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doubt

1

 

 

 

 

 

 

スクランブル交差点は車が行き交っていた。

赤の信号で立ち止まっている人の中にジョーはいた。

信号が青になり、各方面から一斉に人が掃き出される。

視線をまっすぐ向けて歩いていたジョーは、反対方向を歩く人の姿に一瞬立ち止まる。
後ろの人がジョーが急に立ち止まった事で、背中にぶつかる。

「あ、失礼」

ぶつかった後ろの人に謝り、視線を戻したが、先程見た光景はもう何処にもなかった。


見間違う訳がない。

でも何故日本に?
確かに逃がした筈なのに…。




約束の映画館の前には、フランソワーズが待っていた。

「ごめん、待った?」


「ううん、今来た所よ」



偶然近くに用事があり、用事が終わる時間も変わらなかったから、待ち合わせて映画でも見ようか?と誘ったのはジョーの方だった。

フランソワーズは嬉しそうに観たい映画があるのと時間を調べ始めた。

また恋愛映画だろうと覚悟はしていたが、アクションシーンありの映画だったから、寝る事なく楽しめた。



それだけではなかったのかも知れない。


スクランブル交差点で見かけた…あの見覚えのある顔が何故日本にいるのか…


その事のショックで映画の内容など頭に入って来なかったのかも知れない。

2

「ねぇ、帰りに寄って欲しいお店があるの」

フランソワーズはジョーに腕を絡める。

「また新しい店を開拓するの?」
「ちょっと郊外なんだけど、美味しいアップルパイを売っているんですって」

「バレエの日はいつもこれだ」
ジョーは呆れる。

フランソワーズは今、バレエスクールでジュニアのクラスを教えている。


アズナブール先生の登場で、フランソワーズのバレエの才能がスクールに知れる事になる。
スクールを経営している小松は、こんないい話はないからと、ジュニアクラスの指導を依頼した。

教師になるという事は、ジュニアクラスの大会や発表会などで家を開ける事にもなる。



博士とジョーに相談をした。
博士はやりたい事ならばと快諾してくれたが、亭主関白気取りだったジョーは、フランソワーズが働く事に最初は否定的だった。
小松に「そんな男は古い!」とバッサリ斬られて、渋々承諾したのだが、生き生きとしているフランソワーズを見て、今はよかったと思っていた。

 


フランソワーズが仕事を始めた事で、お互いなかなか時間が取れなくなった。
久しぶりに時間が取れ、一緒に映画を見た訳だった。

フランソワーズには、ジョーと会ってからある違和感を感じていた。



誰かの視線をずっと感じていた。


それは自分一人の時には何にも感じなかったのだが、ジョーと会ってからかなり強く感じられた。
普通の人間では、視聴覚を強くされていないジョーでさえ、その違和感には気づかなかっただろう。



気のせいでは済まされない強い視線に、違和感を感じながら、フランソワーズはジョーの車に乗り込んだ。

 

3

山道の途中にその店はあった。

広く作られた駐車場には、沢山の車が並んでいた。

「こんな所に店を出して、よく客が集まるなぁ」
感心しながら車を駐車させているジョーに


「美味しいと分かれば、どんな所でもお客様は集まるわ。最近は口コミが1番のセールスらしいわよ」
とフランソワーズ。

「アップルパイ一個で?わかんないなぁ」

「あ、ここで待っていて、買ってくるから」

「いってらっしゃ〜い」

店内の混雑を見て最初から同行する気なんてなかったジョーは、車のシートを後ろに倒し、両手を後ろに大きく伸びた。

しかし…何故彼女が…
一人になると急に思い出す交差点で見かけた…女。

ジョーの車の隣に一台の車がずっと入って来た。



それからしばらくして、コンコンとジョーの車をノックする音。
フランソワーズがもう帰って来たのかとシートを戻す。

「!!」

目の前にいた人はフランソワーズではなかった。

4

フランソワーズは店内に入り、アップルパイを買う人の列に並ぶ。
丁度ジョーの車が見える辺りに来た。

「…やっぱり」

誰かの視線はここまで付いてきていた。
彼を一人にすれば相手はコンタクトを取ってくるだろう。
そう思い、あえてジョーが嫌う人気店に立ち寄った。

目を凝らしジョーにコンタクトを取ってきた相手の姿を確認する。

「何故?あの人が…」

「あの…前空きましたよ」
後ろに並んでいる人に声をかけられた。
外の景色に集中していたら、列が少し進んでいた。

「すみません」
フランソワーズは後ろの人に謝り、少し前に進む。

ジョーの車は見えなくなる。


アップルパイを買い、車に戻る。

「お待たせしました」
「じゃ、帰ろうか」

何事もないようなジョーの態度。

「ねぇ、さっきちょっと見えたんだけど」
フランソワーズの言葉に「ん?」とだけ答える。
顔は前を向いたまま。

「誰かと話していたみたいだけど…知り合い?」

「あ、大学時代の知り合いに久しぶりに会ったんだ。やっぱりアップルパイ人気みたいだね」
「…そう」

フランソワーズはそれから黙り込んだ。

 


ジョーも別に気にとめる事なく、少し遠回りした分を取り返すようにスピードを上げた。

5

帰宅してからもいつもと変わらないジョーの様子に、あの光景は何だったのだろうと思う。



彼女が…日本に戻っているとは。

何年か前に狙われた恋人を助ける為に、ジョーが命がけで安全な国に逃がした筈だったのに…。

彼女…マユミさんはジョーの…。



ジョーは自分の過去の事になると、私達を関わらせない。
それは迷惑をかけるからとかではなく、関わって欲しくないのだろうとフランソワーズは思っていた。

でもその様な時にはいつも危険な目にあってしまう。

だから放っておけない。

 



「どうしたの?ぼんやり星なんて見ちゃって」
急にジョーに話しかけられ、フランソワーズはびくっとした。

「ごめん、驚かせた?」

 


いつもの彼だ。
今日マユミさんに出会った動揺など何処にもない。



「ちょっと考え事していただけよ…あ、そうだ。明日暇?」

「ごめん、用事あって。何かあった?」

「ううん、大した用でないからいいの」



明日ジョーはマユミに会う。



フランソワーズはテラスの手すりをぎゅっと握った。
 

6

「じゃ、行ってくるよ」

ジョーが靴を履き、背中を向けた。

「あ、ちょっと待って」
フランソワーズはジョーのパーカーのフードを直す。

「ありがとう」

「行ってらっしゃい」

笑顔でジョーの背中を見送る。



車が出て行ったのを確認すると、フランソワーズはリビングに戻らず、地下に向かう。

地下の研究室には先客がいた。



「フランソワーズもやるなぁ」


ピュンマがいた。



「え?何を」

「トボけなくてもみんなお見通しさ、ジョーに発信機着けただろう?」

「…あなたには隠し事は出来ないみたいね」

フランソワーズはピュンマを見ることなくモニターを起動する。



「ジョーは自分の事になると自分1人で解決しようと躍起になるからな、でも結果僕たちが助けに行っている訳で…」

「マユミさんに会いに行ったのよ…彼女が日本にいるのよ、きっと何かがあるのよ」

「そうだね、懐かしいから久しぶりに…って感じではなさそうだね」

「懐かしいから久しぶりに…だったら心配しなくてもいいんだけど…」



「本当に?」

ピュンマの言いたい事は分かっている。
でもいちいち言葉に出すのは嫌だった。



「キミはきっとジョーが何かを感じ取ってマユミに会いに行った…そう思っていたいんじゃない?」

「…」


「まぁ色々ワケありの元カノみたいだし、ジョーが今の生活を捨てるとも思えない」



じゃあ黙って出かけなくても
マユミさんに最初に接触した時に嘘をつかなくても。



フランソワーズは心の中で繰り返す。

 

7

ジョーは約束の埠頭で車から降りた。
 


探すように歩いていると、マユミが走ってきた。

「ジョー!来てくれたのね」



マユミは満面の笑みを浮かべ、ジョーに近づく。

「あの時は本当に助かったわ。ありがとう。そして…ごめんなさい」

「もういいよ、過去の事は。それより何故キミは日本に戻っているんだ?」

「あなたを…迎えに来たのよ」



「え?」




ピュンマが脇でごちゃごちゃ言っているが、気にせずにジョーの足跡を追っていた。

「埠頭?」
フランソワーズの言葉にピュンマがモニターを覗き込む。

「船…か?」

「やっぱり危険だわ」
「そうだね、支度をするか」


ピュンマが席を立つ。

 




「何故ボクを?」
「あなたの力が必要なの」


「必要なのはボク自身ではないらしいね」
ジョーが目を逸らし俯いて笑う。
半分自虐の意味も込めて。

「…あなたも…必要だわ…私やっぱりあなたの事が…」



マユミはジョーをすがるような目で見た。



ジョーは決してマユミの目を見ようとはしなかった。

8

フランソワーズとピュンマはドルフィンに乗り込んだ。



「船が出航したわ。どこに行くのかしら…」
タブレット端末でフランソワーズはジョーを追う。

「え?」

「どうした?」
フランソワーズのナビでドルフィンを飛ばしていたピュンマがフランソワーズの方を向く。

「消えた…」

「発信機が見つかったのか?」
「何もなければいいけど…」




船の甲板で、ジョーは海を眺めていた。


レバンの姿がない。
マユミに問いただしても着いてきてくれたらわかるの一点張りだ。



マユミと出会った頃は自分はすでにサイボーグにされていた。
前に砂漠越えをして2人を逃がした時、マユミは自分の正体を知っていた。



レバンとマユミが知り合ったのは、追われていたレバンが襲撃を受けた時に、偶然通りかかったマユミに流れ弾が当たり、

負傷した事がきっかけだったと聞いたが…。



マユミは自分の身の上をあまり話さない女だったし、付き合いも長くはなかった。
自分の正体を最初から知っていたとしたら…
分かっていたからこそ近づいたのだとしたら…



彼女は…
何者なんだ…

 

 


後ろ髪を触った時に、パーカーのフードが手に当たった。
何か当たったので触ってみると、小さな発信機が貼り付けてあった。


ジョーはふっと笑うと、その発信機を剥がし、海に捨てた。



しばらく黙っていたが、小声で
「何かわかった?」とだけ言った。



そこにはジョー以外誰もいなかった。


 

9

「ジョー」
フランソワーズはジョーを見つけた。



ジョーは振り返りフランソワーズを見ると表情を変えずにこう言った。

「何で来たの?」

「え?」

 


フランソワーズはジョーの態度に次の言葉が出て来なかった。



「ここには自分の意志で来た、邪魔しないでくれるかな?」

「邪魔?」

「そう、邪魔」



フランソワーズは拳をぎゅっと握る。



「あなたはマユミさんに利用されたのよ?それなのにまだ彼女を助けるの?」

「過去の事に口出しはしないで欲しい」



「私より…私よりマユミさんを選ぶのね!」

 




「フランソワーズ…どうした?」

急にピュンマの声がして、フランソワーズははっと我に返る。

「‼︎…私…」

「眠っていたみたいだね、疲れているんじゃない?」
ピュンマが優しく問いかける。

 


「私、何か言ってた?」

「いいや、ちょっとうなされていたみたいだよ」

「ごめんなさい…こんな時に眠るなんて」



フランソワーズは今見た夢を思い出していた。



マユミに会っても一言も言わなかったジョー。
過去の事に口出しはしないで欲しい…。

 


それが彼の本心なのだとしたら…。




「発信機の信号が途絶えた辺りなんだけど…フランソワーズ、大丈夫か?」



ピュンマの気遣いに慌てて作業に戻る。

 

10

「ジョー」
振り返るとマユミがいた。

 


「一体何処に向かっているんだ?」

「レバンのいる所よ」
マユミはにっこり笑うと、ジョーの首に腕を絡めた。

「!な、何を!」
ジョーが動揺する。




「私はあなたをまだ…愛して…」

がくりとジョーが崩れ落ちた。

「ちょっと眠っていてもらわないと。居場所を突き止められたら厄介だから」


 

 




「船が見当たらないの!」
確かに発信機はここまで通じていた。

「消えるなんて事…あ!フランソワーズ、海底を調べてくれるかい?」

「どういう事?」

「この船みたいに潜水艦になるとしたら…」

「海上から…消える!」

フランソワーズは意識を集中してジョーが乗っているだろう船を探す。



「‼︎いたわ‼︎」
 


「何処に向かう気だ」

ピュンマは船を潜水艦に変形させ、追跡をしようと考えていた。

「駄目よ、こんな大きな船じゃすぐバレてしまう」

「じゃあどうすれば!」

「私があの潜水艦に進入するわ」

「どうやって?」



「小型船で…」
フランソワーズが話を続けようとした時、目の前に突然イワンが現れた。

 



「「イワン!!」」
2人同時に声を上げる。

「僕がフランソワーズをジョーのいる船に飛ばすよ」



「知っていたの?」
 


「うん、ジョーから話があって2人で調べていた」



フランソワーズの顔が一瞬で曇る
「私には一言もなかったわ」

「そうだろうね、キミに話をしたら、違う方向を考えてしまうだろ?」
「違う方向って何よ!」



「ね」
イワンはピュンマの方を向く
ピュンマは口角を上げた。



怒っているフランソワーズを無視してイワンが言う
「今ジョーは眠らされたようだ、本拠地に着くまでの道のりを知られたくないようだ」



「マユミさんって一体…」

「それはキミが本人から聞けばいいじゃないか」



フランソワーズが再びムッとする。



「くれぐれも喧嘩だけはしないでよ」


イワンはそう言うと、フランソワーズをジョーのいる船へと飛ばした。


 

11

ジョーは目を覚ます。



あたりを見回す。


どうやら船底のあたりに閉じ込められたようだ。
これなら航路がわからないってことか…。



彼女は最初から自分の正体を知っていた。
知っていて近づいた。
レバンと共に安全な国へ逃がす…という計画全て彼女等の仕組んだ事だった。
自分の能力を知るために、他の仲間と接触するために…


逃げたはずの国には行かず、どこか違う場所で自分達の集めたデータでも研究していたのか?
そして自分に再び接触して今度は何を企んでいるのか…。

 

 


フランソワーズがいれば…
こんな船底にいても航路がわかるのに。
それよりイワンとの連絡は途絶えたのだろうか。
彼女等の企みとレバンのいる「基地」を押さえないと、みんなが危険になる。

 



突然目の前が光った
「?!」
一瞬空気が歪んだと思うと何かが「出て」きた。



光で目をつぶっていたが、恐る恐る目を開ける。



「フランソワーズ…」
そこには投げ出されたように蹲るフランソワーズの姿があった。



「大丈夫か?」

ジョーがフランソワーズに近づくと、フランソワーズは一人で立ち上がる。
「大丈夫よ」
その目は明らかに怒っていた。

 


「フランソワーズ…」
ジョーが言い訳を考えていると



「勘違いしないでよね!」とフランソワーズが言う。
「?」

「あなたを助けに来たんじゃないんだから、イワンがマユミさん達が何かを企んでいるっていうから来たんだから、

あの時私達もマユミさんと関わったんだから、彼女等の事は私達の責任にもなるの、だから勘違いしないでよね!」



ジョーは黙って聞いていたが、話の終わり頃小さく笑うと

「キミこそ勘違いしているよ」と反論する。

 


「自分だけの問題だから一人で潜入したと思われちゃ困るんだけど、ちゃんとイワンとコンタクトも取っていた。すでに自分だけの問題じゃないことも理解しているし、彼女に対してももう…」



「もう?」
 


「言わない」
 


「イワンだけに話をしたのはどうしてかしら?私があなたとマユミさんが接触しているの知らないわけないわよね?」

「イワンにだけ話したのは彼は計算だけで動くから、そこに感情は乗ってこない」

「あなたが計算だけで動く人とは思えませんが?」


「少なくともキミよりは計算だけで動ける」



言い合っているうちにかなり距離が近かった事に2人同時に気がついて笑い出す。

 



「助けに来てくれてありがとう」
急にジョーが素直になり、フランソワーズを抱きしめた。

いきなり態度を変えたジョーに戸惑うフランソワーズに構わず、ジョーはイワンとの交信を再開した。



「よし、イワンがレバンの居場所を突き止めた、逃げられる前に乗り込もう、イワンにまた飛ばしてもらわなきゃ」



ジョーが立ち上がる。

フランソワーズは立ち上がることなく座ったままでいた。



「どうした?」

「先に行っていてくれない?私はマユミさんに用事があるの」



「話なら後でイワンから聞けばいい」
「イワンが言ったの、聞きたければ本人から聞けばいいと」



「そう…あんまり長居するなよ」
ジョーはフランソワーズに手を貸すと、立ち上がらせる。



「イワン、いいよ」
そう言うとジョーの周りが光り出す。



「後で迎えに来るよ」
そう言うとジョーはフランソワーズにキスを一つ。



一瞬で消え、そこにはフランソワーズの姿だけになった。
 

 


フランソワーズは目を閉じると、マユミの居場所を探す。

 

12

ジョーが閉じ込められていた船底の鍵は、フランソワーズには何の役にも立たない。
簡単に解鍵し、廊下に出る。

 

 


ジョーとフランソワーズが入れ替わった事などマユミは気づいていないだろう。

甲板に出た時、マユミと出会う。

 


「あなたは…」
マユミは忘れていなかった。



「外部から侵入してくるかもしれない、という心配はしないのかしら?」

「何もかもお見通しって訳?」

マユミは余裕で笑う。

 



「あの時、彼は命懸けであなた達を逃したのよ。あの時の彼の気持ち、わからない訳ないでしょ?」

「…そうね、私は彼を利用していた…でも…気持ちは…彼の事を想う気持ちに偽りはなかった!」



「もう…これ以上彼を…ジョーを苦しめないで…」

フランソワーズの絞り出すような声にマユミはハッとした。



「私は…自分の事しか考えていなかったようね…彼の気持ちを考えた事はなかったのかも…」



マユミが甲板の手すりにもたれかかる。
フランソワーズがそれに並ぶ。

「レバンとは最初から知り合いだった。彼は科学者で、あなた達の話をどこかから聞いていて興味を持っていた。

偶然私の近くにジョーがいて、レバンはジョーに接触するよう私に言ったの」
 


フランソワーズは手摺をグッと握る。


多分その頃私も彼の事を気にしていた。


でもその時には違う人が隣にいた。


知っていたけれど、今目の前にいるマユミだった事を改めて考えると、嫉妬に似た感情が襲う。



「最初はレバンの言う通り、データ収集のつもりだった。でも彼の人柄に触れる度に、そんな事を忘れてしまうほど」

フランソワーズがマユミを見る

「楽しかった」



フランソワーズはマユミから視線を逸らす。
外はもう夜だった。


空を見上げたら満天の星。



「彼を…ジョーの事を1人の人間として愛して…くれていたのかしら…」



今度はマユミがフランソワーズを見た。

「それが知りたくてここに残ったの」



フランソワーズとマユミが向かい合う。



その時、光が甲板を包んだ。

13

光が物体になる。



「あ」



誰もいないと思い、甲板に現れたジョーだったが、まさかフランソワーズとマユミがいる場に出てくるとは想定外で、かなりバツ悪く固まっていた。
その手にはイワンが抱かれていた。



イワンも非常に居心地悪そうにし、フランソワーズに向かって手を伸ばす。

フランソワーズがジョーからイワンを受け取ると優しく抱く。

 



マユミはその光景を黙って見ていた。
髪の色からして2人の子供ではない事は明らかだが、2人のあまりに自然なイワンの扱いに、マユミは言葉を失った。



「フランソワーズ、しばらく2人きりにしてあげよう」
イワンがフランソワーズに言う。


「レバンさん達はどうしたの?」



「彼のいる施設は破壊した。彼の記憶からぼくらの記憶を消してきた…そして彼女の記憶も消さなければならない」



「マユミさんは…ジョーの事を、ジョーとの思い出も消してしまうと言うの?」


「みんなの安全の為だ、また何を企むかわからない。彼女は危険だ。ジョーが全く彼女に揺らがなかった…とは言い切れないからね」

 


フランソワーズはしばらく2人を見ていたが、そっとイワンを抱いたまま、甲板を離れる。

14

「もうこういう事は終わりにしようよ…」



ジョーはマユミの顔を見ず、視線を夜の海に向ける。

「よく一緒に海を見たわね…」

マユミは昔を思い出しているようだ。



「僕に近づいたのは、レバンからの指示だったんだろう?」

マユミはジョーの言葉にしばらく答えられずにいた。



「確かに最初はそうだったわ…でもあなたの事を…」


最後まで言ってしまうと、ジョーが去ってしまうような気がした。

 



「あの頃は楽しかったよ…ありがとう」

ジョーの昔と何ら変わらない態度に、マユミの胸は締め付けられる。



「彼女に言われたわ」

「彼女?」

「さっきまでここにいた」

そこで初めてフランソワーズとイワンの姿かない事に気づく。



「ジョーをこれ以上苦しめないで…って」

ジョーはふっと笑う。

「私の存在があなたを苦しめていたのね…私はあなたの気持ちの1つも解ろうとはしなかった…彼女に言われてようやく気づいたわ」


 


「キミはキミらしく生きたらいいよ。ただ…もう彼と関わるのはやめたほうがいい」



「彼は…」


マユミが言葉を一旦切る。


ジョーはマユミの次の言葉を待つ。



「彼は私の事を唯一認めてくれる存在なの…唯1人の…」



「そう…」


ジョーは残念そうに言うと、空を見上げた。




「今後キミに会うことはもうないだろうね。会えたとしても…キミは僕の事を覚えていないから…」

ジョーはニコッと笑うと

「さよなら」

マユミがジョーの腕を掴もうとしたが、一瞬で姿を消した。

 



しばらくじっとしていたマユミだったが、次の瞬間自分が何故ここに1人でいたのか首を傾げながら船内に戻って行った。

 


 

15

波の音だけが聞こえてきた




瞼を開き、じっと動かずに頭の中で一連の出来事を振り返った。



昨日までの出来事が夢のように思えた。

そしてまた何事もなかったかのように1日が始まる。



彼女は自分の事を忘れてしまった。
でも自分は…

 



ゆっくり寝返りを打とうとしたら、何かに当たる。



「いたんだ」
思わず笑顔になる位幸せそうな寝顔。



起こさない様に慎重に横向きになり、寝顔を眺めていた。



「もうこれ以上ジョーを苦しめないで」
彼女がマユミに言った言葉が頭の中で繰り返される。

 



視線に気づいたのか、フランソワーズが目を覚ます。



「おはよう、お姫様」
ジョーは笑顔でフランソワーズにキスをする。



「あ…おはよう…」
まだ半分寝ぼけたようなフランソワーズをジョーはぎゅっと抱きしめる。



「昨日の夜は疲れたようでキミが隣にいたのに全く気づかなかったよ」



「そうね、私が来た時はぐっすり眠っていたわ…疲れた時は寝るのが1番なのよ…心も身体も…」



「そうだね、すっかり元気になったよ、今日はせっかくのいい天気だ、どこかに出かけない?」



ジョーはフランソワーズから離れると半身を起こす。

「そうね…最近出来たパンケーキのお店に行ってみたいわ」


フランソワーズも半身を起こす。



「いいけど…パーカーは着ていかない方がいいかな?フードに発信機つけられちゃうから」



「!!」



ジョーの言葉にフランソワーズはついカッとなる。



「私は!私はあなたが心配でっ!」



ジョーが笑う
 


「や〜っと本音を言ってくれたな、助けに来てくれたと思ったら、勘違いしないで!だもんなぁ、ガッカリしたよ」



「ジョー?朝ごはん抜きよ!」


言葉の割にはフランソワーズも笑っている。



「じゃ、パンケーキを朝食にしますか、今すぐ支度しよう!」

「そうね、そうしましょう!」


2人は同時にベッドから起き上がる。

 



「先に支度が終わった方が奢ってもらうってのはどう?」
フランソワーズが部屋のドアに手をかけた。

 


「それじゃあ僕の勝ちだ。キミの支度は時間がかかる」



「そうかしら?負けないわよ!」
フランソワーズはドアを開け飛び出した。



「やれやれ」



パタンと閉まったドアをしばらく眺めていたが、視線を窓の外に移す。


 



どこまでも広がる青い空。


 


ひとつ瞬きをするとゆっくり支度を始めた。


彼女の機嫌を損ねないように。

 

 




〜おしまい〜

 

2016.5.1~5.24

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