top of page

search long version

1

フランソワーズは戸締りをしていた。
コズミ博士の研究員達の飲み会に参加していたジョーは、きっと朝帰りだろう。と思っていた。

最終電車が到着する時間と、その後ここに辿り着く時間を考えると、もう帰っては来れない。

普段はギルモア博士の助手をしながら、生体工学のコヤナギ博士の研究所にも勉強しながら非常勤で働いている。その上イワンの窓口代わりではあるが、コズミ博士の研究所も非常勤で通っていた。

コズミ博士の研究所で新薬が開発され、そのお祝いの飲み会に誘われた。
所員達とも親しくなり、忙しいながらも充実した日々を送っているジョーを、フランソワーズは嬉しく思っていた。
ようやく「人」として暮らせている自分達をジョーに重ねていた。

「このままじゃ、明日の買い出しはジェットに頼まなければならないわね」
明日は休みと言っていたけれど、この分じゃ一日中寝ている事になりそうだ。

コズミ博士の研究所の新薬開発で、ジョーも缶詰めになっていたから、たまには息抜きもいいかもしれない。
そんな事を思いながら、戸締りを済まし、自室に向かおうとしていた時に、頭の中に声が聞こえた。

〝フランソワーズ、助けて〟

2

「終電出ちゃうからこの辺で」

「いいよな〜、帰っても美人の奥さんが待ってるんだもんな〜、俺なんか般若みたいに怒ってる女房しか待ってないもんな〜」

「奥さんって…結婚してませんから」

「いい加減ケジメつけろって!うかうかしていると誰かに取られちゃうぞ!」

「はいはい、わかりました。じゃあここで」

ジョーは、酔った研究員を適当にあしらい、駅に向かう。

「終電間に合うかなぁ」
明日買い出しを頼まれていたから、早めに帰らないと。そう考えていたが、祝い事の飲み会で、その上みんな達成感に包まれていて、なかなか席を外せなかった。

明日は久しぶりの休みだ。
買い出しだけではなく、どこか連れて行ってあげようかと、旅好きな研究員から情報も聞き出した。

「明日、晴れるといいな」
空を見上げると、都会の明かりの中に星がポツポツ出ている。

ふと人通りの途絶える道路に入る。
駅に行くにはこっちが近道だ。

次の瞬間
いきなり後ろから頭を殴られた。

「‼︎」

何が起こったのかわからず、振り返る。

頭を殴った何者かが、ジョーの耳元で呟いた。



鈍い音と焼けるような脇腹の痛み。


その場で崩れるように気を失った。

 

3


フランソワーズは確かに聞いた。

眠っていたジェットを起こす。

「ジェット、起きて!ジョーが‼︎」

「は?何だよ」

「今、脳波通信で助けてって…」

「どこにいるんだ⁈」

「コズミ博士の研究所の飲み会だからシブヤだと思う」

「距離があるな…その後ジョーからは?」

「呼びかけても答えがないの…どうしよう…」
フランソワーズは今にも泣きそうに震えている。

「しっかりしろ!お前がしっかりしてなきゃ、誰がジョーを探せるんだ!今すぐ着替えろ!シブヤに向かうぞ」
「着替え…って」
「赤いのに決まってるだろ?」

フランソワーズは慌てながら着替えを済ます。

外には赤い服に着替えたジェットが待っていた。

「しっかり掴まっていろよ」

ジェットはフランソワーズを抱くと、ジェット噴射した。

 

4

目が覚めた。

「…ここは…」
身体を少し動かしただけで激痛が走る。

完全に油断していた。
不意打ちだった。
何より恐ろしいのは、自分の正体を知っている人間に襲われた事だ。

ここにいては誰かに気づかれるかもしれない。
激痛に耐えながらも、少しづつ移動する。
立ち上がる事も出来ない。

誰も来ないような路地裏なら知っている。

昔の記憶がこんな時に役に立つとは…。
痛みを堪えながら自嘲気味に笑う。

これじゃあ昔の自分と同じじゃないか。
身を潜めてこんな大都会の汚ない所で蹲る。

人間らしく生きられると思ったらいつもこれだ。

どうせこんな身体にされたのなら、痛みも感じなくして欲しかった。
…痛みを感じなくなったら、恐怖もなくなったのだろうか。

右手を刺されただろう脇腹に当ててみた。
真っ赤になった。
「血…か」
こんな身体にされても血が出るのかと可笑しくなる。
もっともこの血は「つくりもの」だ。

「あ~あっ、このシャツ気に入ってたのにな…」

血で汚れたシャツを見下ろす。

こんな姿人に見つかったら、即救急車だ。
それより…まだ生きている事を不思議がるだろう。

「大惨事…だな」

何故息の根を止めなかったのだろう。
何の為に襲ったのだろう。
正体を知っていた…。
「あの」組織の残党なのか…。

ジョーは冷たい壁にもたれかかるように蹲った。

5

真夜中の大都会

ジェットはフランソワーズをビルの屋上に降ろす。

「ここから探せるか?」

「やってみるわ」

フランソワーズが全神経を集中させる。

暫く動かずにいたが、突然息を吐く。

「何なの⁈この街は‼︎」

「落ち着け‼︎」

「真夜中なのに誰も休もうと思っていないみたい、異常だわ」
見つけられない焦りもあった。

「大丈夫だ、お前ならジョーを探せる。ジョーがお前に助けを求めてきたんだろ?」

脳波通信は2人共飽きるほど送った。
携帯も不通だ。


フランソワーズは深呼吸をした。
全神経を研ぎ澄まし、愛しい人の姿を探す。

「私が必ず見つけるから」

あらゆる細い路地を索敵する。
膨大な数の路地だ。
中には見たくないような深夜の光景が広がっていた。
ここは都会の闇なのかもしれない。

こんな闇の中で、連絡が取れない状況になっているジョーを早く助け出したかった。

ある路地の突き当たりにさしかかると、フランソワーズの身体がビクッと反応した。


「見つかったか?どこだ?…フランソワーズ‼︎」

フランソワーズはショックでぼうっとしていた。

「しっかりしろ!助けなきゃいけないだろう?」

「…ごめんなさい。指示するから飛んでくれる?」

脳波通信で位置を確認し合う。

「いたぞ!」
ジェットの言葉にフランソワーズは崩れ落ちた。

 

6

このままでは見つかってしまう。
病院に連れて行かれるのは厄介だ。
どうする…?

壁にもたれかかり、身動き取れぬまま、首だけは動いた。
頭を殴られた時に、脳波通信が故障したようだ。
多分フランソワーズに送ったSOSも届かなかっただろう。

空には星が瞬いていた。

「今日は…晴れだ」
晴れてもこの身体じゃあどこにも行けない。
このまま無事に研究所まで帰れたら…の話だが。

何処からか靴音がする。

隠れられない!

「ジョー、大丈夫か⁈」

「…ジェット…」
安堵感に急に力が抜けた

「おい、しっかりしろ!何があったんだ?」

「わからない…いきなり…後ろから」

「今研究所に連れて行くからな、フランソワーズ、ジョーを研究所に運ぶから、お前はそこで待ってろ」

「フランソワーズ来ているのか?フランソワーズに聞こえてたのか?」

「あいつが懸命に探してくれたんだ。感謝しろよ」

ジェットがジョーを抱えようとした

「あ、ちょっと待って、探知機持ってる?」

「あん?防護服だからあるが…何だ?」

「僕にとどめを刺さなかったから、研究所を探知されるのかと…僕の身体に発信機でも取り付けられていたら…と」

「まってな、今調べる。しっかしヒデーやられ方だな、無防備全開じゃねーか」

「全くもってその通り。無防備でした」

「もうしゃべるな、一応止血はしたが…ひどい出血だ。フランソワーズ、博士に輸血の準備を頼んでくれ…フランソワーズ?」

「どうした?」


「…大丈夫だ、返事が来た、お前の姿見てショック受けてるだけだ。怪我が治ったら抱き締めてやれよ」

「…」

「黙るんかぃ!」

「…もうしゃべるなって言ったから」

ジェットはニヤリと笑う
「探知終了、大丈夫だ。じゃあ帰るからな」

ジェットはジョーを抱えて飛ぶ。

7

ピッピッ…
定期的に機械音が聞こえてくる。

まぶたを開くと、フランソワーズが微笑んだ。

「気が付いたのね」

「探してくれたんだってね、ありがとう」
「よかった…無事で」

フランソワーズはジョーのベッドの脇の椅子に腰掛ける。

「輸血まだ終わらないし、点滴もしているから今日1日はここに寝ていてもらいますからね」

「脳波通信…壊れていたんじゃあ…」

確かにフランソワーズに助けを求める前に、頭を殴られていた。

「そうね、壊れていたそうよ…不思議よね、私には聞こえたの」

「それより…僕の正体を知っていたんだ…耳元で『009』と…」
フランソワーズの顔が曇る。

「まだ私達を狙う誰かがいるのね…」

「何故とどめを刺さなかったのだろう…あの状況なら簡単に…」
その先の言葉は飲んだ。

「…警告…かしら」

「警告…」

ジョーはぼんやりと吊り下げられている点滴袋を眺めていた。

「まだ残党がいるのだろうか…」

「でも…もし」
俯いていたフランソワーズが顔を上げる。

「ジョーが都会の闇の中で狙われても、私が絶対見つけ出してみせる!
どんな路地裏でも…どんな酷い所でも…私はあなたを…助ける!」

「フランソワーズ…」
ジョーはフランソワーズを引き寄せたかったが、両手は点滴で固定されて動かせない。
それを察したフランソワーズが椅子から立ち上がり、ジョーの顔に近づく。
フランソワーズは両手をジョーの頬に当てる。
「無事で…よかった」

ジョーが目を閉じる
それを合図にするように、フランソワーズが唇を落とす。

 

8

その時、勢いよくメディカルルームの扉が開いた。

フランソワーズは飛び上がる。

「オイオイジョー、フランソワーズといちゃつくのは、怪我が治ってからって言っただろーが!」
ジェットが笑いながら入ってくる。

フランソワーズは顔を真っ赤にして
「いきなり入って来ないでよっ‼︎」と怒っている。
そんな事はおかまいなしにジェットはジョーの側に来た。

「イワンがお前が襲われた前後のシブヤの防犯カメラを洗い出してる。しかし、お前がいた所は防犯カメラも映らないって…知ってたのか?」

「まあね、昔は防犯カメラに映されると、色々不都合あったし」

「恐れ入りました」ジェットがお手上げのポーズをする。

「イワンは何か見つけたのかい?」

「路地から出てきた男を見つけている、それを解析中だ」

「何かが起こっている事は確かだね…」

「お前は今日は休んでろ。フランソワーズも寝てないんだから休めよ」

ジェットがメディカルルームを出て行く。


「さ、ジョー、休んで」
フランソワーズがシーツを掛け直す。
「フランソワーズは?」
「博士が仮眠を取っているから、起きてきたら替わるわ」

「もう大丈夫だから寝て来なよ」


フランソワーズは少し恥ずかしそうに
「もう少し側にいていい?」

ジョーはニコッと笑い
「じゃあさ…」

 

9

研究所は騒がしかった。
イワンがジョーを襲った人間を特定したからだった。

その人間をどうこうしたって、ほんの一片に過ぎない。
でも自分達を危険に晒す事は解決しておかなければならない。

イワンとジェットが現場に向かう事になった。

仮眠から目覚めた博士に、ジェットが報告する。

「…後、ダイジンがヨコハマから向かえるそうだし、グレートが日本に向かっているから後で合流予定、フランソワーズは、さっき仮眠取るように言ったから、目覚めたら連れて行く」

「ジョーがいないと…大変じゃのう」

博士とジェットがメディカルルームの扉を開ける。


2人一瞬固まった。


「今日はここを開けると愉快な事が起こってるんだが」
ジェットが苦笑いする。


「フランソワーズは…このままにしておいてやった方がいいじゃろうて」
博士は嬉しそうに顔を綻ばせる。


「しかし…その体勢、フランソワーズ寝苦しくねぇのかよ」

何を言っても目を覚ます気配はない。

ジェットは呆れた顔してメディカルルームを後にした。


博士はジョーの脈を確認すると、フランソワーズに毛布を掛けた。

ベッドに寝ているジョーは、顔だけを左に向け、脇の椅子に腰掛けたまま、上体をベッドに伏せたようなフランソワーズは、ジョーの顔に自分の顔をつけるように眠っている。

2人のおでこはくっついている。

話しながらいつの間にか眠ってしまったのだろう。

2人とも幸せそうな寝顔をしていた。

「いい夢を見ているといいのじゃが…」

博士は2人を起こさないよう、そっとメディカルルームを後にした。



~おしまい~

 

​2015.10.21~10.29

bottom of page