top of page

​かわいいひと

1

 



12月を過ぎたある日の事、ジャンからジョー宛にメールが届いた。

クリスマスシーズンにパリに遊びに来て欲しいというものだった。

ジョーは休みを取り、フランソワーズとパリへ行くことにした。


それから数日後、フランソワーズに国際電話がかかってきた。
兄からだった。
電話の内容はよく解らないが、フランソワーズは怒っているようだ。

電話を切ると、リビングでコーヒーを飲んでいたピュンマに

「ジョーは何処?」
と静かに聞いた。

「ジョーは部屋にいるんじゃないの?」

「そう…」

静かにリビングを去るフランソワーズに、何かまた事が起こるのかとピュンマは怯える。
「とりあえず…コーヒーを飲もう」


ジョーはインターネットで、パリのホテルを探していた。

フランソワーズが部屋に入って来た。


ジョーは、フランソワーズは実家に泊まると思ったから、シングルルームを調べていた。

フランソワーズは、ジョーの側に行き、パソコンの画面を覗く。
「何故シングル?」
機嫌の悪さが顔に出ている。


「だって、キミは実家に泊まるんだろ?」

「何故私達を呼んだかわかる?兄さんは私達に恋人を紹介するつもりなの、今のアパートは手狭だから、近いうちに引っ越したいって…私の荷物を引き取りに来いって言ったのよ!!」

はは~ん。
ご機嫌斜めな原因はそれだ。

「恋人と一緒に暮らすのよ!!」

「いいじゃないか、お義兄さんだって一人でいるよりパートナーがいた方が。」

睨まれた。

「だから、私もホテルに泊まるから、ダブルにして!!」

そりゃあ大歓迎ですが…。
ホテルのランクも上げないと。

日本語でここがおすすめと書いてあるホテルを見てみる。

「そこ、地元では評判悪いわ」

…そうですか。

「じゃあ何処がいいのさ」

「そうね…ここなんかどうかしら?」

フランソワーズが指を指す。

「…5つ星?…僕の稼ぎでは無理そうだな」


「冗談よ」

「キツいな、全く。」

ジョーが検索したら、エッフェル塔が部屋から見える4つ星ホテルがあった。

「ここは?」

「いいんじゃない?」
抑揚なく言う。

「もっとこう…『あ~ら!!ここ素敵ね♪エッフェル塔が見えるのね♪』…みたいな言い方出来ないの?」

「だって、私にとってエッフェル塔はあなたにとってのランドマークタワーと同じなのよ」

「いや、ランドマークタワーは歴史がないから、東京タワーじゃないの?」

「何でもいいわよ!!航空券は?」


…可愛くないんだから…。
ぼそっと言ったら聞こえたらしい。

「…何か言いました?」


「おおっ!!怖っ!!」

フランソワーズはふくれたまま、ベッドに座る。

…ただの楽しい観光旅行と言うわけにはいかないようだ…。

ジョーは航空券を手配しながら、こっそり溜め息をついた。

2
 

 


羽田からシャルルドゴール空港まで約13時間。


機嫌の悪い恋人には触らぬ神に祟りなしなのか、ジョーは機内で爆睡した。

移動時間は寝るべし!!という習性が身に付いているようだ。

フランソワーズはと言えば、寝たいけれど眠ることが出来なかった。

頭ではわかっているのだが、心が許さない。
自分だって恋人がいるのに、兄はその恋人を認めてくれたのに、何故自分は笑顔でおめでとうと言えないのだろうか…。

パリに着いて兄の恋人に会ったら考えよう…。

フランソワーズは取り敢えず目を閉じた。




空港に到着し、タクシーを捕まえようとしたジョーに「シャトルバスで行かない?」と空港からのシャトルバスを勧めたフランソワーズ。怪訝な顔をしたジョーだったが、急ぐ旅でもないからと、タクシーより倍の時間をかけ、バスに乗る。

終点のオペラ座に到着した。
ここからホテルまでタクシーだが…。

ジョーのマフラーの先をフランソワーズが掴んだ。

「何?」

「寄って行っていい?」

指差した先にはカフェ。

「ここのショコラ飲みたいの」

「はいはい」
フランソワーズにわかるように大きく溜め息をつきながら、カフェに入る。


かなりレベルの高いギャルソンに、
ジョーはカプチーノを、フランソワーズはショコラと洋梨のタルトをオーダーする。

ギャルソンが去ってすぐ
「やっぱり納得いかないわ!!」
と、息荒くするフランソワーズ。

「何がさ」

「兄さんに恋人なんて…」

またそこか。

ジョーが何かを言おうかと思ったら、携帯が鳴った。


ジャンからだ。

「今パリ市内に着きました。6区のカフェにいます。ええ、あ、そうですか…じゃあ後程」

「ね、何か言ってた?」

「今晩はレストラン予約したって、ドレスコード無しらしいけど、このままで行く?」



2人共、フォーマルとまでは言わないが、ジョーはスーツだし、フランソワーズもカジュアルではない。
兄の恋人に初めて会う事を少しは意識していた。


「レストランなら私が暴れないとでも思っているのかしら」

「まぁ夜まで時間があるから、ゆっくりしよう、それとも実家に寄るの?」

「いいわよ、明日行くから」

ジョーはフランソワーズが頼んだ洋梨のタルトを一口つまみ食いし、フランソワーズのショコラを飲んだ。

前に飲んだカフェのショコラは吐きそうなくらい甘かったが、ここのはあまり甘くない。


「甘くないんだね…」
ジョーが素直に驚く。


「でしょ?」
フランソワーズが得意げな顔をする。


「ねぇ、ホテルに荷物を置いたら、時間までマルシェに行かない?今はクリスマス市で華やかよ。」

ちょっと機嫌を直したフランソワーズに内心ほっとするジョー。


タクシーを呼び、ホテルに向かった。

 

3
 

 


シャンゼリゼ通りのライトアップは見事だ。


日本で見るようなライトアップと違い、歴史を感じるし、クリスマスの本当の意味を考えさせてくれるようだ。

日本はクリスマス前後になると街が賑わうが、パリはその間お店が早じまいしたりで、街が閑散とするらしい。


マルシェもクリスマスムードで楽しそうだ。

夜に近づいてくると、寒さもいっそう強くなる。

マルシェの屋台で白ワインを飲む。
身体が暖まる。

 


フランソワーズはクレープを食べている。

…さっきから甘いものばかりだ…。

徒歩でジャンが指定したレストランに向かう。

歩いていると、段々フランソワーズの歩幅が遅くなっていた。
ジョーのコートの袖を掴む。

振り返ったジョーに、俯きながら「もう少しゆっくり歩けない?」とふて腐れているフランソワーズ。

ジョーは少し笑うと
「お義兄さんたちが待ってるんだよ、キミの事を」と言い肩を抱く。

フランソワーズは怖いんだとジョーはその時感じていた。
兄が誰かに取られるみたいなんだ。
でも兄が幸せになるなら、祝福しなければならない。その間で苦しんでいるんだ…と。

 



レストランに入ると、ジャン達は先に来ていた。

「この前は色々お騒がせしました」

「いいって、俺の完敗だから」
ジャンは笑った。

「それより、ドイツからビールとウインナーが届いたぞ、お礼言っておいてくれ」

「このあとドイツに回ってから一緒に帰国する予定なんですよ、年末年始は日本と決めているようなんです」

「そうか…。あ、ごめん、紹介が遅れたな、彼女が俺のパートナー」

ジャンは隣の女性を紹介する

「はじめまして…ジュリアです」

フランソワーズは俯いたままだった。

「こっちで拗ねてるのが妹のフランソワーズで、こっちが妹のパートナーのジョー、日本人だ」

「はじめまして、よろしくお願いします」
ジョーはとても紳士に挨拶をする。
ジュリアもジョーと握手をする。

ふとジュリアがフランソワーズを見つめた。
「本当に…よかった…」
いきなりジュリアが涙を流す。

フランソワーズが顔を上げる。

「あなたが生きていて…」

その言葉で彼女と兄の付き合いの長さがわかってしまう。

フランソワーズが行方不明になり、失望した兄を彼女が支えていたのだ…と。

フランソワーズは黙っていた。

 



食事はダンマリなフランソワーズを除けばとても和やかだった。



ジョーが送った日本酒の話や、パリにも日本食の店が増えた話や、何故か日本の餃子専門店がオープンした。

なんて話になり盛り上がった。
 


ジュリアはフランソワーズを気にしていた様子だったが、ジャンとジョーはあまり干渉しない。


ジュリアの職業は学校の先生だ
だから尚、フランソワーズの複雑な気持ちを感じ取っていた。

 



食事を終え、ホテルに帰ることにした。

明日はアパートでクリスマスパーティをやりましょう。と言うジュリアの提案に乗ることにした。

取り敢えず今日は解散する。

ホテルまで歩いて帰る。



フランソワーズがポツンと
「ズルいわ」と言う。

ジョーは黙って次の言葉を待つ

「いい人すぎるもん」

フランソワーズは静かに兄の恋人を観察していた。

「不可がないの」


「認めざるを得ないね」

ジョーがフランソワーズの顔を覗き込み言った。



「…あなた…楽しんでない?」
フランソワーズが疑惑の目を向ける

「いやいや、ボクはいつでもあなたの味方ですから」
笑いながら言う。

「ほら!!楽しんでる!!」

フランソワーズはげんこつをジョーの胸めがけ振りかざす。

その手は簡単に捕まえられ、握られる。
指を絡ませると

「いいかげん大人になろうよ…」

ジョーが目を反らし、遠くを見ながら言った。


わかってはいるのに…。
素直になれない…。

4
 

 


ホテルに着き、シャワーを先に浴びたフランソワーズは、寝ていないこともあり、ベッドに横になるとすぐに眠ってしまった。

シーツを掛けて寝顔を眺めていたジョーだったが、ネクタイを緩め、携帯を取り出し、電話を掛けた。


パリの夜は寒い。

エッフェル塔が黄色くぼやけている。

ジョーはコートのポケットに手を入れる。

エッフェル塔の側にあるワインバーに入る。


そこには先客がいた。

「すみません、待たせちゃって」
マフラーとコートを脱ぎながらジョーが言う。


「フランソワーズはどうした?」
先客はジャンだった。

「疲れていたんでしょうね、寝ましたよ」

「そうか…」

ジョーがジャンの隣のカウンター席に座り、シャンパーニュをオーダーする。

「呼び出して悪かったな、お前も疲れているだろう」

「機内で寝てきましたから」

ジャンは煙草に火をつけると、フーッと煙を吐き出した。

「俺の躾が悪かったのかね~」

ジョーはくすっと笑う。

「彼女は解っているんですよ、おめでとうと言いたい自分と、お兄さんを取られた嫉妬と、自分の居場所がなくなる寂しさの中でもがいているんですよ」

「ずっと2人一緒だったもんな…」
ジャンが昔を懐かしむように遠い目をした。

「ジュリアさんは?」

「今日は自宅に帰ったよ、アイツはフランソワーズが行方不明になってからずっと俺を支えてくれた。フランソワーズが会いに来た時には偶然いなかったが、その後フランソワーズが日本に帰るまで姿を隠したんだ」

「何故?」

「余計フランソワーズを動揺させたくなかったんだろうな…。今日初対面だったが、アイツには沢山フランソワーズの話をしたから、もう家族みたいな気分だったんだろう。」

「わかりますよ、彼女の気持ちの優しさも、フランソワーズもちゃんと解っていましたから」

「…そうか」

「滞在中に何とか素直になってくれれば…と思っているんです。」

「悪いな…お前に損な役やらせて」

「いえいえ、お安いご用です。彼女には沢山貸しがありますから」
そう言ってジョーは笑った。


時間も遅くなり、店を出た。
明日アパートに行く約束をし、ジョーはホテルに戻った。


シャワーを浴び、バスローブのまま、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、飲みながらベッドに向かう。

ベッドに行くと、フランソワーズが上半身を起こしこっちを見ていた。


「ごめん、起こしちゃった?」


ジョーはベッドに腰掛け、フランソワーズの側に行く。


「何処に行っていたの?」

「近くのワインバーで、お義兄さんと飲んでた。」

「兄さん…何か吹き込んだんじゃないでしょうね?」


ジョーは軽く息を吐くと、立ち上がり、飲み終えたミネラルウォーターをテーブルに置き、ベッドに戻る。

「お義兄さんがそんな人じゃないって事、キミが一番よく知ってる筈だけど?」
若干非難も含みジョーが言う。

「私…おかしいわよね…」
フランソワーズが俯く。
カチューシャを外した髪が前に流れる。

「パリに来てから人の悪いところ探したり、兄を疑ったり…」

「…でもさ」

ジョーがベッドに上がり、フランソワーズの顔に近づく。

「これだけは解って欲しい、お義兄さんも、いずれ家族になるジュリアさんも、キミの事を愛している…」

ジョーは俯いたフランソワーズの顎に手をかけ、上に向ける。

軽く口づけると

「もちろん、ボクもね」

思いを込めて甘い甘いキスをした。




フランソワーズがジョーの背中に手を回す。



それが合図のように、ジョーが動く。



視界のすみにエッフェル塔が輝いていた。
ただ黄色くぼやけているように見えていたのに…。

金色に見えたのは錯覚なのだろうか…。



そんな事を考えながらフランソワーズの身体にキスを落とす。

 



目が覚めた。

窓の外にはエッフェル塔が見える。



あ…。



パリにいるんだっけ。

頭を右に向けてみる。

隣で眠っているはずの…あれ?


いない…。

取り敢えず今の自分の格好は、このお洒落な街には似合わない。

ベッドの下に投げてあったバスローブを引っ掛け、シャワーを浴びる。

スーツケースの中から、長Tとカーディガンとジーンズを引っ張り出し、着る。


コーヒーを飲み、一息入れる。

 


部屋の扉が開いた。

両手に紙袋を抱え、足でドアを止めている。

「お行儀が悪いですね」

笑いながらドアに近づくジョー。

「あら、起きたのね、おはよう」

両手は紙袋でふさがったままだが、ジョーに近づくと背伸びをしてキスをする。

「ここのクロワッサンは格別なの!!」

「2人でそんなに食べる訳?」

紙袋を一つ受け取り、中を覗く。

「余ったら、兄さんの所に持っていくわよ」




20分後…。

「ね、食べれたでしょ?」

「…うん」

山ほどのクロワッサンを2人できっちり食べ終わる。

「さて…、今日はどうするの?」
ジョーが窓の外を眺める。

街は動き始めていた。

「買い物しましょう」
フランソワーズはベッドに腰掛け、コーヒーを飲んでいた。
窓の外のパリジェンヌとそう変わりなく、ニットのタートルとスキニーにロングブーツとシンプルだが、とても似合う格好だ。
ベッドから立ち上がると、カップを置き、コートを羽織り、大きめのマフラーを巻く。

「兄さんから車を借りましょう。」

そう言うと、ツカツカとドアに向かう。



「ちょ…待てよ!!」

ジョーも慌ててコートを羽織る。

 

6

 

 



アパートに寄り、まだ寝ぼけ眼なジャンから、車の鍵を借りる。


駐車場にはシトロエンが止まっていた。


「さ、行きましょ!!」

「行きましょ…って、キミが運転するの?」

フランソワーズは当たり前のように左側にいる。


「僕、国際免許持ってるけど?」

「ジョーに道はわかんないわ、こっちでは車の運転していたんだから、任せてよ」

したかなく右側に乗るジョー。


フランソワーズは地元の知った道だから、鼻唄を歌いながらハンドルを握っている。

「で、買い物って…何を買うの?」
ジョーが鼻唄を歌っているフランソワーズに問う。

「土鍋よ」
フランスのお菓子の名前のようにさらっと言う。

「どなべ??」

「そう、土鍋。今日はフランス式クリスマスパーティーなら、明日は日本の鍋パーティーやりましょうよ!!」

 


…明日はイブだ。
イブの夜にパリで鍋パーティー…。
…どうしてそんな発想になる?!



「鍋はわかったけど、何の鍋にするのさ」

「日本から塩麹持ってきたわ」

…塩麹…。

ここは…パリ。



ジョーは一瞬フラついたが、フランス人と鍋を囲むのも面白いかと妙な納得をする。

フランスにも日本文化が浸透してきているようで、ちゃんと土鍋も、コンロも手に入った。

後は食材だが、フランス産でも鍋だから、適当な野菜と肉と魚介をチョイスした。

「米もいるわね」

何故米?パエリアでも作るんですか???

「雑炊よ、あれ無くして鍋とは言えないわ」



…いったいキミは何ジンなんだ…。
ジョーが絶句していると、簡単に米を探してきた。
「日本のあったわ!!」

何でもいいから、パリらしいものを
見せてくれ…。

 



「これはどう?」

ロゼのシャンパーニュとフロマージュ。

…おかえり、パリ…。

「生野菜のディップでもしましょうか」


日仏混合の買い物を後ろに積み込み、アパートに帰る。


まるで僕らみたいだ…。

7

 

 



アパートに戻り、冷蔵庫に食材をしまう。

機嫌のいいフランソワーズに、疑問を持ったジャンがジョーを呼ぶ。


「昨日と全然態度が違うじゃないか、どうしたんだ?」

ジョーはにこっと笑い
「魔法をかけましたら」と言う。

は?という顔をしているジャンに

「兄さん、明日は鍋パーティーよ!!」
フランソワーズが土鍋を掲げる。

「鍋?」

あと1時間程でジュリアが来るという。



それまでフランソワーズは自分の部屋の整理を始める。

 



部屋に入るとあの頃の気持ちが甦る。

バレエしかなかったあの頃の自分。

「思い出すのは辛いことかもしれないけど、思い出が消えてしまうのはもっと寂しいわ…」

数々の盾やトロフィーを眺めていたジョーが振り返る。

「お義兄さんは…」
ジョーがトロフィーを手に取り、埃を払いながら話し出す。

「キミが戻ってくるまでこのアパートから離れようとしなかった…それがどれだけ辛いことか解る?キミが帰ってきた事で、お義兄さんは次のステップに行こうとしているんだよ。」

本心は多分、フランソワーズに帰ってくるな、と言いたいんだろう…と。
つまりは自分が生涯彼女と共に生きるとお義兄さんが認めてくれた訳で…。


「パリに私の居場所はないの?」

「そんなことはないよ、ジュリアさんと一緒に住んだって、キミが帰ったら喜んで泊めてくれるよ。」

「…そう」



ジョーには、そのような経験がないから上手く言えているか自分でもよくわからないが、離れていたって家族は家族だ。
ましてや2人きりで生きてきた兄妹だ。
家族の形体が変わろうが、その根の部分は変わらないだろう。

「しかし、すごい数のトロフィーと盾だね。小松さんに見せたい位だ」
ジョーは段ボールにバレエで獲得したトロフィーと盾をしまう。

「昔の話よ…」
寂しそうにぽつりと言う。



ふとフランソワーズがバレエで世界を飛び回っている絵が浮かんだ。

「あの日」が何事もなければ…キミは今頃…。

考えるだけ無意味な事に気がついたジョーは、気持ちを切り替える。



「フランスはイブの夜ってどうやって過ごすの?」

「カップルで過ごすのは年末なのよ、クリスマス休暇は実家に帰る人が多くて、イブは家族と過ごす方が多いわね、そうだ、明日の夜ミサに行かない?」

「クリスチャンじゃないけど?」

「イブの夜はいいのよ、仏教でも」

「…仏教でもないけど…」

 



話ながら手を動かし、気がついたらフランソワーズの部屋の物は大体段ボールに収まった。

「これを後で兄さんが日本まで送ってくれれば…」

段ボールをガムテープで固定する。

「楽しかったわ…ありがとう…さよなら」



自分の青春時代に別れを告げたのだろう。



ジョーはフランソワーズの側に立つ。



言葉にならなかった。
彼女の気持ちを思うと、切なくなる。


寂しそうな横顔をただ眺めていた。

8

 

 

 



ジュリアがアパートにやって来た。

両手いっぱいに買い物袋を抱えて。



すでにリビングでは、ジャンとジョーがドイツビール片手にテレビのサッカー観戦をしていた。
画面を見ながら自国のサッカー選手の自慢合戦をしているようだ。

つまみはフランソワーズが用意した生野菜のディップ。



ジュリアはジョーに軽く挨拶すると、キッチンに向かう。



フランソワーズとはまだ会話をしていない。
大切な兄を取られた嫉妬が昨日は痛いほど感じられた。

時間はかかるかもしれないが、いつかはわかり合えるだろう。



「キッチン、借りてもいいかしら?」

振り返ったフランソワーズは顔が強ばってはいたが、昨日よりは距離が近づいた気がした。

「どうぞ、もう私のキッチンではないから…」



このアパートで2人慎ましく生活をしていた。
そんな兄妹を突然引き裂いた出来事。
そして兄は妹を探しながら、支えてくれる人と出会い、妹は異国の地で同じ運命を背負わされた人と恋に落ちた。



お互いにパートナーを得て、兄妹は新しい生活を手に入れる。
兄は妹と過ごした思い出の住まいを離れる決心をする。



それは2人にとって前向きな出発としたかったのだろう。



フランソワーズはジャンと同じ気持ちではないようだが…。

ジュリアは七面鳥の下ごしらえをしてきていた。

 



「あなたの家の味とは違うかもしれないけれど…」
オーブンをセットする。

キッチンツールも彼女の使いやすいように配置が変わっていた。

もうここに自分の居場所はないんだ…。

 



「ジュリアさん…」
フランソワーズが初めて兄のパートナーの名を呼ぶ。

「はい?」
ジュリアは驚いて振り返る。

「兄を…支えてくれて…ありがとうございました。」

ジュリアはフランソワーズと向かい合う。



「あなたに…逢いたかったの…」
ジャンから沢山行方不明の妹の話を聞いた。

写真で見た彼女はとても綺麗だった。

ジャンは「男勝りのお転婆娘」と言っていたが…。



「本当に嬉しいわ…」

フランソワーズは少し笑った。
「何かお手伝いします」

 

 



今夜は昨日と違い、和やかな食事となった。
フランソワーズの態度の変化が一番の原因だが、ジャンがフランソワーズの子供の頃の武勇伝を語り出すと、ジョーは「子供の頃知り合わなくてよかった」と笑いながら言う。

ジュリアが作った七面鳥はとても美味しく、フランソワーズ達が持ち寄ったロゼのシャンパーニュによく合った。

明日はイブだ。
何故か鍋パーティーをすることになったが…。
泊まっていけ、というジャンの言葉に首を振りホテルに戻るフランソワーズ。

 

 



ホテルに戻る道を歩いていたら、雪が降りだした。

「ホワイトクリスマスかしら…」



ジョーと手を繋いで、子供のように振りながら歩く。

9

 

 



ホテルに帰り、先にシャワーを浴びたジョー。
フランソワーズが次にシャワーを浴び、戻った時には眠っていた。

「昨日と逆ね」
くすっと笑いながらジョーにシーツを掛ける。

窓の外のエッフェル塔を眺める。
チラチラと舞う雪でぼやけて見えた。

 



この街を自分の意思で去ったわけではない。

あの日がなければ…。

この街で成功していたのかもしれない。

オペラ座で踊れていたかもしれない。

でも…。

彼と出会うことはなかった。



ベッドに戻り、ジョーの寝顔を見る。

 



まだ少し濡れている前髪を静かに払う。
瞼を閉じていても綺麗な顔立ちだ。
まつ毛も、女の子が焼きもちを焼くくらい長い。



私と出会わなければ…。



彼は女の子には困らないから、私がいなくても…。



いやだ。やっぱりそんなの嫌だ。
彼が他の女の子と…なんて。




何故か泣けてきた。
こんなに幸せなのに…。
隣で眠る人は私を愛してくれるのに…。



ジョーの隣に横になり、ぴったり寄り添った。


彼の暖かさに包まれながら、目を閉じた。

10

 

 

 

 



クリスマスイブの朝。



まだ辺りが暗い時間にジョーは目覚めた。

隣の恋人を起こさないように、静かにベッドから降りる。



窓の外を見ると、雪が積もっていた。
10センチ位だろうか。



寒い…。



自分にはそんな言葉すら忘れていたのに…。
人間らしくを常に聞いていたら、そんな気分になっていた。

 



明日パリを離れる。

 



フランソワーズはジャンの恋人と会話出来るようになったし、自分のミッションはコンプリートだろう。



折角パリに来ているのに、観光すらしていない。
観光で来ているわけでもないが…。

 



朝の日課のようにコーヒーを入れる。

ベッドで寝ている恋人が寝返りをうつ。
いないことに気付いたのか、目を覚ました。




眠そうに目を擦り、ベッドサイドの時計を見る。

「随分早起きね」

ジョーはベッドに腰掛けキスをする。

「昨日は早寝だったからね」

「まだどこも開いてないわよ」

「そうか…じゃあ」

ジョーはフランソワーズの隣に潜り込む。

「二度寝するか」

「…二度寝はダメよ!!折角早起きしたんだから…」

フランソワーズを抱き締めようとした瞬間返された。

「危ないだろ?」

「観光しましょう」

「は?」

何をいきなり?

「そういえば、ジョーにパリを案内していないわ。お土産話程度に案内するから」

土産話程度…ね。

二度寝を阻止され、渋々着替え、ホテルのラウンジで朝食を取り、寒い街に出掛けた。

 




「取り敢えずここ押さえておく?」

毎日ホテルの部屋から眺めていたエッフェル塔。

早い時間から動いたのがよかったのか、空いていた。




エレベーターで上まで行ってみる。

一面銀世界のパリが一望できる。




東京タワーもノスタルジックだが、エッフェル塔は街との調和が取れているように感じだ。

歴史ある建物が多いからだろう。

 





「ルーブル行かない?」

ルーブル美術館のピラミッドのライトは日本製のLEDだ。

日仏でひとつの作品みたいで…。
まるで僕らみたいだな…。

ジョーは携帯で写真を撮る。

「夜見たかった」

 


館内に入る。

「モナリザとミロのビーナスしか知らない」
ジョーが笑う。


ガイドツアーの後ろで作品を見る。


日本人が多くいる。

あちこちから日本語が聞こえる。

 



「パリってさ…」
ジョーが何かを言い出したので、フランソワーズが顔を見る。

「遠い所だと思っていた。」

フランソワーズは笑う。

「こんなに近くにいるじゃない」
ジョーの腕に腕を絡ませる。

「寒いけど、セーヌ川行ってみる?」

 




もう雪は降っていないが、なかなか雪が溶けない。
半分凍った道をザクザク歩く。


セーヌ川も凍っている箇所がある。

「いい季節なら…綺麗なんだけどね」



「ここで…」
ジョーが言葉を切る。

「…いや、なんにもない」

「何?言いかけたんだから言ってよ!!」

「男らしくないな…って思ったからやめとく」

…過去に誰かと来たことあるの?なんてさ…。



「へんなジョー!!」

 


とにかく寒いから、アパートに向かうことにした。
「今夜は鍋がぴったりね」

イブの夜、パリで鍋…。
ナポレオンもビックリだよ…。



ジョーはフランソワーズの手を握り歩き出す。

11

 

 

 



アパートで鍋の準備をする。

ジョーは圧力鍋でご飯を炊く。


ジャンとジュリアはご飯を炊くジョーに興味津々だ。

「フランス人は米をサラダに混ぜたりするんだけど、日本人は?」
ジュリアがジョーに聞く

「日本は主食ですから。こっちのバケットやクロワッサンと同じなんです。」

いい匂いがしてきた。

圧力を緩めると真っ白いご飯が炊けていた。

「いい匂い」

久しぶりの「米」にテンションが上がる日本人。

 



そしていよいよイブの夜に、鍋を囲むフランス人3名と日本人。

折角炊いたご飯は雑炊用なんて勿体無いと、白ご飯を食べているジョーを見て、ジャンも真似する。

半分以上なくなったが、少量のご飯でも雑炊は「増える」

お腹一杯食べ、気がつくと夜も遅かった。

 



「よし、ミサに行くか!!」
ジャンがコートを羽織る。

「まるで日本の大晦日みたいだ」
ポツリと言ったジョーに、日本滞在のフランス人だけ笑う。
「そうね…そんな感じかも」



4人でノートルダム寺院へ向かう。
寺院は人で溢れていた。
中に入ることも出来るという。
折角だから入ることにした。



警官の手荷物チェックに並ぶ姿に、ミサのイメージはない。



ようやく中に入ったが、沢山の人がいる。
祭壇など見えないが、所々にモニターがあり、祭壇の様子を写していた。


クリスチャンではないが、クリスマスだからか、何となく神聖な気持ちになった。

神に祈る資格などない自分だけれど、こんな平穏がいつまでも続きますように位祈ってもいいだろう。

フランソワーズは長い時間祈っていた。

 



寺院を出ると、ジャン達と別れる。
明日空港まで送ってくれるという。


深夜の地下鉄に乗りホテルに向かう。
イブの夜は遅くまで電車が走っているらしい。


駅からホテルまで歩く。



途中で鐘が鳴る。
25日になったのだろう。



「 Joyeux Noel! 」

フランソワーズがジョーを見上げる。

ジョーがニコッと笑う。

「メリークリスマス」




クリスマスに2人一緒にいれた事に喜びを感じながら…。
 

12

 

 



12月25日


シャルルドゴール空港

「また来いよ!!」

「今度は暖かい時期にします」
ジョーが笑う。

「今度はモンサンミッシェルを案内するからな!!」

「楽しみにしてます。」

 



「兄さん、荷物日本に送っておいてね」

「はいはい」

「あ、ジョー、アルベルトさんによろしく言っておいてくれ」

「わかりました」

 



ジュリアがフランソワーズに

「これ、日本に帰ったら皆さんで食べてね、私のお気に入りのショコラティエのチョコレート」

箱に入ったチョコレート、クリスマス用のパッケージだ。

フランソワーズがジョーを見る。
ジョーもチョコレートの箱を見てにこっと笑う。

 

 


「ジュリアさん」
フランソワーズはジュリアと向かい合う。

「兄を…よろしくお願いします!!」
ぺこっと頭を下げた。

「…フランソワーズさん…」
ジュリアの目に涙が浮かぶ。

「いつでも帰ってきてね。」


 




ジャン達と別れ、待合室のソファーに並んで座る。
ジョーがフランソワーズの頭を撫でる。


「いい子だ」

フランソワーズはジョーの肩に頭を乗せる
「…ばか」


 

 



飛行機が離陸する。
シートベルトのマークが消えた。

 



「お義兄さんはわかっているのだろうか…」
ジョーは、フランソワーズの手荷物の中から、チョコレートの箱を取り出した。

ジュリアがフランソワーズに送った物と全く同じ…箱。

「驚いたわ、ジュリアさんと私、お気に入りのショコラティエが一緒だったなんて…」

 


「だからお義兄さんはジュリアさんを選んだんじゃないのか?」
 


「それは言えないわね…お互いの為にも…」フランソワーズが笑う。



「さて、ベルリンのクリスマスマーケットでも楽しみますか?」



「ドイツもとっても素敵よ」



飛行機はベルリンに向かう。

 

 




~おしまい~

2015.12.10~12.21

bottom of page