
私を忘れないで
1
「綺麗ね」
桜は満開だった。
天気もよく満開の桜が見れる最後の休日という事もあり、桜並木は沢山の人で賑わっていた。
「しかし凄い混雑だな、桜を見に来たのか人を見に来たのかわからないくらいだ」
ジョーが話している間にもすれ違う人の肩がぶつかる。
「日本人は桜が好きよね」
「フランスにも桜咲いているんだよね?」
「ええ、でもこんな桜並木はないわ」
見上げるとピンク一色。
「来週には散ってしまうんですものね」
「潔いよね」
「フランスは桜の花言葉を『私を忘れないで』と言うのよ」
「この季節に忘れないで…か」
日本は桜が咲く頃は別れの季節。
散りゆく桜に思いを馳せる。
フランソワーズはジョーから少し離れると
「この桜をこれから毎年見る時、私を思い出してね」
と笑う。
満開の桜をバックに笑ったフランソワーズが儚く見えて、ジョーは急に不安になる。
「何を言ってるんだよ、これから毎年一緒に見るのにキミを忘れる訳はない!」
ジョーは少し怒ったようにフランソワーズの手をぎゅっと握る。
「離さないから…」
人混みに聞き取れないようなジョーの声をフランソワーズはきちんと拾う。
「ありがとう」
フランソワーズはジョーが握った手を握り返した。
2
あれから1年
手を離したのはボクだった。
やりたい事があるという彼女を止める事はできなかった。
満開の桜を1人見上げる。
写真を撮り、彼女に送ってみた。
パリはもう夜だろう。
ジーンズのポケットに携帯を入れ歩き出す。
間も無く携帯が震えた。
「写真ありがとう」
彼女からだった。
「そっちはどう?」
しばらく返事がなかった。
「桜を見たら日本に戻りたくなっちゃった」
きっとやりたい事がうまくいっていないんだろう。
「早く帰らないと桜散っちゃうよ」
「そうね、でも」
ただ弱音を吐いただけだという事位わかっていた。
「来年は…一緒に桜見れたらいいね」
「そうね」
通話を終えると、再び携帯をポケットに入れた。
離してしまった手を後悔したくない。
だから頑張って欲しい。
そしていつかまた一緒に桜を見たい。
3
また翌年、いつもと同じ時期に桜が咲く。
夢が手に届きそうだったのに、チャンスを簡単に失った。
どんなに頑張っても、どんなに努力しても叶うことのない夢なのだと思い知らされる。
彼は私の夢を応援してくれていたから、私を呼び戻す事を躊躇っていたようだ。
でも事態は深刻で私の力がどうしても必要だと連絡をしてきた。
彼からの連絡は嬉しかったが、それは同時に夢を捨てる事だった。
久しぶりに再会した彼は、申し訳なさそうに言葉も少なかった。
まだ全員揃わないからちょっと時間があるんだと誘われた所は2年前一緒に歩いた桜並木。
ちょうど満開を迎え、ピンク一色となっていた。
「来年一緒に見ようと言ったけど、こんな形になってしまって…」
ジョーは申し訳なさそうに頭を下げる。
「あなたは何も悪くないわ…そうそう、これ」
フランソワーズは携帯をジョーに見せる。
去年撮影して送った桜の写真。
「この写真は私のお守りなの、パリで辛い事や悔しい事があった時、いつもこの画像に元気つけられていたわ」
桜の花言葉は「私を忘れないで」
「あなたは私を忘れないでいてくれている。応援してくれているから頑張らなきゃ…って」
フランソワーズはジョーの手を握る。
「ありがとう」
ジョーは周りの目を気にすることなくフランソワーズを抱き締めた。
側にいた人が「おーっ」と声を上げる。
「ち…ちょっと、ジョー?」
周りの反応に恥ずかしくなり、逃げようとするフランソワーズの行動を抑えるようにジョーはぎゅっと抱き締める。
「…何か…言ってよ」
何も言わずただ抱き締めているだけのジョーにフランソワーズは不安になる。
「キミを忘れる訳はない」
「ジョー?」
「キミの夢が叶うようにと応援していたけれど、やっぱり…キミに側にいて欲しい」
去年桜の画像を送った時の彼の気持ち。
ただ桜が咲いたという報告だけではなかったんだとフランソワーズは思う。
抱き締めたジョーの腕をそっと解く
「私はどこにも行っていないのよ、心はいつもあなたの側にいたから」
ジョーが顔を上げると、フランソワーズはにっこり微笑んで、桜を見上げる。
2人は手を繋ぎかながら桜並木をゆっくり歩き出した。
〜おしまい〜
2016.4.7〜4.9