
roots
1
「私はあなたたち2人の子孫なんです」
愛する人の子供を産む…。
それは女として素晴らしい事だけれど…。
私達は…。
コズミ博士の生化学研究所近くのカフェ。
ピュンマは店に入る前にジョーを見つけた。
いや、見つけるなどという言葉を使わずにしても目立っている。
ぼんやりと洋書を読んでいるが、活字を追っているようには見えない。
隣に置いてあるコーヒーは既に冷めている。
心ここにあらず…だな。
完全に「気を抜いている」
近くの席の女の子達が隠し撮りしている事すら気づいていないだろう。
…どこかに拡散されるぞ。
半分笑いながら近づく。
「悩める青年、まだあの事にこだわってるのかい?」
写真を撮っている女の子達も彼の心の中までは写せはしないだろう。
未来人にあなたの子孫と言われた人の気持ちが…。
未来なんてわからないから面白いんじゃないか…。
特に未来が約束できない自分達は、今日1日を大切に生きていたのに…。
「あ、ピュンマ。帰ろうか?」
僕たちはカフェを後にした。
2
ジェロニモは、研究所内の敷地で瞑想していた。
妙な「未来人」とやらが表れ、予定していたメンテナンスが遅れてしまった。
おまけにその「未来人」とやらが発した言葉が不穏な空気を残している。
…特に当事者…あの2人だ。
そんな物自然に任せればいいのだが、自分達には色々な「足枷」がある。
だから臆病になるし、悩む結果になる。
誰かが歩いて来た。
丈の長いワンピースにストールを掛けた姿に、妖精か?と思ってしまった。
「あら、こんな所にいたの?」
微笑むフランソワーズ。
まだ迷いが消えない顔をしている。
「散歩か?」
「お天気がいいから、隣…いい?」
フランソワーズはジェロニモの隣に腰かける。
「牧場はどう?」
ジェロニモはアリゾナに戻り、牧場を手伝っていた。
「順調だ」
「時間かかっちゃったけれど、大丈夫?」
生き物を飼育しているわけだから…。
「じいさんがいる、大丈夫だ」
「今度遊びに行きたいわ」
「ジョーと来るといい」
ジョー、という名が出たとたんハッとしたフランソワーズに、ジェロニモは静かに言った。
「…気にするな…」
「え?」
「未来人の戯言だ」
「…」
普通なら…普通に生きられるなら、こんなに素晴らしい話はない。
自分達にとっても希望だ。
人間らしく生きれる事の…。
「平和なら…」
フランソワーズが口を開く。
「もう戦争がないのなら、戦わなくていいのなら…子供は…欲しいわ」
そうだろう、イワンを抱いている姿を見れば解る。
「自分達がその後どうなるかわからないのに…子供を一人には…出来ない。」
彼がそうだったから…。
「それに…」
フランソワーズが何かをいい掛けたが、口をつぐんだ。
「それに…なんだ?」
「ううん…何にもない」
何だ…?
ジョーとピュンマが帰宅した。
ジェロニモも瞑想を終え帰宅した。
「ジェロニモ…いい?」
ジョーが研究室に呼ぶ。
まただ…。
フランソワーズと同じ目をしている。
こんな精神状態でメンテナンスが出来るのだろうか。
「明後日から入ろうと思うんだけど、牧場の方は大丈夫?」
「じいさんがいるから大丈夫だ…それよりもお前のメンテナンスが先じゃないのか?」
「え?」
ジョーはキョトンとした。
「心がここにないだろう?」
ジョーは開いていたファイルを閉じる。
「ジェロニモには隠せないね」
…いや、みんながわかっているだろ。
「ピン…と来ないんだ」
「何がだ?」
「自分に子供…なんてさ」
ジョーが深く溜め息をついた。
3
ジェロニモが居室に戻った後、研究室に一人になったジョーは、考えていた。
男はそういう事には疎いから、考えた事もなかった。
フランソワーズは理解していたのか…。
将来自分に子供が出来るとして、まず最初の疑問は「自分達に子供を作ることが出来るのか?」だった。
実際に「子孫」が現れたのだから、生殖機能は残っているのだ。
では何故生殖機能が残っているのか?
自分達は兵器として開発された訳で、そんな生殖機能など、兵器には必要ないわけではないのか?
じゃあ…何故?
研究所のコンピューター内に、隠されたようにひとつのファイルが存在していた。
タイトルは…unknown
開けてみると、英語で文章が書いてあった。
読んでいくうちに、気持ち悪くなっている自分が居た。
そして最後の文字に、吐き気を感じずにはいられなかった。
Experiment
「…実験…。」
4
夕飯の時間になっても研究室から居室に戻らないジョーを心配したフランソワーズが様子を見に行く。
後ろを向いたままのジョーに、忙しいから夕飯はいらないと言われる。
あの件以来、距離があるように思える。
あなたは…何を考えているの?
キッチンに戻り、サンドイッチを作り持って行く。
「何か食べないと、サンドイッチ作ったから…」
「ありがとう」
後ろを向いたまま…。
フランソワーズは静かに扉を閉める。
ジョーはショックを隠しきれず、フランソワーズの顔すら見れなかった。
深夜になり、リビングを覗いてみると、ジェットがアメリカンコメディを見ていた。
「ジェット…ちょっと話聞いてくれる?」
ソファーに横になり、長い足をもて余していたが、ジョーにテラスへと促され、テレビを消し、起き上がる。
「何だよ、こんな時間に」
「どうしても自分の中だけで整理がつかなくって…」
ジョーは一枚の出力紙をジェットに見せる。
タイトルは「reproductivefunction」
…生殖機能?…。
「…何だ…これは…」
ジェットは黙読した。
「ジョー…これは…」
最後の言葉にジェットも吐き気を感じたようだ。
「悪ぃ」
「僕も同じだったよ…」
「…フランソワーズは」
「…知らないと…思う。」
ジェットから出力紙を受けとると、目の前にあった灰皿に入れ、ライターで火を付けた。
…フランソワーズには見せられねぇよな…。
ジェットは表情がないジョーの顔を眺めていた。
「年齢から言えば…」
ジョーがぽつぽつ話し出す。
「家庭を持ったり子供を持ったり…そんな事を考える時期なのかもしれないけれど…。」
「俺達は、自分の身でいっぱいいっぱいだよな…」
珍しくジェットも思い詰めている。
「10代の頃は、自分を傷つけ、人を傷つける事で、生きている実感があったような気がする。」
ジェットは思う。
外見は穏やかに見えるこの男も、昔は自分と同じだったんだと。
「人の親になるなんて…ピンと来ないよね?」
「そうだな…お前も俺と同じだもんな…。ガキん頃は一人で生きてきた。家庭なんて自分には無縁だった。」
…だから、家庭には人一倍の憧れがあった…。
「全く、反則もいいところだ!!」
ジェットが立ち上がり、柵に向かって歩き出す。
手にはジョーが燃やした紙の燃えかす。
「未来どころか、過去にも翻弄されていやがる!!」
海に向かって燃えかすを投げるが、距離は届かず、砂浜に落ちた。
「僕らで実験をするつもりだったんだ…」
サイボーグの子供はどのような能力を持つか…。
隠されたファイルに書かれていた文面。
不自然に残された生体部分、見えない自分の将来、未来を告げた未来人。そして見つけてしまった実行しなかった恐ろしい実験の詳細。
心が…追いつけずにいた…。
5
コズミ博士からの使いを済ますと、駐車場に向かう途中、大きな公園内を歩く。
整列している銀杏の木は、紅葉を始めていた。
芝生で昼寝をする者
読書をする者
肩を並べて歩くカップル
音楽を聞きながら歩く者
目の前の液晶画面に囚われながら歩く者
どれも今のジョーには無駄な事に見えた。
ただ、足を前に出して歩いていた。
「エリコ、妊娠したんだって~!!」
「え~?どうするの?」
「大学辞めて産むって、あと1年なのに勿体ないよね~!!」
並んだ女子大生達の会話が耳に入る。
考えた事は…なかった。
賑やかな公園を抜け、駐車場にたどり着く。
学会でイギリスに行っていたギルモア博士を空港まで迎えに行く。
イギリスではグレートが着いてくれていた。飛行機に乗ったとメールが来ていた。
ギルモア博士は、研究所をジョーと時々帰ってくるピュンマに任せ、自分は学会で世界中を飛び歩いている。
やりたかった事だったのかもしれないが、自分達が「人として」暮らせるようにと、最善を尽くしてくれていた。
すぐ帰って学会の成果を纏めたいという博士を、ジョーは空港のラウンジに連れていく。
家に帰る前に聞きたいことがあった。
「博士、これは何ですか?」
席につき水を飲んでいる途中で、ジョーが自分のスマートフォンを博士の前に突きつける。
博士はタイトルだけで察したようだ。
「…昔の…話じゃ…」
博士の話では、捕らえられていた科学者の一人が残したデータだという。
「もう終わった事だ、実際実験など行われなかったし…それにフランソワーズは…」
博士はしまった!!という顔をする。
「フランソワーズが…どうかしたと言うのですか?」
ジョーが強く詰め寄った。
博士は深呼吸をした。
「お前には言わないでくれと言われていたんだが…。」
博士は話始めた。
6
朝早くジョーは出掛けてしまった。
ここ数日会話どころか顔すら合わせていないような気がする。
キッチンには、昨日ジョーに作ったサンドイッチの皿が洗われて置かれてあった。
未来に振り回されている私達。
…ジョーの子供。
頑固で泣き虫なのかしら…。
顔が綻んだのが自分でもわかった。
ピュンマ達にコーヒーでも入れようかと思った時、玄関から物凄い勢いでジョーが帰ってきた。
後ろから博士が「ジョー、落ち着け!!」と叫んでいる。
どうしたの?
「フランソワーズ!!こっち来い!!」
急に腕を掴まれた。
「痛い!!どうしたのよ!!」
数日間ろくに口も聞いてくれないかと思ったら今度は何?!!
目が怒っている。
それも今まで見たことのないような…。
怖い…。
ジョーは誰の制止も聞かずに、フランソワーズの腕を引っ張り、フランソワーズの部屋に入る。
ジョーがフランソワーズの腕を離すと、反動でベッドに叩きつけられた。
「痛い…何するのよ!!」
「子供が出来ないように薬を飲んでるって本当なのか?」
え…?
今、何を…?
「本当なのかって聞いてるんだ!!」
怒鳴られた。
「…ホントよ。」
ジョーが急に肩を落とす。
「何故!?」
「だって…急に戦いになったりしたらどうするの?女の体は男と違うのよ」
「それが自然な事なのか?キミがよく言う『人間らしさ』じゃないじゃないか…何故だ?何故…」
ジョーが苦しそうに言う。
「一人で…抱え込むんだ…」
だって…。
「これは私自身の問題だわ、あなたとこうなる前から飲んでいたわ。だから今更言われても…」
淡々と話すフランソワーズに、ジョーの怒りは収まらなかった。
「じゃあ僕は関係ないというのか?」
「そこまで話すことではないと思っていたわ。」
生き抜く為には女の部分は要らなかったから…。
「改造された私に、ちゃんとした子供が出来るかもわからなかったから…実験はされなかったけれど…」
「…今、何て言った?」
ジョーが静かに唸るように聞いてきた。
「え?」
聞き取れなかった。
「知っていたのか…」
耐えられなくなったジョーは、家を飛び出した。
7
ジョーの怒鳴り声に、ジェット、ジェロニモ、ピュンマが駆け付ける。
ジョーが飛び出した後、フランソワーズの部屋に入る。
フランソワーズはベッドに座り泣いていた。
「どうした?何があった!?」
ジェットがフランソワーズに駆け寄る。
「彼を責めないで…私が悪いの…」
ピュンマがジョーを追おうとした。
ジェロニモが制する。
「一人にしてやれ」
飛び出してはみたが、行き先もない。
…ここが自分の故郷なのに行き先がないなんてな…。
歩いていると、コズミ博士の家の前に来てしまった。
ギルモア博士の家が出来るまで、ここでお世話になっていた。
自分にとってはリスタートの場所だ。
そしてフランソワーズに恋をしたのもこの家だった。
コズミ博士が外に出てきた。
「どうしたんだね?」
いつもの温厚な笑顔だ。
「いえ…別に」
「ちょうどよかった、君に会わせたい人がいる、入りたまえ」
ジョーはコズミ博士に促され、コズミ邸に入る。
リビングに通されると、そこには初老の日本人女性が座っていた。
ジョーを見るなり、笑顔で立ち上がる。
「あなたね、島村くんでしょ?」
「…貴女は?」
「フランソワーズの主治医よ」
8
その女性は栗島といい、現在は婦人科医だという。
話を聞くとブラックゴーストに捕らえられていたと聞き、ジョーは暫く考える。
「日本人の科学者?」
「あなたには会ったことはなかったわね。」
温厚な雰囲気だが、目の奥には強い意志を感じられるような…。
パワフルなイメージを持った女性だ。
「フランソワーズが改造された直後から相談を受けていたわ。」
ジョーはもしやとあの事を聞いてみる。
「…実験…の話は…」
「実験?」
「…生殖機能に関する…」
ジョーが言いにくそうにボソッ言う。
「…あぁ、あれね。」
栗島博士はふーっと深く息を吐く。
「フランソワーズには早いうちに警告したわ」
「…ま、まさか、ブラックゴーストに捕らえられている時に…?」
「ええ、私達も逃げる計画を進めていた所だから、もう時間はないと思って、彼女に告げたわ」
…そんな事って…。
自分は過去の話だったのに、フランソワーズはリアルな話だったのか…。
「その時フランソワーズは?」
「自殺しようとしたわ…」
胸が急に苦しくなった。
「…あの時の彼女の気持ちを考えると…辛いわよね…」
栗島博士はジョーに頭を下げる。
「本当に…あなた達には…謝っても謝りきれない…」
そんな思いまでしていたのに…自分は…フランソワーズを責めた…。
「あなた達がブラックゴーストから逃げ出した後に、私も逃げることが出来たの、コズミ博士の所にフランソワーズがいることを知って、それから私が定期的に検診したり、話を聞いたりしていたわ。」
「薬は…貴女が?」
「ええ、私に出来ることはそれだけだったから…。その後は彼女の意思で薬を使っているわ。でも心配しないで、ちゃんと赤ちゃんは出来るから。ただ彼女は今は時期ではないと言っているだけだから。」
「時期ではない…」
「最近未来の人に、自分の子孫と言われた…と言っていたわ。」
「彼女は何と?」
「嬉しかったって言っていたわ」
嬉しい…?
「あなたとの子供を将来授かる事が出来るんだって…実はね、あなたと知り合ってから、彼女自分に子供を産むことは出来るのか…って、ブラックゴーストに捕らえられていた頃は女としての機能を全部停止してくれと言っていたのよ。」
ジョーは栗島博士の顔を見た。
「彼女は地獄の苦しみを体験したけれど、あなたと出会えた事で、人として人を愛することを思い出すことが出来たのね。」
人として人を愛する…。
「あなたは過去や未来にがんじがらめにされていて、今が見えなくなっているんじゃないのかしら?」
ジョーがハッとする。
最近フランソワーズの顔をまともに見ていなかったかもしれない。
「今、目に見えるものが全てだと…私は思いますが…どう?」
栗島博士は目の前の青年を見る。
ギルモア博士や、コズミ博士からは最強のサイボーグと聞いていた。
目の前にいるのは頼りなさげに肩を落としている青年だ。
チェックのシャツが、年齢より幼く感じられた。
精悍な顔立ちだが、どこか危なげな印象だ。
この青年をフランソワーズは愛している…。
「未来は未来、今、1日1日を大切に過ごすことが未来に繋がるわけだから…だから」
栗島博士はにっこりと笑う
「彼女を大切にして下さい。」
ジョーはソファーから立ち上がると
「ありがとうございました!!」
深々と頭を下げた。
「もし…あなた達に…」
栗島博士も立ち上がる
「赤ちゃんが授かったら、私に取り上げさせてね。」
ジョーは笑顔で頷いた。
9
ジョーとフランソワーズの間に何かあったと聞き、ダイジンが沢山テイクアウトを持ってきた。
ジョーは飛び出したっきり帰って来ない。
この分じゃ明日のジェロニモのメンテナンスも無理だろうと、代役のピュンマが博士の助手となることに決まった。
みんなは薄々わかっていた。
例の子孫問題だと言うことも。
デリケートな話なので、ここは黙っていることにした。
ジェットも…だ。
ダイジンは、フランソワーズに中華粥を作り部屋に運ぶ。
あれから部屋に閉じ籠っていた。
ダイジンは現場にいなかったが、あの穏やかなジョーが怒鳴っていた…と言うのだから、フランソワーズもショックが大きいだろう。
ジョーが意味もなく怒鳴る訳がないことくらいみな知っている。
帰って来たとしても誰も責めるつもりはなかった。
フランソワーズの部屋をノックする。
「はい」元気のない声が聞こえた。
「お粥作ったから、食べるアルよ」
「…ありがとう」
「元気出すアル、ジョー頭冷やして帰って来るアルから」
フランソワーズは涙を流しながら頷いた。
10
コズミ博士の家で、ご馳走になった。
生化学研究所の所長と、栗島博士と一緒に飲んだ。
ここ数日のモヤモヤが消えていくようだった。
まだフランソワーズに謝っていないから、完全に心は晴れてはいないが、まだみんなが起きている時間に帰るのは気が引けた。
コズミ博士に泊まっていくよう勧められたが、歩いて帰れると断った。
栗島博士は言葉を出さずに目で合図をする。
…わかってますって。
家に戻る道を歩いていると、満月が出ていた。
ぼんやりと眺めながら歩く。
自分の過去、現在、未来…。
どれをとっても穏やかではないかもしれないけれど…。
人として生活出来る時位は穏やかに生きたいと思う。
家に戻ると、もうリビングは暗かった。
フランソワーズの部屋は明るかった。
小石を拾いフランソワーズの部屋の窓に投げる。
コツン、と音がして、暫くするとフランソワーズが窓際に出てきた。
「…ジョー?」
俯いたまま、顔を上げようとしない。
フランソワーズはクスッと笑うと
「早く上がったら?」とだけ言った。
暫くして部屋を小さくノックする音がした。
ドアを開けると、ジョーが静かに入ってきた。
黙ったまま。
フランソワーズはベッドに腰をかける。
「…ごめんなさい」
謝ったのはフランソワーズの方だった。
「私一人の問題だと思っていたから…。」
ジョーはフランソワーズの脇に座るなり抱き締めた。
「…ジョー?」
「謝る言葉が見つからない…」
「え?」
言っている意味がわからない。
「キミを…傷つけた」
「そんなことは…」
「ごめん…なんて簡単な言葉では許されない」
「大丈夫よ!!私は全然傷ついていないから」
「過去や未来にばかり気をとられて…」
ジョーが顔を上げた。
久しぶりに見たような気がした。
「今が見えなくなっていた…」
フランソワーズは優しくジョーの頬を撫でた。
そして両手で頬を包み込み、キスをした。
11
走っちゃ危ないって!!
…ほら、言ったこっちゃない。
ジョーは目の前で転んでじっと動かない女の子の前に座る。
「痛くないもん!!」
女の子は目に一杯涙を溜めて起き上がる。
「痛くないもん!!」
全く、誰に似たのか強がってばかりだ。
膝小僧が擦りむいていた。
「ほら、家に戻って手当てしないと」
ジョーは女の子をおんぶする。
「お父さん…大好き」
背中で女の子が言う。
ジョーの心が暖かくなった。
「そんなに走らないで!!転ぶわよ!!」
あ…!
目の前の男の子がすてーんと転んだ。
「だから言ったのに…」
転んだ男の子の側に行き、手を差しのべる。
「うわ~ん!!ママ~!!」
男の子はフランソワーズの胸に飛び込んだ。
ホント、誰に似たのかしら?泣いてばかりで。
フランソワーズは微笑みながら男の子の頭を撫でた。
瞼を開けると、目の前に愛しい人の姿。
微笑んでいた。
手を伸ばす。
その手を捕まえる。
指と指を絡ませる。
繋ぐもの…。
未来に繋がるもの。
繋いだ手をかざす。
朝日が差し込んだ。
まるで2人の未来を祝福しているかのように…。
12
メンテナンスを終えたジェロニモが帰国する。
空港まで送ってくれたジョーとフランソワーズが並んでいる。
2人共迷いのない目をしていた。
もう大丈夫だな…。
ジェロニモは安心した。
「ここでいい、世話になった。」
「牧場、頑張って。」
「ああ、いつでも遊びに来てくれ」
ジョーとフランソワーズと別れたジェロニモ。
待合室のガラス越しに、今別れた2人が歩いているのが見えた。
手を繋いでいた。
それだけなのに何だか暖かい気持ちになった。
過酷な人生に翻弄されながらも、それでも2人で幸せになろうともがいている。
だからこそ、こんな些細な事でも嬉しいと思うのかもしれない。
過去や未来なんてそんなものどうだっていいんだ。
今、1日1日を大切に生きること。
それが未来に繋がって行くのだから…。
2人の姿を遠くで眺めながら、いつか来るかもしれない喜ばしい未来を願わずにはいられなかった。
~おしまい~
2015.10.31~11.11