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私を忘れないで

「綺麗ね」

桜は満開だった。

天気もよく満開の桜が見れる最後の休日という事もあり、桜並木は沢山の人で賑わっていた。

「しかし凄い混雑だな、桜を見に来たのか人を見に来たのかわからないくらいだ」

ジョーが話している間にもすれ違う人の肩がぶつかる。

「日本人は桜が好きよね」

「フランスにも桜咲いているんだよね?」

「ええ、でもこんな桜並木はないわ」

見上げるとピンク一色。

「来週には散ってしまうんですものね」

「潔いよね」

「フランスは桜の花言葉を『私を忘れないで』と言うのよ」

「この季節に忘れないで…か」
日本は桜が咲く頃は別れの季節。
散りゆく桜に思いを馳せる。

フランソワーズはジョーから少し離れると

「この桜をこれから毎年見る時、私を思い出してね」

と笑う。


満開の桜をバックに笑ったフランソワーズが儚く見えて、ジョーは急に不安になる。


「何を言ってるんだよ、これから毎年一緒に見るのにキミを忘れる訳はない!」
ジョーは少し怒ったようにフランソワーズの手をぎゅっと握る。

「離さないから…」

人混みに聞き取れないようなジョーの声をフランソワーズはきちんと拾う。

「ありがとう」

フランソワーズはジョーが握った手を握り返した。



 

あれから1年

手を離したのはボクだった。

やりたい事があるという彼女を止める事はできなかった。

満開の桜を1人見上げる。

写真を撮り、彼女に送ってみた。
パリはもう夜だろう。

ジーンズのポケットに携帯を入れ歩き出す。

間も無く携帯が震えた。

「写真ありがとう」
彼女からだった。

「そっちはどう?」

しばらく返事がなかった。

「桜を見たら日本に戻りたくなっちゃった」

きっとやりたい事がうまくいっていないんだろう。

「早く帰らないと桜散っちゃうよ」

「そうね、でも」

ただ弱音を吐いただけだという事位わかっていた。

「来年は…一緒に桜見れたらいいね」

「そうね」

通話を終えると、再び携帯をポケットに入れた。

離してしまった手を後悔したくない。

だから頑張って欲しい。

そしていつかまた一緒に桜を見たい。




 

また翌年、いつもと同じ時期に桜が咲く。

夢が手に届きそうだったのに、チャンスを簡単に失った。

どんなに頑張っても、どんなに努力しても叶うことのない夢なのだと思い知らされる。

彼は私の夢を応援してくれていたから、私を呼び戻す事を躊躇っていたようだ。
でも事態は深刻で私の力がどうしても必要だと連絡をしてきた。

彼からの連絡は嬉しかったが、それは同時に夢を捨てる事だった。

久しぶりに再会した彼は、申し訳なさそうに言葉も少なかった。


まだ全員揃わないからちょっと時間があるんだと誘われた所は2年前一緒に歩いた桜並木。


ちょうど満開を迎え、ピンク一色となっていた。

「来年一緒に見ようと言ったけど、こんな形になってしまって…」
ジョーは申し訳なさそうに頭を下げる。

「あなたは何も悪くないわ…そうそう、これ」

フランソワーズは携帯をジョーに見せる。

去年撮影して送った桜の写真。

「この写真は私のお守りなの、パリで辛い事や悔しい事があった時、いつもこの画像に元気つけられていたわ」

桜の花言葉は「私を忘れないで」

「あなたは私を忘れないでいてくれている。応援してくれているから頑張らなきゃ…って」

フランソワーズはジョーの手を握る。

「ありがとう」

ジョーは周りの目を気にすることなくフランソワーズを抱き締めた。

側にいた人が「おーっ」と声を上げる。

「ち…ちょっと、ジョー?」
周りの反応に恥ずかしくなり、逃げようとするフランソワーズの行動を抑えるようにジョーはぎゅっと抱き締める。

「…何か…言ってよ」

何も言わずただ抱き締めているだけのジョーにフランソワーズは不安になる。

「キミを忘れる訳はない」

「ジョー?」

「キミの夢が叶うようにと応援していたけれど、やっぱり…キミに側にいて欲しい」

去年桜の画像を送った時の彼の気持ち。

ただ桜が咲いたという報告だけではなかったんだとフランソワーズは思う。


抱き締めたジョーの腕をそっと解く
「私はどこにも行っていないのよ、心はいつもあなたの側にいたから」

ジョーが顔を上げると、フランソワーズはにっこり微笑んで、桜を見上げる。

2人は手を繋ぎかながら桜並木をゆっくり歩き出した。


〜おしまい〜


2016.4.7〜4.9

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