
distance ~Magazine version~
1.
「これを預かって来ました。」
何故、自分がこの国にいるのだろう…何故、この人と話をしているのだろう…。
~・~・~・~・~
彼女はいつも伏し目がちにこっちを見る。
笑顔もさみしそうだ。
最初はなんて暗い女なのだろうと思っていた。
仮住まいしていた神奈川から、東京に出る用事があった。
東京なんて…何年振りだろう。
満員電車に揺られながら、流れる景色を眺めていた。
あの頃と…同じようで違う。
電車を降り、改札をくぐった時に声をかけられた。
「ジョー?ジョーだろ?」
「…村松?」
「お前、どうしたんだ?行方不明になって、ちゃんと逃げれたのか?」
「お前はどうしたんだ?」
「俺は、連れ戻されてよ、半月前にようやく刑期を終えたわけだ。大変だけど、何とかやっているよ」
村松は作業着のようなものを着ていた。休憩時間なのだろう。
「そっか、もうそんなに月日が経っていたんだ」
少年だった自分たちも大人と言われる年齢になっていた。
「お、それよりもよ、お前が行方不明になった後、フランス人が訪ねてきたんだ」
「フランス人?」
「妹を探しているって、お前に関係があるとかで」
「…妹…」
フランス人、妹で思い当たるのは彼女だけだ。
伏し目がちな姿を想像した。
「お前が行方不明になった同時期に、その人の妹も行方不明になったって、探していたぜ、写真を見せてもらったけど、可愛いかったぜ」
「ふうん」
「ところで、お前は今何しているんだよ、やばい仕事してないだろうな?」
「やばいって言えば、やばい仕事かもな」
「俺んとこ紹介してやるから、何かあったら連絡しろ」
村松はそういうと、自分の連絡先を書き、ジョーに渡す。
「ありがとう」
ジョーは素直に頭を下げる。
2.
家に戻ったのは日が暮れてからだった。
コズミ博士のお使いだった。
土地勘のある自分が選ばれた。
「行ってきました」
「ありがとう、悪かったな、君しか頼めなくて」
「いいんですよ、居候させてもらっているんだから、これくらい」
リビングに戻ると、フランソワーズと大人が夕飯の準備をしていた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
まただ、目を合わせようとしない。
何故?
「お疲れ様でした、コーヒーでも飲む?」
結構な時間一緒にいるようだが、どうも彼女は距離を縮めてこない。
こんな得体のしれないネンショー上がりじゃあ親しくなる気もないって訳だ。
「あのさ、今日、昔の仲間にあったんだけど…」
大人が席を外したときに、そっと話しかける。
「え…?」
「俺が行方不明になってから、ある人が俺を探しに訪ねてきたって…」
フランソワーズは神妙な顔で、ジョーにコーヒーを持ってきた。
向かい合わせに腰を下ろす。
「君にはお兄さんがいるのか?」
固まった。
普段目を合わせない彼女が、じっと自分を見ていた。
透き通るような蒼。
こっちも固まりそうだった。
「どうして…それを…」
「お兄さんが君を探して日本にやってきたらしい。同時に行方不明になった俺の消息を訪ねに来た…と」
再び、目を合わせると、彼女の瞳には涙が流れていた。
女の涙はめんどくさいと思っていた。
でも、彼女の涙はとても綺麗だった。
近い距離なのに、慰めてやることも、抱きしめてやることも出来なかった。
彼女は自分とは釣り合わないことくらい、わかっているから…。
3
ある日、博士に呼ばれた。
部屋に入ると、そこにはフランソワーズの姿があった。
「何か御用ですか?」
「頼みがあっての・・・」
フランソワーズをちらりと見る。
まただ、目を合わせずうつむいている。
「キミに…フランスに行って欲しいんじゃ」
「…フランス?」
語尾が上った。どうして?という意味合いに取れるだろう。
「フランソワーズが君に行って欲しいのだそうだ」
「…何故?」
フランソワーズに聞いたつもりだったが、返事がない。
チッ、思わず舌を鳴らした。
博士も気付いたようだ。
「フランソワーズの家に行って貰って、お兄さんに手紙を渡してきて欲しい。フランソワーズが行くのが一番なのはわかっているが、まだ心の整理がつかないそうだ。それに、まだ身の安全の保障はない。だから…まだ会う訳にはいかないんじゃ」
「何故…俺なんです?ヨーロッパに帰っている仲間でもいいのでは?」
視線を感じたからちらっと彼女を見る。
慌てて目をそらす。
…何だよ…。
「フランソワーズのお兄さんが、君を探していたそうじゃないか…、君が無事だと伝えるのが無難だと思う。」
それならそうと、先ず自分に相談しないのか?博士を介さないと出来ないのか…。
思わずフランソワーズを睨む。
その様子を見ていたらしい。
「…ごめんなさい」
彼女がうつむいてぽつりと言った。
「何が?」思わず声を荒げる。
「なんでごめんなさいなんだよ!!そんなに俺が怖いのかよ!!頼みたいなら直接頼めばいいだろ?!」
フランソワーズがこっちを見た。
目に涙をいっぱいためて…。
そんなん構わない、こっちだって虫の居所が悪い。
「そうやっていつもそうだ、何俺に遠慮しているんだ?それともこんな得体の知れない人間と関わりたくないのか?」
思っていた事を吐きだした。
彼女は何も言わず、その場を去った。
「…まったく、お前は…。」
博士が溜息をつく。
「どうしてそうなんじゃ…」
「すみませんね、育ちが悪いもので」
博士に背を向けドアを閉めた。
4
ジョーはベランダで煙草を吸っていた。
薄々は避けられていると感じていたが、先程言いたい事を言ってしまってからは、決定的にフランソワーズはジョーを避けている。
そりゃあそうだな、こんな男はサイテーだ。
自分の吐いた煙をぼーっと見ていた。
そうだな、みんな落ち着いてきて、それぞれの故郷に帰って行っている。
自分もここから出て働こうか。
でも…どこに行こう。
ふと東京で会った村松を思い出す。
「…東京でも行こうかな…」
「…あの…」
ベランダの後ろから声がした。
振り返ると、フランソワーズがいた。
「何?」
ぶっきらぼうに返事をした。
「…別にあなたを避けている訳ではないから…あなたには沢山の感謝の気持ちがあるわ…でも、どう言ったらいいかわからなくて…」
「え?」
何だか気が抜けた。
え?何?
「そんな態度に見えていたのだとしたら謝るわ。ごめんなさい。」
頭を下げる。
「ちょ…何もそんな…いいって、こんな俺に頭なんて下げなくても」
「どうして…こんな俺…なの?」
「え?」
「私、自分に自信がなくって、だからあなたと面と向かって話をする勇気がなかったの、あなたは正義感が強くって、優しくって…私のような臆病者とは違うわ」
固まった。
フランソワーズは自分を嫌いではなかったのか?
優しい?この俺が?
「わーったよ、フランスに行くよ、行けばいいんだろ?」
わざとおどけたように言う。
「…いいの?」
「この借りは大きいぜ」
こんな近い距離で面と向かって話をするのは初めてかもしれない。
思わずフランソワ―ズの顎に手をかける。
彼女がびくっとしたのが伝わった。
「冗談だよ」
煙草をもみ消し、その場を去る。
5
大学生のバックパッカー。
設定上はそんな感じだ。
リュックにパーカー、ジーンズにスニーカー。
ごく普通の旅行者の風貌だ。
探知機をくぐるとき、どうなるんだろう?と思ったが、屁理屈しか言わない赤ん坊が何とかしてくれているという。
自分で選んだ身体じゃないのに、いちいち不都合がある度にイラっとする。
飛行機に乗るのも、海外へ行くのも初めてだ。
…いや、自分の足で…だ。
長いフライトの末、パリにやってきた。
地図を持たされたが、大きな街に訳がわからない。
でも、言葉に苦労しなくなったのはよしとしよう。
ようやくフランソワーズが住んでいたというアパートに辿り着く。
深呼吸をし、中に入る。
チャイムを鳴らすと、男性が出てきた。
フランソワーズと同じ髪の色、瞳の色。
この辺では見かけない東洋人に戸惑っている。
「何か用ですか?」
「島村ジョーです。」
男の顔が強張った。
ジョーは部屋に通される。
リビングは整頓されている。
インテリアを見ると、フランソワーズらしい…と思った。
ここで幸せな生活をしていたんだろうな。
胸が痛む。
「君が…あの?」
「日本まで探しに来たそうですね、聞きました」
目の前の少年をジャンは見る。
少年院に入っているくらいだから、どんな凶暴な子供かと思っていた。
目の前の少年は、穏やかな普通の東洋人だ。
「妹さんから手紙を預かって来ました」
ジョーはリュックサックから手紙を出す。
「妹は…無事なのか?」
「はい、元気です。ただ今は逢えないからと、手紙を預かって来ました。」
ジャンはジョーから手紙を受け取る。
その場で封をあける。
フランス語で手紙が3枚。
「…失礼」
ジャンがその場を離れた。
涙を拭きに行ったのだろう。
一人残されたリビングに、時計の秒針の音が響く。
入れられた紅茶を一口飲む。
窓の外はテレビでよく見るパリの街並み。
ここで彼女は生活をしていた。
自分とは違い、何の不自由もなく。
ジャンが戻ってきて、ジョーの向かい側に座る。
「…で、君は、妹とどのような関係で?」
「一緒に誘拐され、一頃は同じ所に監禁されていました。今はそこから脱走して、ある所に他に誘拐された人々と一緒に暮らしています。
それ以上でも、それ以下でもないです。」
「今はまだ語れない…って訳なのか…?」
「そうですね、あなたも危険になる。」
妹からの手紙の内容で、何かが彼と彼女に降りかかっているのはわかった。
時期が来れば帰ります。とも書かれていた。
「用事が済んだので、失礼します」
あまり長居をするつもりはなかった。
息が苦しかった。
幸せだった家庭、彼女の苦悩、自分自身の気持ち…。
早くここから去りたかった。
「ちょっと待ってもらえますか?」
ジャンは、メモにすらすらと言葉を書いた。
「これを妹に渡してもらいませんか?」
「はい」
ジョーはフランスを後にした
6
日本に到着する時間は連絡していた。
電話に出たのはコズミ博士だったし、まさか空港にフランソワーズが来ているとは思わなかった。
「おかえりなさい、ありがとう」
おかえりなさい。そんな言葉も言われた事がないから戸惑う。
フランソワーズの為にフランスに行ったのだから当たり前か…とも思う。
空港の駐車場で車に乗る。
いつ切り出そうかと思いながらも、家の近くの海岸道路に来てしまう。
海が見える駐車帯に車を止める。
「?」
助手席のフランソワーズはどうしたのかとこっちを見ている。
「ちょっと話をしていい?」
家に帰ってからでもいいかと思ったが、2人きりで話がしたかった。
「…兄は何て…」
「待っていると言っていたよ」
車から一旦降り、トランクからリュックを出すと運転席に戻る。
フランソワーズはすでに泣いていた。
「これ、お兄さんから預かった」
ジョーが帰るといった時に、さっと走り書きをしたメモを渡す。
静かに文面を追う。
肩が震えている。
肩を抱いてあげたかったが、そんな事を自分はできないと思っていた。
こんな状態で家に帰れないだろう。
しばらく車を止めたまま、ハンドルに腕を置き、身体を預けるようにして目の前の海を眺めていた。
「…いつか、君がフランスに帰れるように…お兄さんとまた一緒に暮らせるように…そんな日々を作れるように頑張んないとね」
しばらく無言でいたジョーがぽつりとつぶやく。
「…ありがとう」
フランソワーズはジョーの方を向く。
ジョーはドキッとする。
じっと自分を見つめているフランソワーズの蒼い瞳がとても綺麗で…。
フランソワーズは、身を乗り出すと、運転席のジョーに近づく。
一瞬何が起こったのか分からなかった。
フランソワーズの唇が…。
驚いた顔をしていたかもしれない。
フランソワーズは唇を離すと「借りを返したわ」と笑った。
初めて見た笑顔。
ぼーっとしているジョーがいた。
~おしまい〜
2015.5.20~5.25