top of page

フィリップ君の恋

1

ここの所秋晴れも続き、洗濯物もよく乾き…。

「ジョー、聞いているのかい?」

「…はい?」

「ボクはもうすぐ睡眠に入るんだから、ちゃんと聞いてくれないと困るよ!!」

「はいはい」

「はいは一回!!」

「は~い」

端から見たら若い父親と赤ん坊なのだろうが、実際は師匠と弟子…?いや、教師と生徒か。

イワンがコズミ博士の研究室と共同開発している新薬のデータの説明を、眠る前にジョーに指導している所なのだが、ジョーはある事情で体調不良なので、イワンの話が耳に入らない。

「大体テレビつけながらなんて…集中できるわけないだろ?」

赤ん坊に説教されてるよ…。
他人事で考えるとかなり笑える。
オムツも替えないぞ、ミルクも飲ませないぞ!!
…と、口に出すと「過去の女性関係の悪事」をフランソワーズにバラすぞ、と脅されるので出さない。

脅迫する赤ん坊なんているのかよ!!まったく。

「お腹すいちゃった、ミルク頂戴」

こういう時だけ赤ん坊なんだよな…。

ジョーはブツブツ言いながらミルクを作る。

「はい、出来たよ」

イワンの口に入れる。
飲み始めた。

しばらくするとイワンが乳首から口を離してこう言った。


「フランソワーズなら…」

やさしく抱っこしてボクがミルクを飲んでいるのを笑って見ていてくれる…なのにキミはなんだ!!
ゆりかごのままで哺乳瓶を口に突っ込んだだけではないか!!ボクを見ることなく視線はテレビのお天気お姉さんかよ!!


「ミルク作るだけでも感謝してもらいたいものだよな~!!」
ジョーがふてくされる。

「…ミルクは濃すぎず薄すぎず…温度もバッチリ…いい味だけどね」


ふーん、それ誉めてるんだ? 

「バラすよ」

おぉ怖い!!

「それじゃあ続けるよ」

ジョーはイワンから哺乳瓶を受け取り、テレビを消し、パソコンを開く。




「こんにちは~!!」
シブヤのコズミ博士の研究室。

「あ、フランソワーズさんだ!!」
みな後ろを警戒する…が、誰もいない。
「今日は島村さんいないようだね」皆心の中でガッツポーズだ。

「ケーキ買ってきましたから、皆さんでどうぞ」

所長がフランソワーズを呼ぶ。
所長室に入る。

「ジョー君の具合はどう?」
「まだ拒絶反応があるらしくて、微熱が続いています。夜には高熱になるんです。」

ジョーは今、ギルモア博士とコヤナギ博士が共同で考案した新しい人工臓器の実験台となっていた。
自分達の身体の事の他に、ガンなどで臓器を失った人達の為の人工臓器開発も行っている。

ジョーにも生体部分がある為、新しい臓器を入れれば拒絶反応がある。
その数値も調べている為に、体調が戻るまで自宅療養となっている。
今はイワンが起きているから、体調や数値を見てもらえるが、イワンが寝てしまうと、フランソワーズが付きっきりとなる。

両博士は急な学会が入り留守な為、緊急事態の場合は近くに住むコズミ博士が対応する事になっていた。

「慰め程度かもしれないけど、これを飲ませるといい」

所長はある薬をフランソワーズに渡す。
「解熱剤だよ。高熱が出たら飲むと少しは楽になるでしょう」

「ありがとうございます。」


所長室をノックする音。
「失礼します」


お茶を持ってきたのは、新人所員だった。


「あ、ちょうどよかった、紹介しよう。新人所員のフィリップ君だ。」





僕の名前はフィリップ。
フランス出身で、子供の頃から化学好き、大学在学中にコズミ博士に出会い、コズミ博士の研究所に入りたくて、日本の大学に編入し、この度晴れてコズミ博士の研究所に入所できたって訳。

子供の頃から成績もよかったし、化学が楽しかったから、遊ぶより実験の日々だった。
周りが恋だの愛だの騒いでいたけれど、僕の恋や愛は、元素記号に注がれていたから…。

夢だったコズミ博士の研究所で働かせてもらうんだから、今はとても幸せだ。

早く開発に参加したいのに、先輩所員にこんなことを言われた。
「新人の一番大切な仕事はわかるか?お客様が来たらウマイお茶を入れることだ」

ホントかよと心で思ったが、先輩の言葉だから逆らえない。

仕方なくお茶を入れる。

このドアを開けるまでは…。

ノックをし、所長の声がしたのでドアをあけた。

目の前にいた女の人…。

天使かと思った。

「あ、ちょうどよかった、紹介しよう。新人所員のフィリップ君だ。」

所員の声が耳に入らなかった。

「あら?あなた…フランス人?」
天使が喋った。

「…はい、パリ郊外の出身です。」

「そうなの…、私はフランソワーズ、私もフランス人なの。嬉しいわ、同じ故郷の方にお会いできるなんて」


僕は一瞬で恋に落ちた…。


 



フランソワーズはギルモア邸に帰宅した。

しんと静まり返っている。
リビングに入り、クスッと笑う。

ソファーに一人、ゆりかごに一人。
どちらも寝ていた。

イワンは夜の時間に入る前に、ちゃんとジョーのバイタルチェックを済ませていたし、ジョーもちゃんとイワンから新薬のデータ説明を受けて、パソコンに記録していた。
ちゃんとイワンにミルクまで飲ませていた。

ジョーの額をさわってみる。
熱が出てきている。
安静…と言われても家にいたらいたでやることがたくさんある。
イワンも寝たことだし、明日は本当に安静にしてあげないと、熱は下がりっこないわ。
フランソワーズはつきっきりでジョーの面倒をみる決心をした。

ジョーに毛布をかけ、イワンのおむつを替え、部屋に連れていく。

イワンは寝てしまったから後はおむつと着替えを定期的にしてあげればいい。

リビングに戻り、イワンが残してくれたジョーのバイタルチェックを確認する。
無理するから数値が良くない…。

ジョーの寝顔を見ながら、すぐ無理をしてしまう恋人に、心配になる。

みんなが人として暮らしやすくなるために、臓器を失った人が普通に生活出来るようになるために…。
彼はいつもそう言っている。

私はあなたの身体が一番心配よ…。

ジョーの髪を撫でる。
起きるまでしばらくこのままにしておこう。

フランソワーズはその場を離れた。

 

 

 

 



バイタルチェックの結果をドイツにいる博士に送る。

同行していたアルベルトから連絡がある。

「ジョーは?」

「寝ているわ、ちょっと無理し過ぎたみたいだから、数値が良くないけれど、異常はないわ」

「そうか…次は俺がやるからと伝えておいてくれ。」

「ええ、次回は自分が経過を見たいから他の人にとは言っていたけど…。」

「博士からの伝言だ、データを送る。」

「ありがとう、そちらも大変かと思うけど、よろしくお願いします。」

「ああ、日本は夜だな…おやすみ」

「おやすみなさい」

送られてきたデータを確認し、研究所内のコンピューターにデータを入れる。


研究所から居室に戻る。


ソファーに寝ていたジョーが目を覚ましていた。

「ジョー、大丈夫?」

「あ、フランソワーズ、帰ってきていたんだ。おかえり」

「何処か苦しいところはない?」

「大丈夫、頭が重いくらいだよ。」

「とりあえず、部屋にいきましょ」

肩を貸し、部屋に向かう。
熱…上がってる。

ベッドに横になると、申し訳なさそうにジョーが言った。

「ごめんね…キミを抱いてあげられない…」

フランソワーズはかああっと赤くなる。
「なっ!な!何言っているのよ!!」

ジョーが静かに笑う。
「可愛いよ…」


「な…何か食べたいものはある?」
まだ顔を赤くしながらも、これ以上妙な事を言わせないために、質問をする。

「ん…食欲ないな…」

「じゃあお粥でも作りましょうか?」


キッチンでお粥を煮ながら、所長からもらった薬を用意する。

お互い忙しい日々を送っていた。
ジョーの自宅療養が皮肉にも2人の時間を増やしている。
ジョーには悪いが、フランソワーズはこの時間に感謝していた。


ご飯前にバイタルチェックをする。
熱が上がっている。
呼吸も苦しそうだ。

「お粥食べたらお薬飲みましょう」
慰めでもないよりはいい。

お粥をスプーンで掬って口に入れる。

食べてる…というより流し込んでいるような…。
食べないよりはましか…。

食べ終わり、薬を飲ませ、横にする。

「もうこれ以上無理はしないでね、明日は1日寝てもらいますから!!」

「熱の続いた日数からして、明日は下がると思うよ。無理なんてしていないよ。」

「今日だってイワンが無理言ったんでしょ?起きたら説教よ!!」

…いや、それだけは…イワンには…弱味を握られてるから…。
意識朦朧の中ごにょごにょ言うジョー。

「もう寝た方がいいわ、薬が効いたら楽になると思うから…」


ジョーに布団をかけ、片付けに行こうとしたフランソワーズの腕をジョーが掴む。

「どうかした?」

「…ここに…居てくれる?」

戦闘時には簡単に私を置いて走っていくのに…。
今は別人のように頼りない瞳で私を見る。

「片付けたら朝まで一緒にいるから」

起き上がり、キスをする。
熱を持ったキス。
何故だろう…ドキッとした。



 




片付け終わり部屋に戻る。

ジョーは眠っていた。
汗をかいていたので、タオルで拭く。

魘されている。
「…フランソワーズ…」

胸がぎゅっとなる。

「ここにいるから…」
何もしてあげることが出来ないもどかしさ、こんな身体にされてもまだ「生体部分」があるから、拒絶反応が起こる。

でも自分たちにはこれから何度かこの思いを繰り返さなければならない。
博士達の研究が進めば…
少しは楽になれるのだろうか?

ベッドのそばにある椅子に座わり、ジョーの身体を覆うように抱きしめた。




「フランソワーズ、違うって!!」
「違うって何がよ!!イワンから全て聞いたわよ!!あなたは女の敵よ!!」

「えええ~?!」

目が覚めた。
朝になっていた。
薬が効いたのか、頭ははっきりしていた。
…しかし、ヘビィな夢だった。
イワンめ、ちゃんと口止めしておかないと…あれは「若気の至り」なのだから…。

頭ははっきりしていたが、身体が重い…というか、身体に何かが覆いかぶさっている…。

寝返りを打ってみた。
覆いかぶさってたフランソワーズが動いた。


「あら、おはよう、ジョー」


「おはよう、僕に覆いかぶさって寝ていたの?」

フランソワーズは上体を起こす。

「ごめんなさい…苦しかったわよね?」

「…重かった…」
ニヤリとジョーが笑う。

「もお!」

フランソワーズはジョーの額に自分の額をくっつけた。

「熱下がったみたいね。」

「うん、楽になった」

「でもまだ微熱があるみたいだから、今日は安静よ!」

「おはようのキスぐらいはいいでしょ?」

ジョーはそう言うと、起き上がり、フランソワーズをベッドに引き込む。

「ちょ…ちょっと!安静って…」


熱いキスは昨日と同じだった。
ダメ、まだ安静…と思いながら、キスに従う自分がいた。

ジョーのキスが首筋に移った瞬間。

ジョーの携帯が音を出す。

2人顔を見合わせる。

ジョーが「チッ」と舌を鳴らし、ベッドから起き上がる。

電話に出ている間、毛布にくるまりジョーの後ろ姿を眺めていた。

電話を切るとジョーは再びベッドに戻ってきた。

「所長が昼過ぎにこっちに来るって」

「何故?」
「昨日イワンから聞いたデータをメールで送信してあるんだけど、細かい事の確認だって。」

また休ませてくれないのね…。

「お昼過ぎだっていうし、誰もいないんだから、それまでこうしていようよ…」


フランソワーズを毛布ごと包み込み抱き締める。

気がつくと眠っていた。


6


出勤してすぐに、所長に呼ばれた。

「フィリップ、午後からギルモア研究所まで送ってくれないか?」

ギルモア研究所?
ギルモアって…。
あの人工臓器のギルモア博士???

「博士は学会で留守だが、博士の後継者に用があるんだ。」

博士の後継者???
そんなすごい人に会わせてくれるんですか???

「コズミ博士も彼には頭が上がらないらしい」

えええ~?
あのコズミ博士が?

これはすごいことになりそうだ。と、僕は胸が踊っていた。

午後になり、所長を乗せ、高速に乗る。
走っているうちにだんだんと景色が変わってきた。

何故こんな所に研究所を?と思う程、都会から離れていた。

敷地内という林を抜けたら、海沿いに広がる大豪邸が見えた。

凄いな…ホテルみたいだ。
「ギルモア博士の所は研究員が多いからね」
所長はコズミ博士の元で昔から働いているので、「彼等」の事情は知っている。

駐車スペースには3台の車と1台の2輪バイクが止まっていた。
バイクはとにかく凄いものらしい。科学好きな研究員が乗るものではないワイルド仕様だ。
あとは割りと大きめなドイツ車と、ジープと、コンパクトなフランス車。

「すごいですね、まるでオーシャンビューがウリの高級ホテルみたいだ…」
ギルモア研究所に来たと言うだけでテンションが上がっているフィリップ。

玄関でまた興奮する。

「あら、フィリップさんもいらしたの」

天使がそこにいた。

天使は所長と話をしている。
「あまり無理はさせないでくださいね、まだ微熱が続いていますから」

誰の事だろう?と思っていた。


リビングに入ると、一人の男が座っていた。

日本人?にしてはちょっと違うような…
Tシャツとジャージでおでこに冷却シートを貼っている。
一見大学生に見えた。

「所長、わざわざすみません」

「具合はどうだ?」


「昨日もらった薬が効いたみたいですよ」
「ああそうか、よかった」



そんな話はいいから、早くギルモア博士の後継者を紹介してほしい!!

「…所長、隣の人は?」
大学生に気付かれた!!

「あぁ紹介がまだだったな、新人のフィリップ君だ、フランソワーズさんと同じフランス人だ」

「よろしく」
大学生は手を出した。

とりあえず握手をする。
力が強くて驚いた。

「フィリップ、彼がギルモア博士の後継者だ」

えええええ~?

 



所長とギルモア研究所の後継者とやらの一見大学生が話始めたので、フランソワーズさんがこちらへとテラスへ案内してくれた。


僕も新薬の話が聞きたかったが、フランソワーズさんの誘いを断るなんて出来ない。


天気もよく、海は凪だ。
こんなにいいところに住んでいるなんて羨ましい。

「クッキー焼いたのよ、お口に合うかしら?」
手作りのクッキーと紅茶。
天使らしいもてなしに、心がポッと暖かくなる。

クッキーも紅茶も美味しいし、パリの話も盛り上がった。

僕が毎日通っていたパン屋さんに、彼女が勤めていた事があると言う話を聞けば、運命じゃないかと思ったり、こんな小さな島国で、同じ故郷のこんな美人に逢える事も運命なんだよ…なんて一人勝手に思いを巡らしていた。

「所で、フランソワーズさんは何故日本に?」

今まで笑顔だった彼女の顔が急に曇った。
「色々あったの。でも、今は幸せよ。」

色々って…何だろう。
天使だと思っていたのに、急に大人びた顔になった。
この人は…いったい…。

所長が帰ると言うので、後ろ髪引かれる思いで玄関に向かう。

研究員が多いと所長は言っていたが、天使と大学生にしか会っていない。

玄関に並ぶ天使と大学生風。
ちぐはぐなようだが、何故かしっくりきていた。

心が…ざわついた。


「…さて…と。」
所長達が帰宅し、玄関からリビングに移動する2人。

フランソワーズはテラスのお菓子とお茶を片付ける。

「クッキー、もうないの?」

「ちゃんと残してあるわよ、コーヒー、ブラックで大丈夫?」

「食欲も出てきたみたい。明日には普通の生活に戻れるかな?」

ジョーが元気になるのはいいことなのだが…。

元気になれば研究所に行くし、メンバーが次々とメンテナンスにやって来る。
軽いメンテナンスならジョー1人でやれるようになっているし…。

また…忙しくなっちゃうわね。

リビングのソファーに横になり、バイタルチェックを受ける。

「熱も下がったし、血圧も標準にもどったわ。」

「そ。」

ソファーから起き上がり、コーヒーを飲む。

「ねぇ…熱は下がったけれど…」

フランソワーズは言いにくそうにもじもじしている。

ジョーは黙って次の言葉を待つ。

「今日も一緒に寝ていい?」
…顔が真っ赤かもしれない。

明日には国に帰っているピュンマが帰ってくる。

2人きりは今夜だけだから…。

「朝の続き?」

ジョーがぐっと近づく。

「今でもいいんだけど…」
耳元でそっと言われドキッとする。


優しくキスされる。
このまま流されても…。

ダメダメだめ!!

「もう、ダメよ!!ご飯作らないと!!」

上手いようにすり抜ける。

「ちぇっ、」わざと拗ねたようにクッキーをかじる。

フランソワーズはクスッと笑いながらキッチンに向かう。

「大好物、作ってあげるから拗ねないの!!」

フランソワーズは笑いながら支度をする。

 



月が綺麗な夜だった。

フィリップは都内のアパートから夜空を見上げる。

ビルの明かりでよく見えないが、丸い月は見えた。

あの家のテラスからなら、月が綺麗に見えるんだろうな…。

自分とフランソワーズがテラスで月を眺めている絵を想像する。

女の人に興味がなかった訳ではないが、ガリ勉な容姿から、なかなか勇気が持てなかった。
勉強が恋人みたいに格好つけていたが、あんなに自分のタイプにピッタリはまった女の人はいなかった。

彼女を想うと胸が痛くなる。

それと同時に隣に並んだあの大学生風の顔が浮かぶ。
ずいぶん脱力した格好だったが、地はイケメンだ。
フランソワーズさんと一緒に暮らしている…それだけで腹ただしい。


握手をした時の目が、学生時代に後ろの席で勉強もせずに遊んでいた不良と同じかった。
あいつらは勉強しないくせに女の子達にモテていた。
そんな目をした奴がギルモア博士の後継者だって?



ギルモア博士の後継者があんな大学生風?とはっきりは言わないが、それとなく所長に言ってみた。

所長はある書類を僕に見せた。
彼が纏めた新薬のデータだ…と。

開発はイワンという、研究員等も誰も会ったことがないギルモア研究所の謎の研究員が担当しているが、窓口になっているのがあの大学生風。
イワンの開発をちゃんと理解して、研究員等にも解りやすいように纏めてあった。

僕も大学ではそこそこだったから、彼の力量は悔しいけれど認めざるを得なかった。
でも驚くのはそれだけではない。
彼にとって薬学は専門外なのだから、専攻は生体工学なのだから…。

その上、あの時は体調が悪かったのだと言う。
安静だから、所長がわざわざ出向いた訳で…。

「お気楽な大学生に見えたんだな…、彼はああ見えても君より年上だ。」

自分より年下だと思っていた。
ただあの目の中に違うものも見えていたのも事実。


フランソワーズさんの日本に来た理由を濁した時の顔を思い出す。

彼等はいったい…?




波は静かに音を立てていた。
眩しいくらいの月明かりで目が覚めた。
隣で眠っている愛しい人の頬を撫でる。
あどけない寝顔に涙が出そうになる。

あなたを…いつもこんな穏やかな気持ちでいさせてあげたいけれど…。


彼の胸に耳を当てる。
心臓の音がする。
それが作り物だとしても、彼の音だと思う。
生きている音…なのだと思う。


先のわからない不安定な自分達の人生。
だからこそこんな何気ない日々がいとおしく思う。


体を起こし、シーツを巻いて、窓際に立つ。

月が綺麗な夜だった。


 

10

翌朝。

ジョーは、自分が被検者になった人工臓器のデータを持ち、ヨコハマのコヤナギ博士の研究室に向かった。

フランソワーズは、ジョーに頼まれたデータを持ち、シブヤの研究所に向かった。

今日は大きな学会があり、所長を始め、研究員が出払っている。
留守番を頼まれたのがフィリップだった。

お昼も近かったので、フランソワーズはお弁当を買って行く。
ジョーから教わった美味しいお弁当屋さんだ。

フィリップしかいないから、洋風なものの方がいいかな?とは思ったが、日本の良さも勉強しなきゃ。なんて考えた。

研究室では、フィリップがパソコンを前に唸っていた。

「こんにちは~!!」

フィリップは驚いた。

まさかフランソワーズさんがやって来るとは!!

「所長から、フィリップさんが一人留守番をするから話し相手になって欲しい…って」ニッコリ笑う。

あぁ、神様仏様、所長様…。
こんな素敵な時間をありがとう!!

フィリップは全てのものに感謝した。

「カンヅメと聞いたので、お弁当持ってきたの」

えええ~?

て…手作りですか?!

「ごめんなさい、作ってこようと思ったんだけど…」

…ジョーが離してくれなくて…。


フィリップは手料理に自信がないのかと勘違いする。
顔少し赤いし…可愛いなぁ。

「あ、その前に…」

フランソワーズは鞄からUSBを出す。

「これを所長に渡してください。ジョーからだと。」

ジョー…。
聞きたくない名前だ。

「彼は?」

「具合がよくなったのでコヤナギ博士の研究所に行ったわ。」

「コヤナギ博士の研究所にも行っているんですか?」
ギルモア博士と同様に、生体工学では名のある人物だ。

「大学時代、コヤナギ博士がジョーに惚れ込んだと聞いているわ。時々博士が講義に行かれていたみたいなの…」


昨日の書類を思い出す。
才能はあった。
でも…
正直には認めたくない自分。
彼のあらを探さなければ自分は負ける気がしていた。

あの「目」を思い出す。



「預かります。」

「じゃ、お昼食べましょう。お茶入れるわね。」

フランソワーズが買ってきた弁当を開ける。

日本の「幕の内弁当」所長から教えてもらった。

お茶を入れたフランソワーズが向かいに座る。

「では、いただきましょう」
フランソワーズは神に祈らず手を合わせて「いただきます」と言った。

外見はフランス人だが、中身はもうすっかり日本人だ。

箸も上手に使っている。

「フランソワーズさん、箸使い上手ですね。」

フランソワーズはうつむいて
「ジョーに教えてもらったから」と微笑む。

僕の至福の時間に分刻みで現れるなよ!!

フランソワーズとは対照的に機嫌が悪くなっていく。

「昨日研究所で見たけれど、紺色のフランス車、あれはフランソワーズさんの車?」

「あれは…ジョーの車よ。」

まただ!!

そうだな…スポーツタイプだった…。女性向きじゃないな…。

「へぇ…日本で言えば外車に乗り、イケメン理系男子とくれば、かなりモテるんじゃないんですか?」

つい…口に出てしまった。

完全なやっかみだ。
オトコらしくないな…。でも言っちゃったし…。

「そうね…そうかもね」

フランソワーズはじっと何かを考えているようだった。

悪いことを言ってしまったかと謝ろうとしようとした時。


「地下の劇薬金庫に人が!!」



何か悪い予感がした…。

 

11

2人で地下に降りてみる。

銀行にあるものよりは小さいが、それでも厳重な金庫の中に劇薬が置いてある。

金庫の中は3畳くらいの部屋になっている。

そっと進む。

金庫の扉が開いている!!

「どうして…?」

何故自分一人の時にこんなトラブルが起こるのか…。
せっかくのフランソワーズさんとの時間なのに…。

金庫に入ってみる。
後ろからフランソワーズが続く…。


その時…。

ギギギ…ガツン!!

「え…???」

扉を閉められてしまった!!

ななななに???

フィリップはパニックになった。

フランソワーズは冷静に目を閉じている。

「男の人、身長が170センチくらいの細身で、白衣を着ているわ…眼鏡を掛けていて…あら?この方最近研究所を辞めた方じゃない?」

何を言っているのか…。

「手には…開発中の新薬を持っているわ。」

「フ…フランソワーズさん?」

「それよりこっちね、どうやって脱出するか…だわ」

鍵のような所に手を当てる。

errorと出る。

「困ったわ、中から開けられない」

いや、開けられないでしょ?暗証番号も知らないし…。

彼女は再び目を閉じる。

密室に彼女と2人きり。
シチュエーションは最高…なのだが…。

「届くかしら…」




ジョーはピュンマと電話をしていた。
「これから向かうよ」
空港まで迎えに行くつもりでいた。

その時、うっすらではあるがフランソワーズの声が聞こえた…ような気がした。

「え?」

”ジョー!!助けて!!”

間違いない。

「ピュンマ、これから直接シブヤに向かってくれ、緊急事態だ!!」




フランソワーズは目を閉じたまま動かない。

「フランソワーズさん?もしもし?」
フィリップは不安になる。
狭所恐怖症?
でも黙ったままでは…。


“コズミ博士の研究所の地下の劇薬金庫に閉じ込められてしまったの”

“何故?”

“物音がしたから行ってみたら、扉が開いていて…あ、そう、タチバナさん、わかる?”

“最近辞めた研究員だろ?”

“あの人が開発中の新薬を持って逃げたの!!”

“わかった、そっちはダイジンに頼むから、金庫の方だ。酸素残量は?”


“後45分位かしら?”

“キミのは?”

“60分あるわ”

“所長を呼ぶ、僕もそっちに向かう、ピュンマも直接そっちに行くから、フィリップをパニックにさせないように”

“わかったわ”


まるでエレベーターのような箱の中、フランソワーズさんと2人きりで、徐々に実感が沸いてきて、恐怖より期待が大きさかった。

じっと目を閉じているフランソワーズさん。
水色のシャツにふわっとした紺色のスカート。バレリーナと言っていたフランソワーズさんによく似合う、バレエのスカートみたいなふわふわな素材。長からず短からずの膝丈がセンスのよさを出している。
すらっとした足にシンプルなパンプス。
身長が170ない自分だとこのヒールではそう変わらない身長になる。

殺伐とした都会で見つけたオアシスのような…。
やはりパリジェンヌ、シンプルでお洒落だよな…。
懐かしいパリの街並みを思い出す。

…と、その時、フランソワーズが動く。
シャツの袖をまくり、パンプスを無造作に脱いだ。


「…どうしたんですか?」

「あまり話さないで、酸素が無くなるから」

酸素が…。
えええ~?



 

12

密室の中。

劇薬が並んでいる中。

2人きり。

フランソワーズさんはその場に座り目を閉じていた。

綺麗だ…不謹慎かもしれないけれどそう思う。

髪が肩にかかっている。

触れられそうな近い位置、でも触れられない…。

いい匂いもするし…。
日本人の女の子が言っていたな…。

そう「女子力」だ。


「僕は…頼りないかもしれないけれど…」


フランソワーズさんは驚いて僕を見た。

「あなたを守ります!!」

かなり勇気を振り絞って言ったつもりだ。

フランソワーズさんはにっこり笑い
「ありがとう」と言った。

もう酸素なんて無くなったって…。
いや、困る、ここから出ないと…でもここから出たらフランソワーズさんは「ジョー」の待つ家に戻ってしまう…。



「大丈夫か?」
誰かが扉を叩く。

「あ、所長さんよ!!」

見えるのか?

「今、開けるから…え?オイ!!」

…何があった? 

「暗証番号が変えられている…」

えええ~?

「所長!!」
若い男の声がした。

「ジョーが来たわ」

何で?この状況をあいつは知っているのか?
フランソワーズさんの行動が筒抜けなのか?
…ストーカーなのか?

ジョーは扉に手を当てる。
“フランソワーズ、聞こえるか?”

“ええ、聞こえるわ”

“ちょっと面倒な事になっている。金庫の暗証番号が変えられていた、中から暗証番号を探ることはできるかい?〝

〝無理だったわ〝


〝…そうか、ピュンマが向かっているからそれまで耐えてくれ”

“私は大丈夫だけど…”

酸素を使わないために、脳波通信でやり取りする2人。


ジョーが来たのに何も会話せず黙っているフランソワーズをフィリップは眺めていた。


アイツもアイツだ、フランソワーズさんを元気つける所か、黙っているなんて。

やっぱり僕がキミを守るんだ!!

…な~んかボーッとしてきたぞ…。

フランソワーズさんが僕を見た。

「大変!酸素が無くなってきたみたい!!」

“ジョー、部屋の酸素が無くなってきたみたい、フィリップさんに私の酸素を分けるわ”


“え?酸素を分ける?”

「だああああ!!」

急に大声を出したジョーに、所長が驚く。

「どうしたの?ジョー君?」

「いや、何にもなく…なくないけれど、いやその…ああああああ~!!」

ジョーが壊れ始めた。

「ジョー!お待たせ!!」
頭を抱えるジョーの後ろにピュンマの姿が見えた。



意識が朦朧としてきた。
フランソワーズさんが近づいてきた。
夢…なのだろうか?
「ごめんなさい」
そう言うと、僕の唇に柔らかいものが触れた…。
夢…なのだろうか?

いや、夢じゃない!!



その時、カチャッと鍵が開いた。

朦朧とした意識の中で、アイツが入って来たのがわかった。
始めて会った時の脱力感はどこにもなく、ただただ格好よかった。

真っ先にフランソワーズさんの元に行くだろうと思っていたのだが、僕を抱き上げた。
いとも簡単に…。

金庫から出る瞬間、アイツは僕に静かに言った。
「彼女の酸素は…旨かったかい?」
目が怒っていた。

でも…僕なら…。
真っ先にフランソワーズさんを助けるんだ!!お前とは違うんだ!!
フランソワーズさん、男は顔じゃないよ、ハートだよ…。

そんな事を考えながら僕は意識を失った。


 

13

気がつくと病院だった。

「気がついたのね」
フランソワーズさんがそばにいてくれた。

「…ここは?」

「病院よ、あなた酸素不足になっちゃったから、一応検査されるようよ」

いつもの笑顔。
でもフランソワーズさんだって状況は同じだったのに…。

「タチバナさんも逮捕されたわ、スパイだったようよ、気を付けないとね。」

僕はボーッとフランソワーズさんを見る。

「キミは…いったい…」
フランソワーズはフィリップの口元に指を当てる。

「世の中には知らなくていいことも…あるのよ」

知らなくていい事か…。
何らかの秘密が…あるって訳だ…。


「僕はキミを守れなかった…」
アイツに助けられたしな…。

「あら、私は嬉しかったわ。守るんだって言われて。」

「アイツより…」
アイツ…が誰か理解するまで少し時間がかかったようだが構わない。

「アイツは、真っ先に僕を助けた、キミを助けなかった!!」

フランソワーズさんは少し考えた。

「そうね、でも、あの時はあれが正しかったのよ、あなたが酸素不足で意識を無くしそうだったから。」


そんなものなのだろうか…。

自分の彼女を真っ先に助けるのが普通…え?
僕は彼等の関係を認めているじゃないか…。
所詮戦える相手じゃないことも…。

でも悔しいからこれだけはいっておこう。

「男は顔じゃないよ、ハートだよ!!」

フランソワーズさんはキョトンとしていたが、やがて笑った。

「そうね、ハートね、フィリップさんはハートが素敵よ!!」

ハートが…って。
そりゃあ顔はアイツにはかないっこないさ。

「もう大丈夫そうね、私はこれで失礼するわ」

帰っちゃうんだ…。

ふと病院の駐車場に目がいった。
紺色のフランス車。

待っていたんだ…。

しばらくすると外に2人が出てきた。

アイツも水色のシャツを着ていた。
清楚なフランソワーズさんのシャツとは対照的なワイルドな洗いざらしのダンガリーだったが…。
運ばれた時に思った…。
痩せていると思っていたのに、かなりな身体をしていた事。

「知らなくていいこともある…」

シャツの下は細身のブラックジーンズ。
格好いい。同性が見てもそう思う。
右にはフランソワーズさんが並んで歩いていた。
パンプスのヒールは計算されているように思えた。
2人の距離が一番いい位置だ。
似たような色の服、ヒールの高さ、意識はしていないんだろう。とても自然だった。

入り込む余地などない、完璧な一枚の絵のようだった。

でもフィリップはこの恋心を大切にしようと思っていた。

あの唇の感触も…。


車に乗り込むと、ジョーが拗ねたように言う。
「あ~!!酸素が足りない!!」
フランソワーズはくすりと笑う。
「あなたには酸素を分ける必要はなくてよ」
身を乗りだし、運転席のジョーにキスをする。

「あなたには愛を分けているでしょ?」

ジョーは唇を離すとニヤリと笑う。

「よろしい」

再び唇を合わせた。



~おしまい~

 

2015.10.6〜10.18

 

 

 

 

bottom of page