
デシーヴ
1
パンッ‼︎
乾いた音が室内に響く。
何が起こったのか理解出来ず、ただ頬を左手で押さえていた…。
話は1週間前から始まる。
ある国で、巨大兵器工場が稼働している情報を得た。
表向きは自動車関連工場だったが、地下で作っていたものは裏ルートで内戦のある国に流されていた兵器だった。
兵器工場にピュンマが爆弾を仕掛けた。
「みんなっ!逃げろっ!」
ジョーの掛け声に、他のみんなは走りだす。
フランソワーズがふと立ち止まる。
「どうした?フランソワーズ‼︎」
ジョーの殺気だった声を無視し、出口と反対に走りだす。
「何やっているんだ‼︎爆発するぞ‼︎」
ジョーはフランソワーズを追いかける。
ある部屋の扉を懸命に開けようとしている。
「どうした⁈」
「この中に…人がいるの‼︎」
ジョーは扉を蹴破った。
中には縛られた女性。
ジョーは女性を抱くとフランソワーズの方を向く。
「フランソワーズ…走るぞ」
フランソワーズは頷く。
2人が施設を飛び出した瞬間
爆発した。
2
地下の施設に監禁されていた女性。
名前は「ラン」と言う。
国籍も、どこから来たのかも、何故囚われたかもわからない。
記憶を失っていた。
「ラン」という名前は囚われていた施設で使われていた名前で、本名かどうかもわからないという。
東洋系の短い黒髪と大きな目。
小柄で見た目は10代の少女だ。
イワンはまだ眠っているし、記憶が戻るまでギルモア邸に置く事になった。
警察も考えたが、見つかった場所から隠密にしておいた方がよいという事になった。
「おぅ、あれじゃあいつものパターンだよな」
「何が?」
テラスに一人海を見ていたフランソワーズに、ジェットが話しかける。
「お前が助けてやったのによ、お嬢さんにはジョーしか見えてねぇじゃねぇか」
「あらそう?私とも話はするわよ」
「ジョーの奴はいつもそうだ。お前の気持ちなんて何も考えちゃいねぇ、さしずめ『ぼくは女の子の事はよくわからないから、キミが面倒見てくれる?』てぇんだろ?」
「私達が助けた命なんだから、記憶が戻るまで面倒見なきゃいけないわ」
「そ~んないい子ちゃんな回答していて、後で泣きっ面見せられても責任取れね~からな」
「何よ、泣きっ面って」
「ああいう女は、したたかだぜ」
確かに…ここに来てから不安そうな目をして怯えているランからジョーは離れられないでいる。
「お前は強いからな」
ジェットは冗談のつもりだろうが、フランソワーズには冗談には聞こえなかった。
「私だって…好きで強い訳じゃないんだから…」
不安そうに見上げる瞳。
大丈夫だからと慰めるジョー。
早く記憶を戻して欲しいと思わずにはいられなかった。
3
フランソワーズはランをゲストルームへ連れて行く。
「大体の物は揃っているから、必要な物があったら言って。隣の部屋にいるから…」
「あの…」
「何?」
「ありがとうございました。あなたに見つけてもらえなかったら、今頃私…」
「早く記憶が戻るといいわね」
「…はい」
「もう休むといいわ、おやすみなさい」
「…おやすみなさい」
いい子じゃないの…。
ジェットは女の子みんなを一括りにするんだわ。
リビングに戻ると、テラスにジョーがいた。
「まだ寝ないの?」
「ありがとう、ランは?」
「ゲストルームに入れたわ、私が隣の部屋で休むから、何かあったら…」
「悪いね」
「助けた命ですもの、最後まで責任持たなきゃ」
「そうだね」
「助けてくれてありがとう…って言われたわ」
「そう…早く記憶が戻るといいね」
「ええ…」
2人並んで星を見ていた。
静かな…穏やかな時間だった。
その時
「キャー‼︎」
ゲストルームから叫び声がした。
2人が駆けつけると、震えるランの姿があった。
「何かあったの?」
フランソワーズがランに触れようとしたその時、ランはフランソワーズの手を振り払う。
「え?」何が起こったのかわからなかった。
ランは一目散にフランソワーズの後ろにいたジョーに抱きついた。
「怖い…」
ジョーも動揺し、フランソワーズに助けを求めるように目配せする。
フランソワーズはその目を反らす。
「ジョー、あなたが着いていてあげればいいじゃない?」
冷たく言い放つとその場を去った。
4
翌朝、リビングに行くと、ジョーとランの姿がなかった。
車もない。
イワンがそろそろ起きる時間だと、イワンの元に向かう。
すっきりした顔をしていた。
「ねぇ、イワン」
「キミの言いたいことは全部わかる。彼女は何者なのか…だろ?」
仕事が早い。
「そう、記憶を失っているらしいの。だから…」
「今現在言える事は…」
フランソワーズはじっとイワンを見る。
「ない」
「え?」
イワンにさえわからない…一体彼女は何者なのか…。
フランソワーズは窓の外を睨む。
海が見えるカフェ。
ジョーとランが向かい合わせに座っている。
「ここのモーニングは旨いんだ。」
ランはスクランブルエッグをおいしそうに食べるジョーに思わず微笑む。
客もそこそこいる店内
大きな窓からは海が一望できた。
「海…」
「何か思い出した?」
「…いいえ」
「そっか…」
「それより、聞きたい事があるの」
「何?」
「あなたたちは…何者なの?」
ジョーはコーヒーを一口飲むと
「知らない方がいいんじゃない?」とさらりとかわす。
「キミだって…あんな所に捕まっていたんだから、普通じゃない。」
「…そうね。」
ランはトーストをかじる。
「ホント…おいしい」
「でしょ?」
得意気なジョーの顔を見て、ランがくすっと笑う。
心の中にぽっとなにか暖かいものが流れてきたような…。
「私…このまま記憶が戻らなくてもいいような気がするわ…」
「そう?」
ジョーの発言に驚くラン。
「いいの?」
「記憶はゆっくり戻していけばいい。」
ジョーの笑顔にドキっとするラン。
「いい天気だね…これから何処か行く?」
昨日まで戸惑っているようだったのに…。
心の隅ではおかしいと思いながらも、嬉しさの方が勝ってしまう。
…でも。
このままでは…いけない…。
5
ジョーとランは、夕方に戻ってきた。
ランはジョーに身の回りの物を買ってもらったと、買い物袋を沢山抱えていた。
満足そうな笑顔。
記憶を無くし、昨日まで地下で捕らえられていた人とは思えない。
昨日の夜、振り払った手の強さと、ジョーに向けた眼…。
この人は何か普通じゃないものを感じる。
そしてジョーの態度も腑に落ちなかった。
まるで妹のように接している。
あんなに怯えていたランは、ジョーに信頼を寄せているように思える。
疑惑がだんだん大きくなる。
昨日の夜、何かがあったの?
怒って部屋を出た事を悔やむ。
夜、テラスに出ていたジョーの元に行く。
「どうしたのかしら?」
「何が?」ジョーが振り返る。
「ランさんに身の回りの物を買ってあげたりして…そういう事は私に頼んでいたじゃない」
「出かけたついでだよ」
「記憶を戻そうとしている様子がないみたい。まるで恋人ね」
「そう思いたきゃ思えばいいさ」
どんな返事を期待していたんだろう…。
言い返す言葉すら思いつかない。
フランソワーズは黙ってその場を去った。
ジョーは深くため息をつく。
星が流れた。
6
翌朝もジョーとランは出かけて行った。
何の用事もない。
ただのデートだ。
この展開をいつもはしゃぐジェットは、全くかまって来ない。
それ所か、読み慣れない哲学書を読み始めた。
ピュンマは夏の終わりを探しに行くとかなんとか言いながら出かけていく。
…みんな、何なの?
イワンも狸寝入りしている。
バカにしないでよ‼︎
もう誰もランの記憶を戻そうとか考えていないようだ。
そればかりか、みんながランに優しい。
ランも記憶を失くしたという感じがなく、みんなと普通に接している。
もうこの家の住人のような…。
どうしても違和感がぬぐえぬ、その場にいられず外に出た。
海岸の岸壁に腰を下ろし海を見る。
潮風が気持ちいい。
海は穏やかに波打っている。
少し気分が晴れるような気がした。
どうしてこうなったか考えた。
助けなければよかったのかと考えて首を振る。
「そんな事考えちゃいけないわ…」
家に戻る途中、ジョーの車とすれ違った。
気付いているはずなのに、無視をされた。
助手席にはランが乗っていた。
ジョーに笑いかけている。
ジョーも笑ってた。
もう…どこにも自分の居場所がないような気がした。
それでもみんなの為にご飯を作っていた。
みんながフランソワーズの作った料理を当たり前のように食べて、ランを囲んで色々な話をしている。
時折大笑いしながら…。
フランソワーズはテラスで一人星を見る。
空が澄んでいて、星が綺麗だ。
デッキチェアに横になり、ぼっと星を見る。
誰一人星を見ようなど考えず、ランと話をしている。
記憶喪失の女の子と話していて面白いのかしら…。
ジョーの隣で笑っているランが見える。
私だけでも、彼女の記憶を戻さなければ…。
何故か気持ちが焦っていた。
7
ジョーは毎日のようにランをどこかに連れて行く。
海岸道路の駐車帯に車を止め、海岸に出る。
「私、ここにお世話になりっぱなしでいいのかしら…なかなか記憶も戻らないし」
ランが砂浜に座ったジョーの隣に座る。
「いいんじゃないの?別に誰も迷惑だと思っていない」
「そうかしら?」
「ん?」
ジョーがおやっといった感じでランを見る。
「フランソワーズさん…私の事よく思っていないようですよね…」
「そうかな?」
「私はフランソワーズさんみたいに強くないから…だから記憶を失くしてあんなところに捕えられていたんだと思うの…強かったら…こんな事には…」
「強いかな…?」
「え?」
「フランソワーズが強いって、どうして思うの?」
ジョーが真剣に聞いてきたから、ランも戸惑う。
「私を助けてくれた時の彼女…とてもカッコ良かった…」
「僕には強がってるだけに見えるけどな…彼女も普通の女の子だ」
「そう…見えるの?」
「まぁね」
「…よく知ってるのね」
「長い付き合いだからね…」
ジョーは遠く海を眺めていたが、急にランの方を向く。
「そしてキミも…弱くなんてないんじゃない?」
「え…」
何かを見透かされているようなジョーの目を見ていられなくて目を逸らす。
海はどこまでも青く広がっていた。
「あの海の向こうに…」
ランが言いかけハッとする。
「海の向こうが…何か?」
ジョーが聞き直す
「ごめんなさい…何もないわ…記憶の断片なのかしら…ふっと…」
俯いてボソボソ話すランを、ジョーはじっと見ていた。
8
ランがギルモア邸に来て一週間が経った。
どこから助け出され、記憶喪失だという事実を忘れそうな程の普通さと、周りの普通の対応。
イワンはフランソワーズに何も言わないし、他のメンバーも、何事もないなら帰る筈だが帰らずにいつまでもここにいて、手持ち無沙汰に過ごしている。
ジョーはランといつも一緒だ。
自分からフランソワーズに話しかける事もなく、フランソワーズもジョーに話す事がないので、もう何日口を利いていないかわからない。
腑に落ちない事が沢山あるが、聞いた所で、自分の納得いく回答はないだろうと解っていた。
どちらかと言えば避けている感があるから。
それでもフランソワーズは弱音を誰にも吐かずに、一人考えていた。
ランが捕らえられていた施設の事や、それに関係するデータを調べていた。
何かあるはず。
彼女の秘密を暴かなければ
自分達が危険になる。
イワンの着替えを思い出し、イワンの部屋のドアを開けようとした。
その時、中からドアが開いた。
「⁈」
出会い頭にぶつかる所だった。
ジョーだった。
「あ、ごめん」
久しぶりに至近距離で感じる彼に、身体がドキっと反応した。
ジョーは表情を変えることなく
「イワンなら寝ているよ」
とだけ言うと部屋を出て行った。
何をしていたのか…。
イワンの着替えをしながら
「イワン…あなた達…何をしているの?」
イワンは何も返さない。
まだ眠りの時間ではないはず。
ジョーとは何か話したはず。
「あなた達がそういう態度なら、私一人でもランの正体を暴いてみせるわ」
イワンからの反応はない。
フランソワーズは唇を噛む。
9
フランソワーズは研究所にいた。
ランが捕らえられていた施設から始まり、色々なデータを調べていくうちに、ある結論にたどり着いた。
でもやはり疑問がある。
イワンが…気づかないわけがない。
とにかく、確かめなければならない。
「星が綺麗ね…」
ランとジョーはテラスで並んで夜空を眺めていた。
くしゅん。
ランがくしゃみをする。
「寒い?」
ランはジョーを見上げると、そっと身体を寄せる。
ジョーの腕に自分の腕を絡ませる。
こんな日が続くわけはないのは解っている。
でも今はこのままでいたい…。
「ランさん、そこまでよ」
振り返ると、フランソワーズがいた。
銃を構えて…。
「フランソワーズ…」
「ジョー、あなたが庇っても私は撃つわよ」
銃をランに構える。
「ジョー」
ランは不安そうにジョーを見上げる。
〝ジョー、もういいよ〟
フランソワーズの頭の中に、イワンの声が入ってきた。
瞬時に風が巻き起こる。
人よりも少し早く走ったジョーの旋風。
フランソワーズの隣にいた。
「フランソワーズ…そんなもの構えていちゃ危ないじゃないか…」
フランソワーズの銃を難なく取り上げると
「ラン、ゲームオーバーだ」
ジョーが冷たく言うと、ランに向けてトリガーを引いた。
何の躊躇いもなく…。
10
ランが意識を失い倒れた。
「ジョー⁈」
フランソワーズは何が起こったのかわからなかった。
「大丈夫だよ、眠らせただけだ、話があるから、研究室に」
意識を失ったランを担ぐ。
研究室にはイワンとピュンマがいた。
ピュンマは誰かと通信している。
ジェットの姿が見当たらない。
ジョーはランをメディカルルームへ運び、戻ってきた。
「いったい…何?」
混乱しているフランソワーズ。
「お疲れさま」
ピュンマが通信を切った。
「今回のはキツかったよ、銃で戦う方が幾分楽だ」
ジョーがイワンに言う。
「君の腕も衰えてはなかったけどね」
「からかうなよ」
フランソワーズだけキョトンとしている。
「ランさんは…スパイよね?」
自信なくイワンを見る。
「そうだ、研究所に入り込み、我々の設計図を盗もうとしていた。吐かせるのは簡単だが、後ろの黒幕が逃げてしまう。だからジョーに時間稼ぎをしてもらった訳。ちょうどランがジョーに好意を示したから、つかず 離れずの関係で攻めて欲しいと。
向こうもなかなか設計図のデータが送られて来なければ、連絡してくるだろうから。アメリカにいたよ」
「先程制圧した。とジェットから連絡が来た。」
ピュンマが残務処理をしながら手を上げる。
「じゃあ、今迄の事は全部…」
「茶番だ」
ジョーが笑いながら言う。
なんだか無性に腹が立った。
パーン
気がついたら、ジョーに平手打ちしていた。
「最低!!」
フランソワーズが走り去る。
一同、なんのことやらで呆然とした。
頬を押さえてぽかーんとしてるジョー。
ピュンマは「そうきたか…」と、予想もつかない展開に呆然とする。
イワンだけは予想していたようで「計算済みだ」と言わんばかりに欠伸をした。
11
時間は真夜中だが、とても眠る気にはなれなかった。
ランは朝まで起きないというから、自分達も休めるのに…。
色々な感情がフランソワーズの胸を騒がせる。
騙しきれないみんなの態度
ジョーがランにしていた「茶番」
何より何故自分だけ作戦を知らされなかったのか
そして女として、ジョーが許せなかった。
ランがジョーを見るときの瞳を思い出す。
人の気持ちを欺くなんて…。
たとえスパイでも…。
「ジョーに怒るのは筋違いじゃないのか?」
イワンがフランソワーズの元にふわふわやってきた。
「作戦から私を外したのは何故?」
指令隊長に直訴する。
「同性だから…かな?ジョーを使うって事もあったし。ジョーはフランソワーズに伝えた方がいい。と言ってたんだけどね」
「いつ気付いたの?」
「連れて来た日の夜、目が覚め、理解した。怯えるランを寝かしつけたジョーを呼んだ。そこで作戦を考えた。」
「じゃあジョーは?」
「そのときからスパイだと知っていた。」
私より上手ってことね…。
「ジェットは哲学書読み始めるし、ピュンマは夏の終わりを探しに行き始めるし…みんな下手なのよ、余計怪しかった」
イワンはふっと笑う。
「まさかキミが真相をつかもうと動き出すとは思わなかったよ、キミが見つける前に黒幕を見つけないと、今までの苦労は台無しだと」
「そうなの」
感情なく、冷たく言う。
「黙っていた事は謝るよ、ジョーを許してやってよ、キミの為でもあるんだから」
「女の子を騙すのが、私の為なの⁈」
「一番狙われてたのは…キミの設計図だったからだよ」
フランソワーズはドキっとした。
女性のサイボーグ化の成功が、科学者達の間でも知られ始めているらしい。
設計図だけでなく、フランソワーズ自身にも危険が及ぶ可能性も低くは無くなってきている。
だからこそ、そのような敵には、懐に入って倒さなければならない。
イワンはもっともらしい事を言う。
でも…。
感情は、そんなに簡単じゃないのよ…。
12
明け方。
まだ空は暗く、波の音だけが聞こえている。
まだみんな寝静まっている時間。
テラスで一人海を見ているジョー。
やはり眠れなかった。
彼女を守るためだったのに、最低呼ばわり。
作戦を話しておけばよかったんだ。と、イワンを憎む。
「あ~あっ」
テラスの柵に腕を投げ出す。
フランソワーズがテラスに出てきた。
物音に一回振り返るが、また海を見る。
「僕を最低な男だと思ったって構わない。キミを守る為なら…何だってやる。」
フランソワーズはジョーの後ろ姿を抱きしめる。
「ばか…」
「ばかですから」
ジョーは海を見つめたまま、背中にフランソワーズを感じたまま。
「ランは…内戦が続く国で産まれた。家は貧しく、家族を支えるために、危ない仕事に手を出していた。
最終的にはスパイになった。
学校にもろくにいけず、年頃の女の子の生活は夢の世界だった。
国の為に戦う事を幼い頃から教え込まれていた。
彼女にとってこの一週間は、普通の女の子として過ごせた貴重な時間だったんだと思う。」
「彼女、これからどうするの?」
「ランと家族が一緒に暮らせる事が許される国で生活をさせようと、イワンが考えている。きちんと教育を受けられるようにね」
「この一週間の記憶は…」
「消さなきゃね。この場所と僕等を覚えていてもらっては困る。」
「あなたとの一週間も忘れてしまうのね…」
何故かわからないが涙が出てきた。
彼女の淡い気持ちを感じ取ったから。
「新しい生活できっといい恋をするよ」
ジョーが振り返り、フランソワーズを抱きしめる。
「こんなサイテー男なんて忘れてさ」
フランソワーズが「‼︎」と顔を上げる。
すかさず軽くキスをする。
「気の無いフリはキツかった」
「…ホント、サイテーだわ」
少し笑いキスを返す。
朝日が昇ってきた。
夜が明けた。
13
フランソワーズは、ランの元に向かう。
ランは目を覚ましていた。
逃げる素振りも見せず、ベッドで半身起している。
…もっともここから逃げ出せない事位知ってるだろう。
「目が覚めたようね」
ランはフランソワーズを睨む。
「私をこれからちどうする訳?」
…そうよね。この人はスパイ。
「私の設計図が欲しかったの?」
フランソワーズはベッドサイドのスツールに腰掛ける。
「私は別にいらない。依頼主の要望よ」
「あなたは…こんな事したくないのよね、家族の為?」
ランは俯いた。
「生きていかなきゃならない、どんな事をしても」
シーツを握りしめる。
涙が拳に落ちる。
「あなたを…あなた達家族を、助けようと考えているの」
ランが信じられない。という顔をしてフランソワーズを見る。
「私は…あなたたちを欺いていたのよ…何故?」
「それがあなたの本意じゃないから…あなたの『依頼主』は捕まえたわ。仲間が記憶を消してくれる。
あなたには、あなたと家族には、一緒に暮らせ、学校にも行ける、ご両親には働く場を…何とかして探すから…」
ランは号泣する。
「あなたの家族も国から出すから。
受け入れてくれる国を探しているから…」
「ジョーは?」
「ジョーがあなた達が平和に暮らせる国を探してくれているのよ」
「ジョーは私がスパイだということを早いうちから知っていた。わよね?」
「さすがね、でも、何故行動に移さなかったのかしら?」
ランは再び俯いた。
「幸せだったから…偽りでも…お互い欺き合っていても、幸せだったから…」
フランソワーズはわざとおどけるように言う。
「彼はオンナノコの扱いが上手いから」
「え?」
「私も、騙された1人よ」
フランソワーズはランに背中を向け、振り返らずにドアを閉めた。
廊下に出たフランソワーズは、天井を仰ぐ。頬には涙が伝う。
欺き合っていると気づいていても、偽りの愛にいたかった。
彼女の心情が痛かった。
14
「ラン、ここが君が新しく暮らす街だ。」
潜水艦のような巨大な船で連れてこられた見たことのない街。
「新しい住まいも、ご両親の仕事も、兄弟、そして君の通う学校も全て手配済みだから。」
ジョーが一軒の小さな家の前まで送る。
「これからはちゃんと勉強して、家族を支るんだよ」
「…ジョー」
「何?」
「ごめんなさい、騙していたのに…ここまで…」
「僕も君を騙していたから、おあいこだよ」
ジョーがにっこり笑う。
「もうすぐ家族も到着するよ…じゃあ僕はこの辺で」
ジョーが手を出す。
ランは躊躇いがちにジョーと握手をする。
「元気で、幸せになるんだよ。」
ジョーが背中を向けた。
去っていく後ろ姿をただ眺めているしかできなかった。
ほんの少しの偽りの恋。
…でも、私は…あなたの事が。
「好きでした」
パーンと頭の中で何かが弾けた。
背中を向け歩く人も誰だか…思い出せない。
しばらくして、家族が自分の名前を呼んだ。
ジョーはイワンを抱いているフランソワーズの元に来る。
「お疲れ様」
フランソワーズが笑顔で出迎える。
「帰ろっか」
フランソワーズの胸からひょいっとイワンを抱く。
イワンをバキーに乗せると、歩き出す。
フランソワーズがジョーと並ぶ。
「今回の事でよーっくわかったわ」
「何?」
「あなたが女の子を落とすテクニック」
「はぁ?」
バキーのイワンもクスッと笑う。
「…イワン、今笑っただろ?」
「気のせいだ」
「どこからどう見てもイクメンだろ?何を言うんですか」
フランソワーズがバギーのイワンに向かって
「イクメン…ねぇ〜」と同意を求める。
含み笑いをしたイワンを覗きこみ
「イワン、今含み笑いしただろっ⁈」と騒いでいるジョーをクスッと笑いながら見守る。
ふと振り返り、眼を使いランの家の方を見た。
家族と再会し、手を取り合い抱き合う姿が見えた。
「さよなら、幸せになってね」
フランソワーズはジョー達の方を向き歩き出した。
〜終〜
2015.8.24~9.6