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リベンジ

 

 

 

 

 

 

 

 

都心の深夜

人気のない高層ビルの屋上に、突然3つの物体が現れた。

スマートに着地する。

一人は短めのダッフルコート、もう一人は革のハーフコート、最後の一人はライダースジャケットを着ている。

「何階かわかる?」ダッフルコートが口を開く。
「アイツがいね~とわかんねぇな」ライダースジャケットが舌を鳴らす。
「手当たり次第か…地下の可能性が強いな…」革のハーフコートが静かに話す。


3人で顔を見合わせ頷き、コートを脱ぎ捨てる。

コートを脱いだらみな同じ格好だった。
ダッフルコートを着ていた男が消えた。




話は3日前に遡る。


コズミ博士の生化学研究所の駐車場で、車に乗ろうとしたジョーの携帯が鳴る。

アルベルトからだった。

「どうしたの?」

「今、成田なんだが…」

「え?」


ジョーは慌てて成田空港に向かう。

「急がせて悪かったな…」

「どうしたの?」

「意味もなく来たら悪いのか?」

「いや、そうじゃないけど、何の連絡もなく来日するなんて…アルベルトらしくないなぁって」

「らしくない…か」
アルベルトはふっと笑う。


「今、誰が帰ってきてるんだ?」

「ピュンマは帰省中、ジェットは来ているけど、いるようないないような…」

「今回はどの辺だ?」

「冬の湘南で陸サーファー」
ジョーが手を上げ「お手上げ」をする。

「アイツもよくやるよ…」

ギルモア邸に着くと誰もいないように静まり返っていた。

「誰もいないのか?」

「博士は研究室、イワンは睡眠中、フランソワーズは…そろそろ帰ってくる頃だと思うけど?」


陽が陰ってきた。

ジョーは慣れた手つきで、テラスに干してある洗濯物を取り込んでいる。


物干しを片付けている時、玄関のチャイムが鳴る。

「フランソワーズが帰ってきたかな?」

ジョーが玄関に向かう。

それから間もなく

「どうしたんだ?!フランソワーズ?!」
ジョーの叫び声がした。

ただ事ではないと、アルベルトも玄関に向かう。


そこにいたのは…。

警官に連れられ、服が血だらけな、青白い顔をしたフランソワーズだった。

 

フランソワーズはジョーの顔を見た途端、力が抜けたらしく、崩れるように倒れた。

咄嗟にジョーがフランソワーズを抱き止め、そのまま研究室に向かった。

「いったい何があったんですか…」
アルベルトは警官から事情を聞くことにした。


ジョーは博士にフランソワーズを診てもらう。

「何事じゃ?」

ジョーの焦りぶりと、血だらけの服を着たフランソワーズに、ただ事ではないと感じたらしい。

「事情は今アルベルトが聞いています。」

「アルベルト?来ていたのか?」

「博士、フランソワーズに何処か異状は?」
若干呑気な博士に、急かすようにジョーは言う。

「どこも異状はないが…いったい何が?」



警官から事情を聞いたアルベルトが研究室に入る。

「おお、アルベルト来ていたのか。」

「博士、ただいま帰りました」
軽く握手をすると、ジョーを見て

「事件に巻き込まれたらしい」

「何?」
事件という言葉に、緊張が走る。

「電車内でいさかいがあり、女性が刺された。隣の車両に乗っていたフランソワーズが彼女のSOSを拾ってしまい、駆けつけたらしい。被害者の女性は、フランソワーズに抱えられながら息を引き取った…らしい。」


「…その血は…被害者の女性の物なのか…」 

「…だろうな…」

自分達は戦場で、何度も命が無くなる瞬間を見てきた。
それがどんなに辛いことか…。

それが普通の生活で起こってしまった。

「ジョー、フランソワーズの精神状態をしばらく気を付けてくれ。」

博士も解っていた。

ジョーは眠っているフランソワーズの髪を撫でた。


「誰もいね~のか???」

ジェットが研究室に入ってきた。

「お、オッサン来てたのか?それよりも駅がスゲー事になってたぜ、殺人事件だって…お、オイッ!!フランソワーズどうしたんだよ!!」

「…やっと黙ったか」
アルベルトが静かに言う。

「…その殺人事件に巻き込まれたんだよ」
ジョーも静かに言う。

「なななななにぃぃぃ~?!」

「静かにせんか」
博士も静かに言う。

「…悪りぃ」


「今は麻酔がかかっているから、話は目を覚ましてからにしよう。」

ジョーはフランソワーズを抱き抱えると「部屋で寝せてやるよ」と言い研究室を去った。

「…何が起こってるんだ?」
顔が?マークのジェットに、アルベルトは警官から聞いた話を再び話す。

ジョーはパソコンで、今日起こった殺人事件の記事を読んでいた。



電車内の些細な言い争い。
回りにいた人達は、自分は関わりたくないと、無関心を装っていた。

見ていられなかったのだろう、正義感のある一人の女性が ケンカを止めに入ったが、言い争いをしていた男に刺された…という。

フランソワーズがその車両に乗っていたら…。

間違いなくその女性と同じ行動を取っていただろう。


「…ジョー…」

フランソワーズが目を覚ました。



ジョーはパソコンをシャットダウンすると、ベッドに向かう。

フランソワーズは震えていた。

「私…あの人を助けられなかった…」

「…もう、考えるな…」

ジョーはフランソワーズを抱き締める。

「あの人…助けて…って…最後まで言っていた…」



涙が流れ落ちる。



助けられなかった無念さ、憤り、目の前でひとつの命が消えてしまった。



ジョーにはただ抱き締める事しか出来なかった。
自分がそばにいるから…と強く抱き締めた。
ジョーの胸でフランソワーズは泣いていた。


泣いても亡くなった人は戻っては来ないのに…。

慣れることはない、慣れたくもない、もうこんな無念は終わりにしたいのに…。

時間が経ち、記憶が薄くなっていくまでこの辛さを背負わなければならない。

ジョーはフランソワーズの涙を指で払う。



「人より優れた耳を持っていたって…命を救う事は出来なかった…ただその場に駆けつける事しか出来なかった…どうせこんな身体にされたのなら…」

「…フランソワーズ」
ジョーは若干非難まじりに名前を呼んだ。



「だって、そうでしょ?人より耳が聞こえるだけ、目が見えるだけで一体何が出来ると言うのよ‼︎」



ジョーはフランソワーズを強く抱きしめる
「もういいから…落ち着いて…」


自分達だって心は並の人間だ。
気持ちが高ぶってしまうのも無理はない。



フランソワーズが眠るまでジョーは側から離れようとしなかった。

「あなたは何も悪くないわ…」



その女性は、にっこり笑い、アルベルトの側に腰掛けた。

「自分を責めたって時間は戻らないのよ…それよりもあなたが私の分まで生きてくれること…生きていてよかったと思ってくれることが、私にとって一番嬉しい事よ…」

女性はアルベルトの手を握る。

「いつも側にいるから…」

握った手が消えていく…。


「ヒルダ!!」



…。

 



アルベルトはベッドから起き上がる。
…夢か…。

やはり気持ちが高ぶっている。
この時期はいつもそうだ。
自責の念で苦しめられる。

…ヒルダ…。
お前が俺を許してくれるのなら…。
お前がいつも側にいると感じられるなら…。



ふっと息を吐く。



…それどころじゃないな、フランソワーズはどうしただろうか…。



リビングは誰もいなかった。
いつもならフランソワーズが朝食を作っている時間だが…。

「何か作るか」

アルベルトは、パンケーキとオムレツを作る。

作り終えた頃に、ジョーがリビングに入ってきた。

「おはよう」
憔悴しきった顔は、物凄い敵と戦った後のようだ。


「寝てないだろう?」

「…うん」

「フランソワーズはどうした?」

「寝てる」

「そうか…、パンケーキ食べるか?」

「もらうよ」

ジョーがテレビをつけ、ソファーに腰掛ける。

アルベルトは、コーヒー豆を挽き、コーヒーを入れる。

テレビは昨日のニュースを流している。




『昨夜◯◯線での殺人事件の容疑者が護送中逃走、近くのビルの屋上から飛び降り死亡しました。

容疑者を目撃した人の話では、容疑者は「怪物が襲ってくる」と逃げ回っていたとの事で、警察が詳しく調べています。』

 



「アルベルト!!」

ジョーがキッチンにいるアルベルトを呼ぶ。

「聞こえた!!何だ?怪物って」




その時…。




「キャー!!」

フランソワーズの叫び声がした。

「フランソワーズ?!」

ジョーは、自分の部屋に戻る。



フランソワーズが壁を指差し「怪物が襲ってくる!!」と叫ぶ。
ジョーが押さえつけても物凄い力で跳ね返す。
興奮して回りが見えていない。


「ごめん!!」



ジョーは一言言うと、フランソワーズの鳩尾に一発入れた。

気を失ったフランソワーズを抱き抱える。

廊下にいたアルベルトに
「こっちも怪物だ…」と言い、研究所にフランソワーズを運ぶ。


「何が起こっているんだ…」
アルベルトも研究所に向かった。

 

地下の研究室。




騒ぎにジェットも起きてきた。

「怪物って何なんだ?」
今流れを聞いたジェットが首を傾げる。



「…わからない、昨日の殺人事件の容疑者も怪物が襲ってくると言い、自殺したらしい…」
ジョーがパソコンの画面を睨みながら話す。

「…と、なると、フランソワーズはヤバくねぇか?」

「何がだ?」
アルベルトが静かに問う。



「容疑者は自殺したってんだろ?その怪物が見えると、自分の精神までコントロールされてしまうんじゃねーのか?」

「…多分ね…何を言っても聞いてなかった…見えてなかった…といった方が正解かな…」
フランソワーズの異常を目の当たりにしたジョーがキーを打ちながら話続ける。



「博士がフランソワーズを調べたけれど、何も異常がなかったらしい。何かのきっかけで怪物が見えるのか…共通点は…」

「昨日の殺人事件の現場に居合わせた人達?」



「…だな…」

ジェットのあとにアルベルトが続ける。

 


「フランソワーズもこのまま寝せておくわけにいかねぇだろ?どうするんだ?その怪物が出てくるとジョーにも制止出来ないんだろ?」

「何がきっかけで見えるか…だな…」




「…え…?!」


ジョーがパソコンの画面を見て声を上げた。

「どうした?!」



「怪物が襲ってくると言いながら車にはねられたり、ホームから落下したり…ビルから飛び降りたり…そんな事件がこの3時間ほどで続発している…」



「昨日の車両内にいた人達だな…」

「それと、殺された女の人の周辺の洗いだしだ!!」



ジェットとアルベルトは立ち上がる。



「待てよ、僕も行く!!」



「そんな寝起きみたいな顔、連れて行けるか!!お前はフランソワーズを見張ってろ!!」
アルベルトが一見冷たく言う。



ジョーはふぅと息をはき、「わかりましたよ」とのんびりと呟いた。

研究所のベッドに眠っているフランソワーズの脇に椅子を持ってきて腰掛ける。



流れる髪を手で掬う。
はらはらと零れ落ちる。



規則正しい呼吸が聞こえる。
唇が少し開いている。



ジョーは椅子から立ち、身を屈めてその唇にキスをする。



キミがこの悪夢から脱出できますように…。
早く帰っておいで…。



暫く眠っているフランソワーズを眺めていたジョーだったが、昨晩寝ていないこともあり、いつの間にかベッドサイドにうつ伏せになり寝てしまった。
 



フランソワーズは目を覚ます。



身体を動かすと、ベッドサイドで寝ている人がいた。
全く気にすることなく立ち上がると、スリッパのまま歩き出す。
自分の意思で歩いているようには見えなかった。



研究所のドアを開けると、そのまま歩いて出ていった。




アルベルトとジェットは、駅で聞き込みをしていた。
被害者の女性に恋人がいたことがわかった。
駅員が事件後、被害者の女性の携帯電話から恋人の連絡先がわかったので、電話をかけたのだという。


どこから向かったのか解らなかったが、通話を切るとすぐに駆けつけてきたという。

その後その男は事件現場を見せてくれと申し出、警察の制止も聞かずに事件車両に入り、シートや床に手を翳していた…という。

 

駅員もその光景は異様だった…と。




「何をしていたんだ?」
「さあな…」

アルベルトとジェットは、駅を離れる。



「とりあえず研究所に戻ってその男を調べようや…」
アルベルトが車に乗ろうとした時、ジョーから脳波通信が入った。



''フランソワーズがいなくなった!!''




な…に?
 

研究所には、有事の時に作戦会議をする会議室がある。



最近は揃って話し合いをする機会はなかった。

10人座れる円卓に、3人が座る。



盛大に落ち込んでいるジョーと、ペンを回しているジェット、静かにパソコンを見ているアルベルト。



「ったく、お前が着いていながら、簡単に誘拐されるなんて…」
ジェットがジョーを非難する。

ジョーは黙ったままだった。

「起こった事は仕方ない。ジョーだって疲れていたんだそう責めるな。それよりも、被害者の女性の恋人の名前が解ったぞ」

2人は顔を上げ、アルベルトを見る。

「サトナカユウジ…大学生だ。」



「学生?」
ジェットが声を上げる。


「ジョー、お前に一仕事してもらわないといけないようだ…サトナカはお前の卒業した大学に通っている」



「え…?」
ジョーが初めて声を出した。



「フランソワーズの件も…そして怪物が襲ってくるという件も…そのサトナカが関わっているに違いない…そしてそのサトナカは、普通の人間には出来ないような事をやっている…かなり怪しい。」
 


「何か…秘密を持っている…って訳?」

「そうだ、だから明日、大学で調べて来て欲しい…。」



「…わかった」



「お前ならにこっと笑えば、女子大生達がいらねぇ情報まで教えてくれるぜ。フランソワーズには黙っていてやるから、楽しんでこいよ!!」
ジェットが元気つけるためにわざと茶化すが、ジョーはそれに反論する元気もない。

 


「何事もなければいいが…」
 

 

 




その夜。
眠れずにテラスで星を見るジョーの姿があった。

普通の状態なら…フランソワーズだってサイボーグだから、危険に晒される事もないだろうが…。

あの状態は何なのだろう。
アルベルトから聞いたサトナカの異様な行動…。

 



「寝ておいた方がいいぞ…」
アルベルトがテラスに来た。



「俺が何で突発的に日本に来たかわかるか?」
ジョーがアルベルトを見上げる。


その眼の頼りなさに彼のギャップを感じる。
身体は強いが心は人よりもナイーブだ。
守れなかった自責の念。


今のジョーはあの日の自分と同じだった。

 



「ドイツにいたくなくてね」



「…何故?」
ジョーが短く疑問を口にする。



「自責の念…って奴だ」



じっとアルベルトを見ているジョーに、薄く笑うと

「助けられなかった、守れなかった…1年に一度襲ってくるんだよ」



1年に一度で、ジョーもピンと来た。



アルベルトが大切にしていた恋人の事を…。
自分が運転した車の事故だったと聞いている。
それも罠だったのかもしれないが…。


隣に乗せていた恋人は亡くなった…と。



彼はサイボーグにされた上に恋人を失っている。
どれ程の地獄を味わったのかと…。
思うだけでも恐ろしかった。

 


「フランソワーズは俺達が必ず助ける。」

アルベルトが強く言う。



「アイツとはお前よりも長い付き合いだ。」



ジョーも薄く笑う。



「そうだよね…助けなきゃ。」



2人の真上に冬の星座が輝いていた。
 

 

 


 

大学のカフェテリア

女子大生に囲まれているジョー



後輩1人を呼び出した筈なのに…。
 


大学時代、女子大生に興味を示さないイケメンに、ホモ説まで出ていると、当時同じ大学に留学していたピュンマが笑いながら聞かせてくれた。

「きっと相手は僕だよ」と…。


…何だろう、その薄っぺらい情報は…。



まぁいい、こっちはそれどころではない。

 




「ねぇ、工学部にサトナカユウジって人いるかな?」



アルベルトの情報で、何となく工学部と睨んだのだが、これが違えば今度は何処に掛け合おうか…。
そんな事を考えながら、ザワザワしている女子大生達を黙って見ていた。

 


「サトナカねぇ…」心当たりがないらしい。
ふりだしに戻る…か。と次の案を考え始めようとした時、1人の女子大生が思い付いたらしい。



「ねぇ…キョウコの彼がサトナカって言うんじゃなかったっけ?」

「キョウコ?」

「この前電車で殺された子よ!!」



ビンゴ!! 



「サトナカが何処から通っているか解る?」



ジョーに詰め寄られ、ボッとする女子大生。



少し離れていた女子大生が「キョウコは都心から通っていたようよ、サトナカさんは変わり者で、皆から避けられていた…でもキョウコだけは彼が心配だと言っていたわ」
 


「キミ、知ってるの?」

「キョウコと友達だったから…サトナカさんには不思議な力があったとか…」



「…それは?」

「…超能力?みたいな感じらしいわ」



…超能力…。


…だとしたら、フランソワーズの異変は…。

 



催眠術。

 



「キョウコさんの住んでいた地域は解るかな?」

「ええ…。」

 



少し進展した。
 

「…ここは…?」



フランソワーズは、何も見えない真っ暗な所で眠らされていたようだった。



身体を起こすと、目を凝らす。
窓もない何もない空間。



誰もいないようだ。
裸足で術着のみの姿に戸惑う。
「こんな格好で…」


恥ずかしい。
誰もいないのにそんな事を考えた。



何故自分がこんなところにいるのか、記憶を辿ってみる。



最後の記憶は…。



ジョーに抱き締められた温もりだった。
急に孤独を感じる。


誰かが入って来た。
「目が覚めたようだね」

「あなたは…?」



一人の男が入ってきた。



「着いてきてもらおう」
自分が何者なのかも語る気はないらしい。



フランソワーズは黙って男の後を歩く。

気にはなっていた。



見えないし聞こえない。
ここは普通の場所ではない。
脳波通信も通じない。


無防備な格好も尚心細い。



「ジョー…助けて」



言葉は届かず虚しく消える。

 

 



別の部屋には4人いた。



「彼等に記憶はないかい?」
男がフランソワーズに問う。

「…わからないわ…」
見たことは…ない。



4人は男の顔を見ると怯えているようだ。


「俺はお前達を許すわけにはいかない…」
男はナイフを突き付ける。

「お前達を…殺す」




「…何故?何故私達を?」
フランソワーズがナイフを突き付けている男の前にはだかった。




「お前達がキョウコを殺したんだ!!」

「キョウコ…キョウコさんって…あの電車の?」

助けてと最後まで言っていたあのヒト。



「…あなたは…ユウジ…さん?」



フランソワーズの言葉に男は一瞬怯んだ。

10

キョウコの住んでいたアパートに、友人だったという女子大生と共に入れてもらう。



管理人には貸していた物を取りに来たと告げ、鍵を開けてもらう。

管理人は、もうすぐ家族がここを片付けに来ると言っていた。



部屋に入ると、まだキョウコは生きているかのような錯覚を起こす。
女の子の独り暮らしらしく、可愛らしい室内。



部屋の中を物色するのを躊躇っていたジョーに、女子大生は率先して手懸かりを探してくれた。



「サトナカさんが、復讐を考えているのなら、キョウコは喜ばないと思います。キョウコは無念のまま、一般生活に適応できなかったサトナカさんを気にしながら、天国に行ったんだと思います。だからせめてサトナカさんがこれ以上罪を重ねないようにしないと…」

見た目は地味な女の子だったが、しっかりとした物言いに、ジョーの中でも彼女の印象が変わっていった。

 


「ありがとう」
素直にお礼を言う。

 


「…あなたの彼女も…きっとあなたに助けてもらいたいと願っているはずです」
女子大生はジョーに笑いかける。

ジョーも笑顔を返す。
何だか元気が出てきたようだ。



悪いと思いながらも、キョウコの部屋で手懸かりを探す。

 



「…島村さん…これ…」

女子大生がメモを見つけた。



「…これは…」

 



メモには手書きで



◯△ビル
防音、妨害電波
超能力抑制
実験場
超科学研究所

 



…穏やかでない文字が並んでいた。
 

11

タイミングよくイワンが目を覚ます。


ジョーが掴んできたビルは、何かで遮られていて、イワンにもわからないという。



同じ超能力者なら、一番警戒しないといけないのはイワンだろう。

とりあえず3人をテレポーテーションで、そのビルに飛ばすことにする。

 



3人は防護服に着替える。
あまり着る機会がなかったが、袖を通すと「戦士」の顔になる。
目立たぬように上にコートを羽織り、イワンに向かって頷く。



「いくよ」 



3人の姿が一瞬で消えた。



イワンは一回深く呼吸をすると、「超科学研究所なんて怪しい組織、あり得ないよ!!」と悪態をつく。
 




ジョーはフランソワーズを必死に呼ぶ。
伝わるわけがない事くらい解っている。
でも呼ばずにはいられなかった。



地下室に辿り着く。
加速して思いっきりドアを蹴破る。




壊れたドアから見えた光景に息を飲んだ。
 

 

 

 

 

 

 

 


 

12

「ユウジ」という名に怯む男に、フランソワーズは構わず続ける。



「キョウコさんは最後まで貴方の名前を呼んでいたわ…」



超能力などあったって、何の役にも立たなかった。
大切な人を守ることすらできなかった。

 


「何故私達を殺さなければならないのかしら?」
内心震えるほどの恐怖だが、冷静に落ち着いて質問をする。



「お前達があの時キョウコの一番近くにいた。」



「近くにいたかも知れないけれど、私達はキョウコさんを殺してはいないわ…」



「知らん顔していたじゃないか!!無関心を装っていたじゃないか!!」



「…だから…みんな殺してしまうの?」
 


「俺の怒りを何処にぶつければいいんだ…キョウコは、キョウコだけは俺の事をわかってくれていたんだ…なのに…キョウコが居なくなったら俺はただの化け物じゃないか!!」



「化け物…」


フランソワーズの胸に深く突き刺さる。
人と違う、皆が気味悪がる…でも理解してくれる人がいた…。


でもその人はもういない…。

 




彼の気持ちも解らなくもなかったが、正しい事ではない。



「今ここで私達を殺したら、貴方の気持ちは晴れるのかしら?」



ユウジが動揺した。



「キョウコさんはそんな貴方を見て喜ぶのかしら…」




ナイフを持つ手が震えている。

普通の人間なら…この隙に形勢逆転なのだが…。



刺激を与えないように…。



「キョウコさんが貴方の唯一の理解者とさっき言っていたわね…。それだけ貴方を愛していた人だもの…今の貴方の行動に悲しんでいるに違いないわ…」



「…うるさい」



逆に刺激してしまったか…。
何とか隙を見てナイフを取ろうと動いた瞬間、右手に鈍い痛みを感じた。



刺された…!!



思うと同時に、部屋のドアを誰かが蹴破って入ってきた。

 

 

 

 

 

13

「フランソワーズ!!」


入ってきたのはジョーだった。



「ジョー…」


来てくれた。助けに来てくれた。
でもまだやることがある…。

 



「この野郎!!」
ジョーがユウジに飛び掛かろうとしたのを、後から来たアルベルトが制す。



「ジョー!!お前まで鬼になってどうするんだ!!それよりもフランソワーズの怪我だろう?」



ジョーははっと我に返る。



フランソワーズに駆け寄ると、自分のマフラーで刺された腕を止血する。



「…ジョー、私は大丈夫だから…ちょっといい?」



フランソワーズが立ち上がる。
人を刺したことで動揺しているユウジの目の前に立つ。



「キョウコさんの最後を看取ったのは私なの。隣の車両に乗っていたんだけど、キョウコさんのSOSを拾ってしまったの…私も貴方と同じ『化け物』なのよ」



「キョウコさん、最後まで貴方の名前を呼んでいたわ。」



術着に裸足の格好で、右手には包帯がわりのジョーのマフラーをグルグル巻いている。



でも目は真っ直ぐにユウジを見据える。

 



「犯してしまった罪は償わなければならないから…その後は…キョウコさんの分まで生きてください。それがキョウコさんが最も喜ぶ事じゃないでしょうか…」

 



イワンがふわりと現れた


「派手に壊したね」
ジョーが蹴破ったドアに感心している。


「後これ、屋上に落ちてたから…残しておくと後で面倒でしょ?」

 



3人にコートを返す。


ジョーは自分のコートを受けとると、そっとフランソワーズの身体に掛ける。



フランソワーズがはっとする。

 




目の前でユウジはうずくまり泣いていた。



「手配しておいたから、もうすぐ警察が来るよ、この胡散臭い研究所も調べ上げたから」



フランソワーズはじっとユウジを見つめていた。




イワンは一度に4人をテレポーテーションでギルモア研究所に運んだ。
 

 

 

 

 

 



 

14

研究所、会議室。



「その超科学研究所っていったい何だったんだ?」
ジェットがイワンに問う。



「日本の企業が出資していたらしいよ、目的はツキナミだけど…」



「産業スパイか…」
アルベルトが挟む。



「日本ものんびりと他国に盗まれているだけかと思っていたけど、やるこたぁやってんだな」
スパイがゴロゴロいるアメリカに住むジェットが感心する。

「のんびりって…」
ジョーがジェットを睨む。



「いや、別にお前にケンカ売ってる訳じゃねぇけどよ、あんな都会のビルの地下にイワンでも中が解らなかった訳だろ?」
 


「フランソワーズも何も見えなかったって言ってた。」

「それだけの装備が日本のイチ企業に出来るのかね…」

 


「黒幕は警察に任せるとして…そのユウジって青年が超能力を持っているのを企業が知った。彼には超能力を抑える事が出来るとか何とか言って近づいたらしい。彼も望んでいた能力でなかったから、人並みになれるならと飛び付いた。でもそれをおかしいと思った人物がいた。」
 


「…キョウコ…か?」
アルベルトがイワンに聞く。



「そうだ、あの殺人事件は、起こるべきものだったんだ」



「え?じゃあ狙って刺されたのか?」
ジョーが愕然とする。

 


「通り魔的なものではなかった。初めから仕組まれたものだった。秘密を暴こうとキョウコが動き出したから…」
 


「…口封じ…か」
 

 


「なんだかよぉ、後味の悪い事件だったな。」
ジェットが伸びをしながら言う。

 



「とりあえず寝ない?」
ジョーが話を終わらせる。

 



時間は朝方。
夜中から動いていた。

「そうだな…急に眠くなった」

 


会議室を後にする。


皆は居室に戻る。




ジョーだけは研究所に残った。

15

研究所内のメディカルルームに入る。

ベッドサイドにある計器を確認する。



「脈拍、血圧、心拍数…正常」

ホッとするかのように息を吐く。



ベッドで横になって眠っているフランソワーズ。
右手の傷は深かったが、2~3日安静にしていれは元に戻ると博士は言っていた。


気配を感じたのか、目を覚ました。




「おはよう」



ジョーは笑顔を向ける。



「全て正常に戻ったから、外すよ。」
 



フランソワーズの胸に手をやろうとしたら、「自分で出来るわ」と跳ね返された。



ジョーは苦笑いしつつ、計器を片付ける。
「手の怪我は2~3日安静にしていなければならないからね、思ったより深かったって。」



片付け終わるとベッドサイドの椅子に腰かける。




「助けに来てくれるって信じてた…」

「簡単に誘拐されちゃったからなぁ~。」
ジョーは照れ隠しのように頭を掻く。



「ありがとう」


「僕一人の力じゃないから、色々な人に助けてもらったから…」

「あの時…、あなたが掛けてくれたコートが一番心強かったわ。」



「本人が目の前にいたのに?」
コートかよ…とがっかりする。

 


「あの時、気が張っていたの、ユウジさんにそれは間違いだとわかってもらいたいって…ジョーがコートを掛けてくれた時、ふっと我に返ったわ。」

 


私は守られているんだ…と。
 



「いや…あの格好を僕以外に見せなくなかった…というか…」
ジョーがボソボソ何か言っている。



「格好?」



そうだ!!術着のままだったんだ!!




「ジョーのエッチ!!」
フランソワーズはボッと赤くなり、シーツを被る。



 


「ほら」ジョーは後ろ向きで服を投げる。

「何?」

「着替え」

「…もう」

ジョーが投げた服はパジャマだった。



「大丈夫よ、手を怪我しているだけなんだから、もう寝なくても…」



「2日安静!!」



後ろを向いたまま、メディカルルームを後にするジョー。



「照れてるのね」


パジャマを抱き締めニコッと笑う。
 

16

アルベルトはピアノを弾いていた。


「 ノクターン…ショパンね。」

フランソワーズがピアノの脇に座る。

まだ右手に包帯を巻いている。

「お前…起きていいのか?」

「過保護の主治医がいないすきよ」
舌を出す。



「アイツはアイツなりにお前を守れなかった事を後悔しているんだ。」


「ねぇ…続き聞きたいわ」

 



おっと、話を始めたら手が動いてなかった。

アルベルトは再び鍵盤に指を落とす。

フランソワーズは目を閉じてピアノの音色を聴いていた。

まるであの日のヒルダみたいだ…。



「私の言ったこと…間違っていたのかしら?」

「何が…だ?」

「キョウコさんが亡くなった事で、ユウジさんはは復讐鬼になった…でも復讐をしても亡くなった恋人が喜ぶのか…と思って…」

「…」

「あなたが亡くなった恋人の分まで生きる事、それが亡くなった恋人も一番安心するのでは…なんて綺麗事だったみたいね…」



「本当の所は…」

アルベルトの反応に、フランソワーズは顔を上げる。



「俺もよくわからない。亡くなった人間に聞くことは出来ないからな…」



「…そうね」



フランソワーズは窓の外を見る。
自分の胸で息を引き取ったキョウコを思い出していた。



最後の言葉は


「ユウジ…助けて」


だった。

 

 




「今日はアイツの命日でね」


アルベルトの告白にはっとするフランソワーズ。



「何となくドイツに居たくなくてつい日本に来ちまった訳だ。」



「そうだったの…」



「この曲はアイツが好きだったんだよ」

曲を続ける。
レクイエム…ではないけれど、届けばいい…と思いながら。



「ヒルダさんは幸せだわ」

「何故だ?」

「亡くなってもこんなに愛されている…」



アルベルトは無言でピアノを弾く。
 

 




リビングのドアが開く。



「フランソワーズ!!何しているんだ!!」
白衣を着たジョーが勢いよく入って来た。

「見つかっちゃった」
いらずらがバレた子供のような顔をする。


「全く!!動き回っていたらいつまでも治らないだろ?治す気あるの?」

ジョーのお小言など全く耳に入っていない様子で、アルベルトに向かい


「素敵なピアノありがとう。」

とにっこり笑う。

 


ジョーはフランソワーズの怪我をしていない方の手をしっかりと握り、リビングを後にした。
 




…その手を離すなよ…。




アルベルトは心で呟く。



「あなたらしいわね」



…空耳か…。




俺の事を許してくれるかどうかなんてわからない。


でも…フランソワーズの言った通り、自分が生きることがヒルダの喜びであるのなら…。
 


生きるのも…悪くないな…。



アルベルトは深呼吸をし、ピアノを離れた。




~おしまい~
 

​2016.2.18~3.4

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