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ふつうの女の子

1

 

 

 

また戦っていた。

あなたの後ろにいる。
私の情報にあなたは的確に動く。

内戦を止めさせる事はできないが、内戦の影で不穏な動きをするものを排除しなければならない。

戦いは終わらないから、私たちの努力も終わりがない。

それでも私たちは、平穏な日々を捨てこうして戦っている。

罪のない人々が戦争で命を失っていく。

慣れるわけがない。
でも繰り返されている…。


戦いを終え帰宅した夜、彼は必ず私を抱く。

日常生活へのリセットなのだろうと、最近思うようになった。

彼から「愛している」と言われた事がないから…。


日常生活に戻り間もなくの事だった。
ギルモア博士の知り合いの早坂博士がとある学会に出席する為、日本を離れる事になった。
ギルモア博士も同行するのだが、留守中早坂博士の一人娘を預かる事になった。

一人娘はトモエと言い、高校生だという。
母親を早く亡くし、父と2人きりだった。

今回の学会は長期になるため、預かって貰えないかと博士から頼まれた。


フランソワーズの存在も早坂博士がトモエを預ける理由になったようだ。

…でも。

日本人の女子高生などと話が会うのだろうか…。
不安だった。


博士達を送った帰りに、ジョーがトモエを迎えに行った。


まだ日常生活に戻ったばかりだった事もあるが、トモエが入ってきた途端フランソワーズはトモエを透視してしまった。

無意識に…。


フランソワーズは自分が無意識にした行為に愕然とした。

 

 

 

 

 

2

 

 

 


トモエがギルモア研究所に世話になる事になった日、歓迎の意味も込め、ダイジンが沢山料理を持ってきた。
沢山の中華料理に最初は驚いたトモエだったが、美味しいからもりもり食べ始めた。

トモエは人見知りしない天真爛漫さか、すぐみんなに溶け込んだ。
やはり…と言うべきか、トモエはジョーの隣にいた。

早坂博士の研究所にジョーが行っているのは知っていたが、トモエと面識があるのは知らなかった。


この状況に馴れている自分にも腹が立つ。

そっとその場を離れ、テラスに出る。


日中は暑かったが、夜になると少しは過ごしやすい。


デッキチェアに腰を降ろす。
星が綺麗だった。


「…どうした?」

様子が気になったのか、ジェットがテラスに出てきた。

フランソワーズのデッキチェアの隣に座る。

「…別に、外に出たかっただけよ」

「日本人の女の子は『ナマトナデシコ』って言うんだろ?ありゃあ違うな」
そう言いながらリビングで笑っているトモエを指差す。

「そうね、随分積極的よね」

ジェットはニヤリと笑い
「妬いてるのか?」とからかう。

「…妬く…かぁ…普通の女の子ならそうなんでしょうね」
フランソワーズがため息をつきながら言葉を吐く。

「ん?」予想外のフランソワーズの返事にジェットが首を傾げる。

「…見ちゃったのよ…」
「何を?」

「トモエさんが入ってきた時に、無意識に透視してしまったの、普通じゃないでしょ?」

ジェットはハッとした。

この前、フランソワーズと2人で戦地に赴いた時、瓦礫の下の遺体をフランソワーズが見つけてしまった。
見たくなくても見えてしまう…。
彼女の辛そうな顔に胸が傷んだ。

「普通って…何なんだろうな…。」
ジェットが星を見ながらポツンと呟いた。

「少なくても私たちは普通じゃないわよね」

寂しそうに笑うフランソワーズを、抱き締めたい衝動にかられろうになったが、それは俺の役目じゃないよな…と、リビングでトモエと談笑しているジョーを睨む。


その夜、ジェットは何となく眠れなかった。

 

 

 


3

 

 

 

気がついたら夜が明けてきていた。

寝ることを諦めたジェットは、部屋を出て、テラスに向かった。

テラスには先客がいた。

デッキチェアで座り、空を眺めているのは…。

ジョーだった。

昨日のフランソワーズと同じ格好なのが笑える。
一緒にいれば似てくるのか…いや、奴等はいつもこうやって空を眺めているんだろう。


笑いを堪えながらジョーに近づく。


「珍しいな…お前が早起きとは」


ジョーがビックリしたように振り返る。

「…寝れなくてさ…」
手にはコーヒー。


実は隣にフランソワーズがいないと安心して寝れないなんてジェットには口が避けても言えないジョー。

トモエが来た事で、暗黙の了解で一緒に寝ていない。


「いつまで日本にいるの?」
心の中を探られないように、敢えて話題を外す。


「今のところニューヨークには用事ないし、暫く厄介になるさ」

博士はいつでも帰ってきなさいと言ってはくれるが、定職をもっていないジェットは、何となく居心地が悪かった。

博士が戻るまでは居座ろうかとは思っていた。


タバコに火をつけ、フーッと一服をする。

「なぁ…」
コーヒーを飲みながら声をかけられたジョーは、ジェットの方に顔を向ける。

「…何?」

「見たくないものが見えるってキツいよな…」

言っている意味を飲み込めなかったジョーはしばらく考えてるようだったが、ピンときたらしい。

「何かあった?」

ここで昨日フランソワーズが言った事を言うのは簡単だったが、意地悪心が芽生えてきた。

お前らの橋渡しはしねぇぞ!!

「なぁジョー、普通って何だと思う?」

質問の答ではないから、目をぱちぱちさせている。
自分と同じ年には見えない幼稚さだ。

これが戦地では最強の戦士なんだから、別人なんじゃないかとも思う。


「普通…かぁ」
残ったコーヒーを飲み干すと
「ちゃんと三食食べられて、美味しいものは美味しい、綺麗なものを綺麗って言える事かなぁ…」


随分シンプルな解答だが、それも間違いではないような気がした。

フランソワーズも素直にジョーに不安をぶつければ簡単に解決なんだろうにと、自分の眠れなかった夜を返してくれと思った。
「俺、寝直すわ」

何だか眠くなった。
タバコを揉み消すと、テラスを後にした。

 

 

 


 

 

 

朝ごはんを作ろうとキッチンに入ったフランソワーズ。
窓の外を見るとテラスにジョーがいるのが見えた。

珍しいわね…早起きなんて…。

フランソワーズは様子を見に行く。

 

「ジョー、おはよう」

フランソワーズに声をかけられ、ジョーは手を伸ばす。

フランソワーズはジョーの元に行き、その腕に包まれた。

「おはよ」
とても優しいキス。

暖かい気持ちになる。
こんなに幸せなのに、私は何が不安なんだろう…。

ジョーが左手に持っていたコーヒーカップが空なのに気づく。

「コーヒー、おかわりもって来ましょうか?」

「ううん、いいや」
ジョーはフランソワーズと離れるのが惜しいようだ。
もうひとつキスをする。

「…誰かが起きてきたらどうするの?」

「寝れなかったよ」はにかみながらジョーが言う。
「キミが隣にいないと寝れない」


嬉しいはず…なのに…。
何故かちくっとした。

だって彼は、私に愛していると言ってくれない。


「おはようございます~!!あ、島村さん!!起きてたんですね!!」


静かだったリビングが急に賑やかになった。


2人は咄嗟に離れる。


「朝食作りましょうね」


フランソワーズはキッチンに逃げるようにその場を離れる。


トモエはジョーの横に座り、楽しそうに何かを話している。


普通の女の子なら…。
トモエのようにジョーと接する事が出来るのに…。
フランソワーズは俯いた。

 

 

 


5

 

 

 


朝ごはんの準備をしていると、トモエがキッチンに入ってきた。

「フランソワーズさん、お手伝いします」

「あ、ありがとう。」

「フランソワーズさんが羨ましいなぁ~、ジェットさんもピュンマさんもカッコいいし~。」

「羨ましいなんて初めて言われたわ」


「島村さん優しいし」

「そうね…彼は誰にでも優しいわね。」

皮肉ではない…と思う。
本心で言ったとしたら…。
そうね、彼は誰にでも優しいのよ。
私だけではない…。

「島村さんって彼女いるのかな~?」

胸がちくっとする。
私達っていったい何なのだろう。


トモエが学校に行く。
近くの研究室に用事があるジョーが送って行った。


フランソワーズは食事の後片付けをすると、洗濯を干し始める。

全員揃っている時よりはましだが、それでもかなりな量の洗濯物だ。
眠っているイワンの事をわざわざトモエに教えることもないだろうと言うことで、イワンの存在は隠してある。
眠っていてもイワンの洗濯物は出るから、トモエのいない間にすぐ乾く位置にイワンの洗濯物を干す。

次に広げたシャツ。
深い海の色のような、夜の空のような綺麗な濃紺のシャツ。

このシャツを着たジョーに、何度抱き締められただろう。
思い出し、顔を赤くする。

 

「…何やってるの?」

ドキッ!!として振り返ると、そこにはピュンマの姿があった。

「あら、終わったの?」
ピュンマは今朝から研究所のコンピューターのメンテナンスを行っていた。
メンバーでコンピューターに明るいのは、ピュンマとフランソワーズだったが、フランソワーズは戦闘時にハッキングなどを行わなければならないため、普段はコンピューターをいじるのを嫌がっていた。


「コーヒー貰える?」
ピュンマはどかっとソファーに腰を降ろす。

「ええ」
自分が手伝えれば、ピュンマの負担は半減する。後ろめたさがあった。

「ごめんなさい、私のワガママで」
コーヒーを淹れながら、フランソワーズがポツリと呟く。

「大丈夫だよ、あれくらい一人で出来るって。キミだって家事が忙しいからね、いつもありがとう」

ニコッと笑うピュンマの白い歯がまぶしい。

「しかし、トモエはジョーにゾッコンだよね?」

フランソワーズの反応見たさにわざとふる。

「そうね」
あまり興味ないフランソワーズの反応に、ピュンマはふっと笑う。


「ジョーはキミに対して一途だと思うよ、ただね、キミの国の男と違って素直に気持ちを出せないようだよね、日本人の男には多いらしいよ。」

でも…ね。

トモエの言葉がよみがえる。

島村さんって彼女いるのかな~?

私達ちゃんとした約束すらしていないのよね…。

 

 

 

6

 

 

 

その夜。

トモエはいつも父親と2人きりで、父親が研究で忙しい時は、一人でご飯を食べているという。

毎日賑やかな食卓に嬉しそうだった。

今晩のネタは、ジェットのニューヨーク話。

「トモエ、お前とーちゃんの学会でニューヨークに来たときは俺んとこ連絡しろよ!!いい店案内するぜ!!」

「え~!!いいんですか?ニューヨーク行ったことないんです!!きっと素敵ですよね♪」
盛り上がっているトモエに反し、えーっ?!と言う顔のジョーとフランソワーズ。

「ジェットのおすすめの店はおすすめできないなぁ」
ジョーがフランソワーズを見る。

「そうね…」

あれは酷かったわ。
マンハッタンの夜景が一望できる素敵なホテルを予約したのよ。ジョーと2人、素敵な夜を過ごすはずだったのよ…。

なのに…。

ジェットの「おすすめ店」をハシゴして、飲み潰れたジョーの介抱で朝が来たのよ!!

あぁ…思い出したくも…ないわ。

「みなさんでニューヨークに行ったりするんですね!!」

トモエは、この団体の事は教えてもらっていないのだろう。
博士に世話になっている研究員、くらいの認識なのだろう。

 

「そうそう、今日学校の帰りに…」

トモエがキッチンに行く。

あ、そういえば、冷蔵庫にケーキの箱があったっけ…。

「島村さんと『オモテサンドウ』行ってきたんですよ♪」

ケーキの箱をテーブルに置く。

「お土産です♪」

「へぇ~ジョーが『オモテサンドウ』とは意外だな」ピュンマが笑う。

「拷問のようだったよ…」
ジョーはガックリと肩を落とす。

「楽しかったです!また連れていって下さいね♪」

表参道を歩くジョーとトモエの姿を想像してみた。

似合っているわね…。
私なんかよりずっと…。

 

「紅茶入れるわね」
何となくその場にいられなくなり、キッチンに逃げ込んだ。

 

 

 


7

 

 

 

 

深夜。

ジェットはアルベルトが前に持ってきておいた秘蔵酒があるのを覚えていた。

ひとりこっそり拝借しようと、誰もいないはずのリビングのドアを開ける。

「うわっ‼︎お前何やってんだ⁉︎」

パソコンに何やら入力しているジョーの姿だった。

「こんな時間に何やってんだ?」


「ちょっと煮詰まっている案件があってさ。」

ふ…ん、頑張ってるじゃねーか。


ジェットはキッチンの棚からアルベルト秘蔵の酒を持ってくる。

「お前も飲むか?」

ちょうどいい、共犯者がいたら、怒られるのも半減だ。


ジョーは、パソコンをシャットダウンすると「アルベルトの秘蔵酒だろ?いいのか?」

と言いながらキッチンに向かいグラスを2つ持ってくる。


お前…言ってることとやってることが違うぞ!!
呑む気満々じゃねーか。


「ちょっと位ならわかりゃしねーって!!」

「ちょっと位なら…ね」

2人でニヤリとする。


その後は2人でアルベルトの秘蔵酒を酌み交わす。


「お前と飲むのは久しぶりだな」
「うん、あのニューヨーク以来だね」
2人同時に怒ったフランソワーズの顔を思い出す。

同時に吹き出す。

「スゲー怒られたな」
「うん…」

 

「なぁ、アイツを外に出さないのはお前のテイシュカンパクって奴か?」

「どこでそんな言葉を覚えてくるのさ」ジョーが呆れる。

「だから、お前が外に出さないのかって聞いてるんだよ!!」

「まさか、彼女を縛る理由は何もないよ、前にさ、コズミ博士の行きつけのパン屋さんで、アルバイトの女の子が欲しいと言う事があって、フランソワーズもパリにいた頃パン屋さんでバイトしていたと乗り気だったんだけど…」

「だけど?」

「彼女見たさに男性客が殺到し、営業出来なくなっちゃって…クビ」

「マジかよ!!」

スゲーな。それ、違う物で商売出来ねーか?

ジョーに睨まれた。
それはNGらしい…。

「じゃあよ、トモエと行ったウラサンドウ?」
「表だって」
「おぅ、そのオモテサンドウにでも連れていってやれよ!!」

「それがさ…」

ジョーが俯いた。

「雑踏は駄目なんだ。聞こえすぎるから、色々な声を拾ってしまって疲れてしまうらしいんだ。」

「マジかよ…」


「僕らは…戦い以外ではサイボーグとしての自分を忘れることが出来るけれど、彼女は日常生活までサイボーグとしての能力に苦しまなければならないんだ…」

「何とかならねーのかよ!!」

「考えたさ、色々、でも彼女が再改造を拒んでいればどうにもならない。」


ジェットはフランソワーズの寂しそうな笑顔を思い出す。


「くそっ!!」
ジェットはグラスをテーブルに置いた。

「とにかく」
ジェットはジョーの目を見る。

「フランソワーズは気持ちが閉鎖的になっている。早く何らかの手を打たないと取り返しのつかねぇ事になるぞ!!」


ジョーは何も言えずにいた。

 

 

 

8

 

 

 

 

翌朝。

キッチンでフランソワーズが朝食を作っていると、ジョーが起きてきた。

「あら、おはよう」
「おはよ」
いつもの朝のキス…あれ?

「お酒の匂い?」
「そう?」
フランソワーズの疑惑の目を避けるように背を向けてコーヒーを淹れるジョー。

「ねぇ、今日暇?」

「家事はあるけど…」

「こんないい天気だし、何処か行かない?」

「え…?」

驚いた。
ジョーから誘ってくれる事はあまりないから。
いつも買い物のついでの寄り道デートだったし…。

「トモエさんはいいの?」

「ピュンマが今日はお供してくれるって」

そう。

「家事は手伝うからさ」

「ジョーは忙しくないの?」

「今日は特に用事はないよ、じゃ決まりね」

トモエは、今日のお供がピュンマだと聞き、何故ジョーじゃないのかとストレートに聞いてきた。

「ボクじゃ不満かい?」
ピュンマのスマートな返事に戸惑うトモエ。

トモエとピュンマが出掛けてから、家事を済ませジョーとフランソワーズも出かけた。

天気がらいいから、という理由はどうかと思うが、彼からどこかに行こうと誘われたのはとても嬉しかった。


季節はすっかり夏だった。

車は海岸線を走る。
海水浴客やサーファーで賑わっている。
空は青く、雲は白い。


車内はクーラーがかかり快適だったが、そっと窓を開けてみた。

むあっとした空気と、潮の香りが同時に車内に流れ込み、慌てて窓を閉めた。

「どうした?気持ち悪くなった?」

窓を開けた事が車酔いか何かかと思ったのかジョーが聞いてきた。

「行き先を教えてくれないかしら?」

ジョーはそれきり黙り込んだ。

こんなのデートじゃないわよね…。


ジョーはトモエさんと一緒でもそんな態度なのかしら…。
トモエさんなら沢山楽しいおしゃべりをして、ジョーが黙っていてもお構いなし…って感じよね。


フランソワーズは窓の外の海を眺めながら心で呟いた。

 

 

 


9

 

 

 


車は段々人のいない所に向かう。

そしてある場所に止まる。

ジョーが車から降りたので、フランソワーズも後に続く。


「ここは…」

「僕が育った所さ」

古い建物がひとつ。
もう誰もいないようで朽ちていた。

「ここ、孤児院だったんだよ」

壊れかけた古い門を開ける。
ギギ…っと音がした。

庭を抜けると裏に広がる海。

「いつもここで…」

ジョーが大きな石の上に座る。

「お母さんが迎えに来るって待っていた。」

幼いジョーの姿が見えたような気がした。

「僕がサイボーグになる前の人生なんてロクなものじゃなかった」

少し大きくなると、喧嘩に明け暮れやがて少年院に入り、逃げ出そうとして捕まりそこでサイボーグにされたと聞いている。

「今の生活なんてあの頃の自分には想像もつかなかっただろうな…」

私はサイボーグにされたことを嘆きながら生きていた。
でも彼は今の人生があることはサイボーグにされた上での事だと理解している。


「キミに似合う男でもないんだよね」
ふっと笑った顔が切なかった。

「そんな事…ないわ。」

何故彼は私に自分の過去を見せたのか…。
今まで決して語らなかった話を…。

「何かあったの?」
自分のモヤモヤよりもジョーの心の闇が気になった。

「別に…ちょっと行き詰まっただけさ」

深呼吸をし、立ち上がり振り返る。


「ごめん、こんな所に遠出なんてさ」

「ううん、あなたが私に自分の生い立ちを語ってくれるなんて思ってもいなかったから…」

普通の女の子だったら…。
あなたは私に生い立ちを打ち明けたりはしないだろう。

 

 

 


10

 

 

 

家に戻ると、トモエが玄関で仁王立ちして待っていた。

「島村さんっ!!何していたんですか!?」

「あぁごめん、買い出しの手伝いだよ」
もういつものジョーに戻っていた。

フランソワーズをキッと睨むトモエ。

素直なのね…。
本当にジョーが好きなのね…。


夕食中、トモエはジョーから離れることなく、自分の今日一日を語っている。
それを優しく聞いているジョー。

…だから女の子は勘違いするのよ…。

弱音を吐いたときのジョーは、私しか知らないんでしょうね…。

片付けたり、眠っているイワンの世話をしているうちに、深夜になってしまった。

部屋に向かうとジョーの部屋の明かりがついていた。

そっと開けるとパソコンに向かい悩んでいるようにも見えた。

「…フランソワーズ?」
気づかれてしまった。

「ちょっと…いい?」

いや、トモエさんだっているし…そのお…。

「話したい事があるから」

真面目なジョーの表情に、ひとつ頷き、フランソワーズはジョーの部屋に入る。

 

「あのさ…」
言いにくそうにしている。

「キミの透視能力と聴力の事なんだけど…」

「?」

「今は無意識に作動するでしょ?それを意識して作動できるように…つまりはスイッチみたいなものと考えているんだ。」


雑踏に行けない、誰でも透視してしまう。見たくない物まで見えてしまう…。
普通じゃないから…と諦めていた。


でもジョーは、一生懸命考えてくれていた。

「ただ、この機能をつけるにはかなり大がかりな手術が必要なんだ。キミが嫌っている再改造になってしまう。」

あのときの事を思い出したくもない。

「…だから、メンテナンスでできる範囲で…と考えていたんだけど、煮詰まっちゃった。」

それが今日の弱音だったのね。

「博士が帰ってきてからもう一度ちゃんと話し合うつもりだけど、これはあくまでもキミ自身の問題だから、キミがyesと言わなければやらない。」

「少し…考えさせて」

いきなりで混乱していた。
その機能があれば少しは普通に暮らせるようになる。
雑踏だって平気になるし、無意識に透視せずに済む。

でも…。

ジョーの気持ちはとても嬉しい、でも再改造の恐怖を考えると、簡単に頷けない。


「何で…こんな事で悩まなければいけないの?」
思わずジョーにぶつけてしまう。


ジョーはため息をつくと
「起こってしまった過去は変えることは出来ないんだ…だから、せめて…キミが普通の生活で暮らしやすくなれるようにと…ずっと考えていたんだ。」

パソコンを閉じる。

 

「よし、話はここで終わり、さ、寝ようか?」

「!!」

寝ようか…って随分さっくり言ったけど…。

「キミがいないと安心して寝れないんだ。何にもしないから、ね。」

何にもしないって…嘘でしょ?

「ま、いいから」
枕をポンポンと叩く姿に、しょうがない人ね…と、一緒のベッドに入る。

…寝せてくれるわけないわよね…。
ベッドに入ったとたんに抱き締められた。

 

 

 


11

 

 

 


街の雑踏の中

ジョーとトモエが腕を組んで歩いている。
とても似合っている。
幸せそう。

これでいいんだ…。
納得している自分がいた。

ジョーとトモエが雑踏の中に消えていく。

物凄いざわめきが襲ってくる。

…この街は普通じゃない…。
耳を塞いでも入ってくる「情報」
もう、やめて!!これ以上私を苦しめないで…。

助けて!!

見慣れた…でも自分の部屋じゃない天井が見えた。

ぼんやりと考える。

…夢…。


暖かいものに守られていたのに、あんな夢を見てしまった。

左側を向くとまだ寝ているジョーの顔が見える。

寝顔はとても幼い。
少年のように見える。

「朝御飯作らないと」
ジョーの腕から抜けようとした時、腕を掴まれた。

「起きてたの?」

ジョーはまだ横になったまま、ニコリと笑う。

「おはよ」
元の体制に戻され、キスをする。


幸せだ…そう思う。


こんなにあなたの気持ちが溢れているのに、何故不安になるんだろう。
有頂天になれない自分がいるのは何故だろう…。


ようやくジョーから開放され、キッチンへ向かうフランソワーズ。

トモエが先に起きていた。

「おはようございます」
「おはよう…早いわね」

トモエがフランソワーズに向き合う。

「今日父が帰ってくるので、お礼に朝御飯を作ろうかと。」

「そうなの…ありがとう」

「フランソワーズさん…フランソワーズさんは島村さんとどういう関係なの?」

「え…?」

トモエはストレートだと思う。
イエスかノーかしかないのだろう。
はっきり自分の意見を言い、なんのためらいもなく…こんな質問をぶつけてくる。

もし今「恋人よ」と答えたら、トモエは諦めるのだろうか?

私にはこんな質問…できない。
傷つきたくないから。


でも…。
関係?
私たちって…本当は何だろう。

恋人と思っているのは自分だけで、ジョーはただ身近にいる都合の良い女としか思っていないかもしれない。

彼からはっきりと言葉で言われた事がないから…自信がない…。

答えられずにいると、トモエはしびれを切らしたのか「今日島村さんに自分の気持ちを伝えようと思ってます」
と告げた。

自分の気持ち…。

フランソワーズは返事も出来ず、キッチンを後にする。

 

雑踏に消える2人の姿がふと浮かんだ。

トモエが作った朝食はどれも美味しそうだった。
母親がいないからか、普段から料理をしているようだ。

ちゃんと和食も作っている。
「旅館」に泊まった時に出た朝御飯と同じような…。

ジョーの胃袋を掴もうとしていると誰が見ても理解できた。

ジョーはトモエと一緒に、博士達を迎えに行った。
多分その時にトモエは「自分の気持ち」を伝えるのだろう。

淡々と家事をこなしていると、チャイムが鳴った。

 

コズミ博士が書類を手に立っていた。

「お使いお願い出来ぬかのぉ」

 

 


12

 

 

 

早い時間に出掛けたはずだった。

シブヤの研究室にコズミ博士から預かった書類を届ける。

研究員達は久しぶりのフランソワーズに感動し、なかなか帰してはくれない。
しかも今日は保護者のように着いてくる茶髪がいない。
これはチャンスと研究員達が話しかける。

気がつくと予定より時間がたっていた。

慌てて帰ろうとしたが、街はすでに人だらけだった。

意識しないようにと努力するが、色々な声を拾ってしまう。
早足で歩いていたら、ある声を拾ってしまった。

 

「島村さんはフランソワーズさんとどういう関係なんですか?」

え…?

辺りを見回したら、とあるカフェのテラス席にジョーとトモエが座っていた。

シブヤだったのね。

そういえば女子高生が大好きなファッションビルがあるって聞いたことがあるわ…。

ジョーはあの…濃紺のシャツを着ていた。七分袖を捲っている。
ミニスカートがよく似合うトモエと比較すると、少し年上の落ち着いた感じに見えた。
まるで絵を見ているかのような風景。

どこから見てもカップルにしか見えない。


ジョーの答を聞きたかったが、他の音で聞こえなくなった。

私…何をしているの???

フランソワーズは慌ててその場を去る。

電車とバスを乗り継いで、ようやくギルモア邸の近くにたどり着く。

バスから降りると雨が降ってきた。

電車でも沢山の声を拾ってしまい、もうクタクタだった。


段々雨は強くなるが、濡れるのを構わずに歩き続けた。


ジョーはあの時何と答えたのだろう?

1番聞きたい…
でも1番聞くのが怖い答え…。


びしょびしょだった。
涙も出てきた。
疲れたのと寂しいのと何だかよくわからなくなっていた。

ふと雨がやんだ。

振り返るとジョーが傘をさして立っていた。

 

「ずぶ濡れじゃないか!!何してるんだ!!風邪でもひいたら!!」

「…もう、いいわ」

「…何が?」

「あなたにとって私は何?」

「…何…言ってるんだ?」

「あなたは私に何も言ってくれないわ、だからいつも不安なのよ!!」

トモエと腕を組んで歩いている後ろ姿が浮かぶ。

「言葉に出さなければわからないのか?」

ジョーは怒っているようだったが、そんな事はどうでもよかった。

「わからないわよ!!」

「じゃあ何て言えばいいんだ?愛してる…とでも言えば安心なのか?」

「そんな言い方ないじゃない!!」

「だって言葉に出さなければわからないって言うからさ!!」

雨の中、一つの傘の中で、喧嘩している2人。

雨脚も段々強くなり、2人はびしょ濡れになりながら、喧嘩していた。

これだったのかもしれない…。
嫌われたくなかったかったから、彼に私の本音を話した事はなかったのかもしれない。

トモエみたいに本心をすぐ言葉に出せるのが羨ましかったのかもしれない。


ジョーの溢れるほどの想いは嬉しいほど感じている。

でも…。
時々こうやって本音を語り合わなきゃダメなんだと考えた。

 


雨は降り続いていた。

 

 

 

13

 

 

 


ギルモア博士と早坂博士が帰国した。

トモエとのデートも博士たちを迎えに行くまでの暇潰しだった。

シブヤを選んだのはトモエだった。
シブヤはコズミ博士の研究室があるからよく行くが、こんな街中は車で素通りする位だ。


手術を決心してくれたら…。
研究室に寄った帰りにでも一緒にコーヒー位は飲めるのになぁ…なんてぼんやり考えていた。


「島村さん!!」
トモエに呼ばれ驚く。


「何考え事してるんですか?」
「いや…博士達、今どこにいるかな~って」


「ウソ!フランソワーズさんの事考えていたんでしょ?」


図星だ…。
女子高生…侮れん。


「島村さんとフランソワーズさんってどういう関係なんですか?」
トモエは朝フランソワーズにした質問をぶつける。

キョトンとしていたジョーだが、ふっと笑うと

「自分の命を引き換えにしても守りたい…大切な人…かな?」


トモエはハッとする。
ここに自分の入り込める隙間なんてないのだと。


「…私、勉強頑張って博士号を取って、お父さんの研究室を継ぎます。それまで待っていてくれますか?」

「何を待つの?」

「一人前の女になって、島村さんにもう一度アタックします!!」


「楽しみに待っているよ」


「もう、子供扱いはやめてください!!」


その後2人は空港に博士たちを迎えに行った。

ダイジンの店で夕食を食べることになっていたので、博士たちとトモエを降ろす。
先に店にいたコズミ博士から、フランソワーズを使いに出した話を聞き、ジョーは一旦戻り歩いてフランソワーズを探していたのだった。


「みんながダイジンの店で待っているから、とりあえずシャワーを浴びよう。」


「行きたくないわ」

「どうして!!」

「とても疲れたの、あなただけでも行ってきて」


ジョーは黙ってフランソワーズの手を握り、家に向かって歩き出す。
もう傘をさすのをあきらめたようだ。
濃紺のシャツが濡れている。

もう、何もかも疲れたの。
私は心まで普通じゃないのかしら?

 

 

 


14

 

 

 

 

家に誰もいないからか、ジョーは物怖じせずシャワー室へフランソワーズを連れていく。

2人でシャワーを浴びるのは初めてじゃないけれど、どうも今は穏やかな感じではない。


まだ怒っているようで、無言のままシャワー室に入り、身体と髪を洗ってくれた。


いつもは優しいジョーが、ぶっきらぼうに洗ってくれる様子が、過去の思い出とリンクした。


子供の頃、近所の男の子たちとよく喧嘩をしていた。
友達に意地悪をしたりしたガキ大将相手に喧嘩した。

泥だらけで帰ってくると、兄が怒りながら身体や髪を洗ってくれた。

「お前は女の子なんだから、男の子と喧嘩なんてするものじゃないんだ!!」

涙がこぼれる

「…兄さん…」

思わず呟いた。

 

シャワーを浴び、着替えをし、
ジョーはフランソワーズに暖かいココアを入れる。

夏とはいえ、どしゃ降りの雨に長時間さらされた体にはとても優しく、そして暖かかった。

流れる涙も拭うことを忘れ、ココアを飲んでいた。


ジョーはフランソワーズから離れた所で携帯を取り出すと、何処かに電話しているようだ。

「…だったら、ボクが行ったのに、彼女今、神経が高ぶっていて、いつも以上に余計な音を拾っちゃうんですよ。少し休ませますから、そっちは始めて下さい。」

コズミ博士に電話をしているようだ。

ジョーに責められて「悪かったのぉ」とシュンとしているコズミ博士の姿が浮かぶ。

 

部屋に行き、ベッドに横になる。

「もう大丈夫だから、あなたはダイジンの店に行って。」

「テイクアウト頼んであるから」

「久しぶりに博士が帰ってきたのよ、早坂博士だってあなたと議論したいでしょ?トモエさんだって…」

キスをされ、言葉を封じられる。


「少し眠った方がいい、側にいるから」
そう言うとフランソワーズの手を握った。


握った手の暖かさと、疲れからか、すぐ眠りに落ちた。

 

 

 

15

 

 

 

気が付くと、パリにいた。

懐かしい風景。

あの角を曲がると、私と兄が住んでいたアパートがある。

階段を駆け上がる。


まだ住んでいるのかしら?
はやる気持ちを押さえながら、恐る恐る呼び出すと…。


「はい?…う、うわっ!!フランソワーズ!!」

兄が驚く。


何年戻らなかっただろうか。
兄は驚いていたが、ハグをして出迎えてくれた。


部屋に入るとあの日のままの風景に涙が出た。


バレエに明け暮れていたあの頃、何もかもが楽しかった。

「兄さん…あのね」
言いかけた時

「何も言うな…帰ってきてくれただけで嬉しい。」
兄は何かを知っているようだった。


「アイツ、いい奴じゃないか…」

え?
何故?知っているの?


「頼りない所も沢山あるが、お前の事を一番に考えてくれている…。」


「兄さん!!何故?」

「今度アイツも連れてこい、一緒に飲みたい。」


どうして?兄さん、何で知っているの?

え…。

また夢なの?

 


部屋には誰もいなかった。

久しぶりの兄の感触をしばらくぼうっと思い出していた。

何故あんな夢を?

ふっと我にかえる。
「ジョー、出掛けたのかしら?」

ジョーに胸の内をぶちまけた事と、眠ったからか気分はすっきりしている。

 

部屋を出て、リビングに向かう。

リビングは明かりがついている。

「あ、目が覚めた?」

ジョーが何かをしている。
テーブルの上には…ダイジンの手作り中華。

「ジェットが届けてくれたんだ、キミの事が心配で帰れないらしい。」

あのぶっきらぼうなアメリカ人が。
そう思うと可笑しくなる。

「ごめんなさい、迷惑かけて…もう大丈夫だから。」

「誰も迷惑なんて思っていないさ。ボクだってキミがワガママを言ってくれた事、本音をぶつけてきた事を嬉しいと思っているんだから」

思い出すと恥ずかしい。
あなたにあんなこと言えるなんて…。

 

「ごめん、キミの不安に気づかなくって…」

「…え?」

「言葉に出さなくても想いは伝わっていると思っていた…何と言うか…そのぉ…」
ジョーが頭を掻く
「照れくさいんだよね」


フランソワーズはクスッと笑う。
ジョーはいつもまっすぐ見ていてくれていたのに…。
気づかなかったのは自分の方だと。


フランソワーズはジョーと向かい合う。

「私…手術受けてみるわ」

ジョーが目を細める。

「いいのか?」

「ええ…手術したら、バレエを始めてもいい?」

「いいんじゃない?」

「パリに帰ってもいい?」

ジョーはちょっと不安な目をした。

「兄を探すだけよ。」

ジョーはうつむいて少し笑う。

「そうだね…お兄さん、見つかるといいね」

「見つけたら、あなたを紹介するわ、兄は空軍のパイロットだから覚悟しておいてね!!」

「…2、3発殴られる覚悟で会わないと。」

「あなたと兄、きっと気が合うはずだわ!!」

「何故わかるの?」

「だって…私の大好きな人達ですもの」
うつむいたフランソワーズが可愛くて、ジョーは思わず抱き締めた。


焦らないで少しづつ、私の「普通」を増やしていこう。


「ありがと」


ありったけの思いを込めてジョーにキスをした。

 

 

 

 

2015.7.16~ 7.30

 

 

 

 

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