?

苦手なものとかあるのかしら?

 

カチャっとリビングのドアが開く。

 

「おはよう!ちょうどよかったわ!これから朝ごはん作るんだけれど、食べられないものとかあるのかしら?」

 

奈々の姿を見て、フランソワーズはわざと明るく親しく話しかけた。

 

しばらくここにいるのなら、よそよそしい態度ばかりしていられない。

 

それよりも親しく話しかけたくなった一番の原因は

 

彼女の素顔だった。

 

 

昨日とは違い、素顔の彼女はとても可愛いかった。

 

ジョーと同じくらいの年齢の割には幼く見える。

幼く見える素顔を隠す為のメイクだったのだと気づく。

 

 

奈々はジッとフランソワーズを見ると

 

「別に、朝ごはんなんていらないし」

 

素っ気なく答える。

 

「でも、ちゃんと朝ごはんを食べないと…」

 

「うるっさいな!食べたくないんだよ!ジョーはどこにいるんだよ!」

 

幼い素顔から出た言葉はフランソワーズに対して好戦的だ。

 

「…まだ寝てるわ、起こしてきましょうか?」

フランソワーズも少しトーンを下げる。

 

「あんた、ジョーの女?」

 

リビングを出ようとしたフランソワーズの背中に投げかけられた言葉

 

女…

 

「…だったら、どうだというの?」

 

振り返る事なくドアを閉める。

 

 

 

廊下を歩きながらモヤモヤした気持ちが収まらない。

 

あれがお世話になる人の態度なの?

仲良くしようなんて考えてもいない。

ジョーの昔の大切なお友達だからと思っていたのに…

 

 

お友達?

 

 

フランソワーズは立ち止まる。

 

 

彼は昔の話をしない

 

 

 

彼女とは?

 

 

フランソワーズは首を大きく振ると、深呼吸をした。

 

 

「考えても仕方ないわ」

 

 再び廊下を歩き出す。

6

ジョーは帰ってきたばかりのピュンマを連れて出かけてしまう。

 

奈々を追っていた人物が「闇」の商売にも手を出しているらしいと、奈々の身辺から洗いざらい調べていたイワンからの報告で2人は真相を探りに出かけて行った。

 

安全がわかればここから立ち去ってくれる。

そう思いながらも2人きりで過ごす家は居心地が悪かった。

 

フランソワーズは奈々を気にすることなく家事に専念した。

 

奈々はそんな様子を眺めていた。

 

「ねぇ、知りたくない?」

 

突然奈々がフランソワーズに話しかける。

 

「何を?」

 

「ジョーの過去」

 

瞬時に出会った頃のジョーを思い出した。

 

誰も信じない

私達にも心を許さない

何を考えているのかすら…わからなかった。

 

 

今は…あの頃とは違う

仲間を信じ

 

私を

 

大切にしてくれている…筈。

 

 

過去など今更聞く必要はないと思っている。

本人が話したがらないのだから。

過去より今なのだから…

 

 

でも…

 

そんな葛藤を楽しむような目をした奈々が笑いながら言う。

 

「知るとジョーの事嫌いになっちゃうかもよ」

 

フランソワーズは思わず奈々を睨みつける。

 

 

「それくらいの覚悟がなきゃあの男とは付き合えないから。

ジョーは昔…」

 

耳を塞いでもきっと聞こえるだろう高性能の耳を久しぶりに疎ましく感じていた。

7

車は海岸線を走る。

 

助手席には奈々がいた。

 

 

「何処に行くのさ」

 

 

「キミに会わせたい人がいるんだ。その前に寄り道していい?」

 

ジョーの言葉に奈々は黙って頷く

 

 

 

 

しばらく走ると懐かしい場所に着く。

 

建物は朽ちて簡単に中に入れる。

 

「子供の頃は大きな建物だと思っていたけれど、こうしてみるとちっちゃいな」

 

ジョーは倒れている椅子を直す

 

「子供の頃と身長が違うじゃないか」

奈々が笑う

 

「ここ、取り壊しが決まったらしいよ。

マンションが建つらしい」

 

「こんな所に?住む人いるのかしら?」

 

 

2人が育った施設の中で、思い出を語り合う。

 

「寂しくなるなぁ、思い出がなくなるみたいで」

奈々は窓から見える海を眺めながらポツンと呟く

 

「時は進んでいるんだよ、あの頃の僕らにはもう戻れない」

 

 

昔のジョーからは考えられないような台詞に奈々はカッとする。

 

 

「何故?何でジョー、あんたばっかりそんなに変わって!」

 

奈々の言葉にジョーは近づいて向かい合う。

 

 

 

「あの頃の事を忘れろと?あんたはいいよ!

何不自由なく生活している。私は!あの頃と何ら変われない!」

 

「奈々…」

 

「ジョー、私は今でも…あんたの事が…ねぇ、キスして…」

 

 

 

 

ジョーはフッと笑うと奈々の前髪をそっと払い、おでこにキスをした。

 

 

「そうやって子供扱いして…そう、あんたの女にあんたの過去ばらしたから!」

 

 

奈々の言葉にジョーはため息をつく

 

 

「僕に何か恨みでもある訳?」

 

 

「あの世間知らずな裕福そうなお嬢さんにあんたの過去をバラしたらどんな態度を取るか試したかったんだよ!

さほどショックもなく『そうなの』って!

面白くも何ともない女だよ!

あんな女やめておけよ!!」

 

 

奈々は勢いに任せてジョーに吐いた。

 

 

 

同じ場所にいた筈だったジョーが遠くに行ってしまったようで焦りと苛立ちで思わず取った行動だった。

 

 

「僕が変われたのだとしたら…」

 

奈々に背を向け窓から海を見ながらジョーが話し始める。

 

「フランソワーズのおかげだ。彼女が僕を変えてくれた。だからキミもきっと変えてくれる誰かに…これから出会えると思う」

 

そう言って振り返ったジョーは穏やかな顔をしていた。

 

 

「あとさ…フランソワーズは世間知らずのお嬢様ではないよ。

沢山の苦労を乗り越えているから、人に対しても優しいよ。」

 

 

奈々は涙を流す。

 

 

ヤキモチなのはわかっている

でも

自分は誰も助けてくれる人はいなかった。

ジョーのように変われなかった。

 

 

 

「キミを追っていた人物は片付けた。

だからもう足を洗うんだ。これから会う人はキミの未来を作ってくれる筈だから」

 

 

 

ジョーはそう言うと、施設を後にし、車に乗りエンジンをかけた。

 

 

 

奈々は慌てて追いかけた。

8

聞かなければ良かった事もある

 

今の彼ではない

 

あの頃はきっと…

 

生きていかなければならなかった

 

 

考えないようにしても頭の中はその事ばかりだった。

 

ジョーは奈々を連れて出かけたまま帰らない。

 

今は…

 

その方がいい

 

2人には会いたくない

 

 

 

 

 

 

ジョーと奈々はある店の前にいた。

 

そのカフェは流行っているのか沢山の客が思い思いの時間を過ごしていた。

 

 

「こんにちは」

 

ジョーが店内に入ると1人の男が走ってきた

 

 

「おー!ジョー!久しぶりじゃないか!」

 

 

身体の大きな…でもスタイリッシュな男性が嬉しそうにジョーに語りかけていた。

 

 

「フランソワーズちゃんは元気?最近連れてこないから寂しいよ!」

 

 

「ごめん、忙しくて…あのさ、マスターに頼みがあるんだけど…」

 

 

その男をジョーは「マスター」と呼んだ。

 

 

「この通り今忙しくてね、もうすぐバイトの子が来るからちょっと待っていてくれる?」

 

「悪いね、忙しいところ」

 

 

「これ、鍵だから、事務所で待っていてよ」

 

マスターはジョーに鍵を投げる

 

ジョーは鍵をキャッチすると、奈々に

 

「じゃ、待たせてもらおうか」と言い店を出る。

 

奈々はジョーを追いかける

 

「あの人は?何故カフェに連れてきた?一体何を考えている?」

 

ジョーの背中に質問をぶつける

 

ジョーはくるっと振り返り

 

「あの人は昔は極悪人で」

自分で言いながらクスッと笑う。

 

「若い頃に色々やらかして、大人になっても過去から抜けられなくて…ちょうど今のキミみたいに」

 

奈々は俯く

 

「それでも立ち上がらなければ、変わらなければと這い上がり、このカフェを作った」

 

「一人で?」

 

「まさか、協力者が現れた」

 

「まさか…あんた?」

 

「僕もその一人ではあるけど…沢山の協力者だよ…僕らみたいな人達が」

 

ジョーが事務所と言われる建物の鍵を開ける

 

中に入るとカーテンを開ける

 

暗かった室内に日差しが入る

 

「ここは僕らのような人間が駆け込んでくる『更生施設』さ」

 

『更生』も『施設』も奈々には聞きたくない言葉であった。

半ば強引なジョーの態度に反発したいのだが…

反発する理由がない。

 

『助けて』と入ってきたのは自分なのだから。

 

「この近くにアパートがある。あのカフェに勤めている人はみなそのアパートに住み込みで働いている。そこから自分でやりたい事を見つけるとここを『卒業』していく。

キミも最初はここで働いて生きるための土台を作るといい」

 

今までの『生きるため』とは意味が違うように思えた。

 

「私も…変われるかな…あんたみたいに」

 

 

 

「まずはカフェの店員と喧嘩しない事からね」

 

ジョーがにっこり笑う。

9

ジョーはマスターに奈々の事を頼む。

マスターも人手が足りないからと快諾してくれた。

 

まだここからがスタートだか、きっと良かったと言ってくれるだろうと、意気投合しているマスターと奈々を見て思った。

 

 

早い方がいいと明日引っ越すことになった。

当座の生活費や家賃はジョーが持つことになった。

 

「必ず返すから」

奈々の目は今までとは違う。

何かを見つけたようだった。

 

 

マスターの奢りで晩御飯もご馳走になり、

帰宅したのは夜遅くなった。

 

ジョーもなんとなくフランソワーズに会う事を躊躇っていた。

 

 

静まり返った家の中。

 

奈々は早々にゲストルームに入ってしまった。

 

 

 

「もう寝ちゃったよな…」

 

フランソワーズの部屋の前で立ち止まったジョー。

 

「ガチャン!」

何かが割れる音がして、慌ててフランソワーズの部屋に入る。

 

「どうしたの?大丈夫?」

 

フランソワーズはびっくりした顔でジョーを見る。

 

陶器の人形が、棚から落ちていた。

 

「危ないから、僕が片付けるから」

 

ジョーの様子を黙って見ていたフランソワーズが一言

 

「おかえりなさい」

 

その言葉にジョーがフランソワーズを見上げる。

 

「あ、ただいま」

 

片付け終わると、2人はベッドに腰掛ける。

 

「マスターにご馳走になっていたの?」

 

「キミに会いたいって言っていたよ」

 

「そうね、しばらく会っていないから…今度連れて行ってよ」

 

「 …しばらくはマスターの所には行かないよ」

 

急に真顔になったジョーにフランソワーズは次の言葉を待つ。

 

「マスターに奈々を預ける事になった。しばらくは僕は姿を出してはいけないだろうから。

彼女は自分の力でこれから進んでいかなきゃならないからね」

 

「そう…」

 

「キミには嫌な思いさせちゃったね。ごめん。」

 

ジョーが頭を下げる。

 

「別に…嫌な思いなんて…」

 

フランソワーズは奈々に言われた事を瞬時に思い出していた。

 

ジョーはベッドから立ち上がると、窓際に移る。

 

カーテンを開けると夜の海が穏やかに揺れている。

 

 

「過去は変える事は出来ない、奈々が何を言ったかわからないけれど、それは作り話ではなく、本当の過去の僕の話だから…」

 

フランソワーズも立ち上がり、ジョーの側に行く。

 

「僕を軽蔑しても、そんな奴だと思ってもらっても仕方のない事だ、その事実を変える事が出来ないから」

 

淡々と話してはいるが、彼の心の中の辛さや悲しみはフランソワーズにも伝わっていた。

 

フランソワーズは、隣にいるジョーの手を握る。

 

 

ジョーがフランソワーズの方を見る。

 

 

「過去を知りたいって思った事もあったけれど、あなたが話したくないのだから聞く必要はないと思っていたわ。私にとって今、目の前にいるあなたが全てだから…」

 

「フランソワーズ…」

 

「あなたには感謝と尊敬しかないわ」

 

その時ジョーに向けたフランソワーズの笑顔は、とても綺麗だった。

 

ジョーは泣きたいくらいの感情が襲ってきた。

 

フランソワーズを抱きしめると

「ありがとう」とだけ言い、フランソワーズの肩に顔を埋める。

 

フランソワーズもそんなジョーの気持ちが痛いほどわかっていた。

 

ジョーの背中に手を回すと、ギュッと抱きしめた。

10

翌日奈々は、マスターの元に行った。

 

ギルモア邸を出る時、奈々はフランソワーズに謝った。

 

「ごめんなさい、焦っていたんだ。ジョーがあまりにも昔と変わりすぎていて、自分だけ取り残された感じがして…悔しかったんだ。」

 

フランソワーズはその事には触れなかった。

 

「また、いつでも遊びに来て下さいね」

笑顔で送り出せた…と思う。

 

 

フランソワーズも気づいていた。

最初にここに来た時の彼女と表情が違う事を。

 

もう忘れるくらい昔の…出会った頃のジョーのように、変われるのかもしれない…そう思っていた。

 

 

 

テラスで海を見ながらそんな事を考えている時、ジョーが帰って来た。

 

 

「ただいま」

 

「お帰りなさい」

 

 

「色々迷惑かけちゃったね」

 

「落ち着いたら奈々さんに会いに行くんでしょ?」

 

 

しばらくは会わないと言っていたが、奈々が落ち着いた頃にフランソワーズも様子を見に行きたいと思っていた。

 

「もう会わないよ、彼女から僕の記憶を消してもらう事にしたよ」

 

フランソワーズは言葉を失くした。

 

ジョーがまだ人であった頃の友達なのに

過去にも同じような事があった。

 

あの時彼が言っていた

 

「僕に関わると危険な目にあうかもしれない。今の記憶に僕はいない方がいいんだよ」

 

 

前に昔の友達を利用された事があった。

ジョーと友達でなければ…命を失う事はなかった。

 

だからなのだろう

その後関わって来た過去の友達の記憶を消すようになった。

 

それがどういう事か

フランソワーズは胸が痛んだ。

 

隣に並んでいたジョーの手をそっと握る。

 

ジョーがフランソワーズを見る

 

「奈々はいつかマスターの元を離れるだろう。それから自分の力できちんと生きて行かなければならない。

きっと幸せになるって信じてるよ。僕の仕事はここまで」

 

また1人昔の友達を失ったのに、晴れ晴れとした声で話すジョーに、フランソワーズは涙を堪える。

 

 

「私は…」

 

ジョーを見上げたその時、堪えていた涙が伝う。

 

「フランソワーズ?」

 

ジョーは何故泣いているのか理解していない様だった。

 

「あなたに何もしてあげられない。こんなに…こんな辛い事って…」

 

ジョーは驚いた表情を見せていたが、やがてニコッと笑うと

 

「キミがいるから、キミがいてくれるから…今の僕があるし、全て乗り越えられる気がするんだ。だから…」

 

ジョーが言葉を切り、フランソワーズの肩に手をかけた

 

「笑ってくれない?」

 

フランソワーズは流れた涙を手でぬぐい、ジョーに身を任せた。

 

ジョーはフランソワーズを抱きしめると、フランソワーズの耳許にそっと

 

「ありがとう」

 

と呟いた。

 

 

 

 

END

2018.6.23〜12.22

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