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secret

 

 

 

 

「ふぁぁぁ〜」


大きくあくびをして背伸びをする。

 



コズミ博士の研究所でたった一人残されたフィリップは、退屈すぎて仕方なかった。
研究員は皆出かけていて、自分一人だけ留守番だった。

 


「電話がかかってきたら対応してくれ」と所長に言われたけれど、かかってきた電話はプロバイダーのお得プランのお知らせのみだったし、それ以外は何もなくあくびをする他なかった。
 


しかしここの研究所の研究員はよく現場を離れる。


小さい研究所だから何でもしなければならないのはわかるが、研究に没頭できないではないか。
コズミ博士は世界的にも有名なのに、研究所を大きくしないのは何か理由があるのだろうか?



そういえば…


コズミ博士ととても仲のいいギルモア博士だって生体工学では有名な博士なのに、その技術をあまり表に出さずにいる。
同じ生体工学の小柳博士との共同開発という名で、表に出るのは常に小柳博士の研究室だ。


ギルモア博士の研究所はどこにあるのかすら謎なのだから…

 



ギルモア博士といえば…
フランソワーズさんは元気なのだろうか?


最近会っていない。

 



フィリップは最近車を購入した。
気候も良くドライブ日和が続くとフランソワーズを誘ってどこかに行きたいといつも思っているのだが、

誘うのには大きな壁が立ちはだかる。


でもいつかきっと一緒にドライブを楽しみたいと、妄想しながら楽しんでいた。

 



その時

 



勢いよく目の前のドアが開いた。



入ってきたのは血相を変えたフランソワーズだった。

フィリップの姿を見つけると、ものすごい勢いで走ってきた。

 



「フ…フランソワーズさんっつ!一体どうしたんですか?」
フィリップもさすがに動揺する。



「フィリップさん…助けて!!」
フランソワーズはフィリップの手を握る。

「え?な!何?」



フィリップは何の事やら分からず、ただフランソワーズの縋るような態度に固まるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 


「フランソワーズさん、落ち着いて!一体何があったのですか?」

フィリップは興奮気味のフランソワーズを落ち着かせようと、近くから椅子を持って来て座らせる。

水の入ったコップを渡す。

フランソワーズは勢いよく水を飲むと、深呼吸をした。



「ごめんなさい、つい取り乱してしまって…」

「何か事件でも?」

「話すと長い事になるから、ついて来て欲しいの。話はそれからで…」

研究所の地下は駐車場になっている。




フィリップの愛車の隣にあったのはジョーの車。
 


そっか、奴も来ていた訳か。
自分を頼ってくれたフランソワーズに一瞬でも期待していた自分自身に失笑する。

車には誰もいなかった。
フランソワーズは運転席に乗り込む。



「あれ?これジョーさんの車ですよね?ジョーさんはいないんですか?」

フィリップの質問に、 フランソワーズの顔色が一瞬変わったような気がしたが、きっと駐車場の明かりのせいだろう。

「それも後で話すから、とりあえず乗って!」

「あ、はい」

今何を聞いても説明する気がないと気づいたフィリップは、黙った。




海の蒼と空の青が交わりそうで交わらない景色を車窓からぼんやり眺めていた。



夢だったフランソワーズとのドライブが呆気なく叶ったが、自分は助手席で、運転は怖い顔したままのフランソワーズで、

車内は無言で、車は…あいつの物だ。
 


車内でフランソワーズが発した言葉は
「これから見るもの、聞いたものは他人に言わないようお願いします。」


だけだった。

 



フィリップはこれからとんでもない事に巻きこまれるのだけは理解でき、覚悟を決めるしかなかった。
 

 


 

フランソワーズに連れてこられた先は、ギルモア邸だった。


いつもはリビングに通されるが、リビング前を通過する。

長い廊下の突き当たりで、フランソワーズが立ち止まる。

壁にある何かに手を当てた。


突き当たりだと思っていた壁が、スライドする。

指紋認証で開くドアのようだ。



その奥には階段。

フィリップはからくり屋敷のような作りよりも、フランソワーズが淡々とその作業をこなしている事に違和感を感じていた。

前から色々疑問はあったが…
考えないようにしていたのかもしれない。



彼女…彼女だけではない、ジョーさんも含め、この家の住人達の「秘密」を。

多分これから自分が見るものが彼等の「秘密」なのだろうと、心の隅で不安と期待が入り混じっていた。


階段を降りると、また扉があり、フランソワーズが先程と同じ作業をする。

シュー、とドアが開く。

「おぉ」


思わず口から出てしまった。




ギルモア博士は有名だ、研究施設がないなんて事はないと思っていたが…

地下にこんな大規模な研究施設があるとは…

住居より狭い廊下の両側にドアがある。

一箇所だけ窓があるが、窓を覗いて愕然とする。



「潜水艦?」


かなり大きな潜水艦が停泊している。

彼等はいったい…

フランソワーズが部屋の一つのドアを開ける。

ギルモア博士とコズミ博士の姿があった。
ベッド…というより手術台のような所で、誰かがよこになっている。



ジョーだった。
どうやら意識がないらしい。



フィリップはジョーの元に駆け寄ると、ギルモア博士に質問をする。

「いったい何が?」

博士は大きなため息をつく。

「毒薬だ」

頭の中で整理がつなかいまま、そこに立ち尽くすしかなかった。

意識のないジョーの顔をただ見ているしか…




こいつさえいなければ…という感情は不思議と起こらなかった。

多分、フランソワーズの憔悴しきった表情を見てしまったからだろう。

助けなければフランソワーズまでいなくなってしまう…そんな事を考えていた。



「博士、解毒剤作りましょう」
フィリップがコズミ博士に声をかける、コズミ博士はうつむいて


「ダメなんじゃ…わからんのだよ…この薬の成分が…」

「え?」
コズミ博士にもわからないのなら、僕がどう頑張ったって…



「ジョーが乗り込んだ施設におそらく薬の処方箋がある筈なんじゃ」


ギルモア博士もうつむいている。
 

 


「フィリップさん、行きましょう」
フランソワーズだけはしっかりと前を向いている。
「行くって…その施設はどこに?」

 


「ジョーがちゃんと地図を残してくれたの、シールドが張ってあるけど、私なら見つける事が出来るから」

「ちょ…ちょっと待って、フランソワーズさん、簡単に言ってるけど…危険じゃないの?」



フィリップが慌ててもフランソワーズは全く臆する事なく

「お願い、ジョーを助けて…」



そう言うだけだった。
 

辺りは暗くなっていた。

海岸線を車のライトが照らす。

フランソワーズは黙って運転していた。

フィリップは疑問に思う



「ジョーが地図を残してくれたの」
そうフランソワーズは言っていたが、地図など一度も見ていない。

「あのー」
どうしても気になり、フランソワーズに話かける。

「え?」
一瞬助手席を見る。



「地図を見なくても目的地がわかるんですか?」



フランソワーズは一回瞬きをした。
「わかるの」

フィリップは次の言葉が浮かばず、視線を外に向ける。

 



「そうね、フィリップさんには本当の事言わなければならないわね」

「?」
フィリップは視線をフランソワーズに戻す。
フランソワーズは前を向いたままだった。

「随分前にフィリップさんが話していた事…覚えているかしら?」

「話?」

「研究員達の間で噂になっていた…という」

 


あ!



フィリップにとってはただの噂話だった。
本当にそんな「団体」が存在するなんて思ってもいなかった。



でも研究員達の間では、ある組織に誘拐された人々が身体に機械を入れられた…なんて話が時々出てきていた。



そんなのアメリカのコミックの話だと最初は信じてもいなかった。
しかしあまりにも多方面からその噂話が耳に入るようになり、もしかしたら?と思うようになっていた。



ギルモア博士が生体工学を専攻しているのだから、博士の近くにいるフランソワーズの耳に入っていないかと、一度軽い気持ちで聞いた事があった。
 


その時のフランソワーズの反応は覚えていない。
それ位気にも留めていなかった。

 


でも…。



「あの時貴方が話していた『ある組織から逃げ出したサイボーグ達』…それが私達なの」



フィリップは運転席を見る。
フランソワーズはこっちを見ることなく、まっすぐ見つめたままだった。



かける言葉が見つからない。
こういう時使うんだろうな…とどこか他人事の様にフランソワーズの告白を繰り返す。

 



あの時…自分がフランソワーズに噂話をした時…
失礼な事を言っていなかっただろうか?
彼女を傷つけていなかっただろうか?
そんな事ばかり考えていた。

 


「気持ち悪いわよね…」
黙ったままのフィリップにフランソワーズは言う。



「え?」
フランソワーズの言っている意味がわからず思わず聞き返す。

「人間じゃないの、私達」



フランソワーズがフィリップの方を向く。



その顔はとても美しかった。
 

「どうして人間じゃないなんて言うんですか?」

フィリップの言葉に、フランソワーズは黙ったままだった。

「それは…だって…そう思わないの?」



フィリップは毅然とした態度で
「そんな事一瞬でも考えなかった!ただ今まで僕が話をした中でフランソワーズさんを傷つけていたかもしれないと思っていただけだ!」

「フィリップさん…」

「フランソワーズさんは…何があってもフランソワーズさんだ!」



「大体の科学者は私たちの正体を知ると研究対象を見るかのような目に変わるの…だから…つい…ごめんなさい」

「でも…こんな時に不謹慎だけど、フランソワーズさんが秘密を告白してくれた事は嬉しいよ。」



前から小さいモヤモヤはあった。
何故彼女は日本にいるのか?


自分はコズミ博士に憧れ日本にやってきたが、バレリーナを夢見ていた彼女が何故生体工学の博士の元にいるのか?
そして博士の元にいる多国籍な人達。


それがフランソワーズの告白で全部綺麗に収まった。
 

 


「ジョーさんは何故毒薬を?」

「わからないの。私は教えている子供達のバレエの公演があって家を空けていたから…帰ってきたらもう…多分何か不穏な動きを確認して偵察に行ったのね。」



すれ違う車もなくなった。
目の前には不気味な様相の廃工場。
もう閉鎖されて何年も経過しているのだろう。廃墟のようだった。


「ここね」
フランソワーズは車を止め、外に出る。



「フランソワーズさん!待ってくださいよ!」
フィリップが追いかける。


 

暗闇に不気味にそびえ立つ廃工場にフランソワーズは躊躇うことなく進んでいく。



「フランソワーズさん!ちょっと待ってくださいよ!こんな廃工場で薬品など作られているわけないじゃないですか!」

「でもジョーが残した地図はここだと示しているわ」

フランソワーズは立ち止まると目を閉じる。



「フランソワーズさん、何を?」

「ちょっと静かにしていて!集中出来ないから!」

「あ、はい」
フィリップはフランソワーズを黙って見守った。

 

 


その姿を見ていた時、ふと過去の記憶が蘇る。

2人で研究室の劇薬金庫に閉じ込められた時もこのような行動を取っていた。
「ああそうだったのか」

「こっちよ」
目を開けたフランソワーズは走り出す。




鍵すら朽ちてなくなった扉は、不気味な音を立てながら開いた。
天井からサビが落ちてくるような感じだった。

工場内にあっただろう機械は全て撤去されていて、錆びたドラム缶があちこちに転がっている。

迷いなく進むフランソワーズの後ろをただ着いて行く事しか出来ないフィリップ。


どこにもそれらしい設備が見つからない。


そもそもこんな何もない廃工場で薬品など作れるわけもない。
ジョーの残した「地図」もあてにならないとフィリップが思い始めた時



「あったわ、ここから入りましょう」
フランソワーズが地面を指差した。

「え?ここって?」
フィリップはフランソワーズが指差している地面を見つめた。



麻袋のようなものが重なってある部分を取り除いてみると、大きなマンホールの蓋が出てきた。

「これを開けたいんだけど」



開ける?



きっと産業廃棄物の処理に困って地下に捨てているって位なもので、何もないと思うのだけれど…。

フランソワーズは錆び付いたマンホールの蓋のようなものに手をかける。

とっさにフィリップも手を出した。

「僕が…」
こんな汚いもの触らせるわけにはいかない。

 



結構重かったが、所長に重い荷物を運ばされて力が付いたのか、マンホールの蓋のようなものを持ち上げることができた。

下を覗いて絶句する。



「な…!!」



フランソワーズは持っていたショルダーバッグから銃を取り出す。

「慎重に行くわよ」



そこはゴミ捨て場ではないようだ。
地下に続く階段が伸びていた。

 


銃を向けながら慎重に階段を降りるフランソワーズに続き、フィリップもゆっくりと階段を降りる。

 



そこには

 



廃工場の地下とは思えないような、広い廊下が繋がっている。



薄暗く不気味だが、まだ新しい廊下を歩くと、左右にドアが見えてきた。

この光景…どこかで。



あぁギルモア博士の研究所だ。
こうやって地下に基地を作っているのはそう珍しい話ではないんだ。

あまりにも衝撃的なモノばかり見せられ、フィリップも感覚が麻痺していた。

 



フランソワーズは迷うことなくひとつの扉の前に立つ。



フィリップがその後ろに立った瞬間、振り向いたフランソワーズに押し倒された。

「え?」



何が起こったのかわからなかった。
フィリップはフランソワーズの下敷きになった形のまま動けないでいた。


フランソワーズの胸が…



そんな感動よりも上にいるフランソワーズの行動に息を飲んでいた。



見えなかったが、誰かを銃で撃った。
そしてフィリップを押し倒したのはその誰かが銃を向けたから。



先ほど立っていたドアには沢山の銃痕があった。
そこにいたらと思うとゾッとする。

 


「フィリップさん、大丈夫?」
いつもの優しいフランソワーズがフィリップを気遣う。



フィリップは体を起こすと、目の前に人が倒れていた。

「し…死んだのですか…?」

「大丈夫、これはロボットよ」

「ロボット?」
どう見ても人間だ。



「よく出来たロボットですね…」
 


「ここをロボットに見張らせていたのね、ジョーは恐らく毒薬を撒くロボットに出くわしたのかもしれないわね…私たちも注意しないと」
 


「ジョーさんはここで倒れたわけではなさそうですよね。ちゃんと戻ってきているようだし、そうなると毒薬の効き目が出てくるのは時間が経ってから…ということでしょうか?」



「私たちだから効き目が遅く現れた…って事も考えられるわ」

「そうか…」



「あの扉の中の部屋はコンピュータールームのようね、当たってみましょうか」



フランソワーズは銃痕が生々しい扉の前に立つ。


パスワードを瞬時に解読し、扉が開いた。

「すごい」

 


これだけの設備、一個人ではとても揃えられない。
バックに大きな企業がいるのか、それとも何か別のものが…



「このコンピューターをハッキングするからフィリップさんは解毒剤の作り方を探して欲しいの」

「わかりました」



沢山のコンピューターが並んでいた。
フランソワーズは一つのパソコンの前に座る。

素早くブラインドタッチを繰り返す。
その様子をフィリップは見守るしかなかった。

 


「できたわ」


それほど時間はかかっていない。
「ギルモア研究所のコンピューターにも繋げたから、博士たちも一緒に探してくれるわ」



フィリップは慌てて隣のパソコンの前に座る。



「お願いね」
フランソワーズは席を立つと、銃を持ちフィリップの後ろに立つ。


フランソワーズは立っていて、フィリップは座っているが、背中合わせの状態。

 



「フランソワーズさん」
フィリップがパソコンの画面を睨みながらフランソワーズを呼ぶ。

「何?」



「解毒剤の作り方が見つかって…ジョーさんが助かったら…」

「え?」

「僕とデートしてくれませんか?」



フィリップは顔をパソコンの画面から離さずにいた。



フランソワーズは一瞬振り返り、フィリップの方を見たが、パソコンの画面から目を離すつもりがないと気づくと、元の位置に視線を戻す。

「いいわよ」

 


「ありがとう…何が何でも探し出してジョーさんを助けます」

「ありがとう…」



お互い背中合わせのまま、顔を見合わせる事もなかった。

 

毒薬の成分はコズミ博士から聞いていた。


膨大な資料の中から探すのは時間がかかりそうだったが、ここに人が入ってハッキングされるなんて事は想定外だったのか、

あっさり見つかった。



それと同時にこの研究所を作った理由も、毒薬の開発の理由も知ってしまう。

 



寒気がした。
こんな事が地下で起こっている事実を。



自分は人を助けたいから薬学の勉強をしている。
それは同時に人を恐怖に陥れる事が出来るのだと言う事を知ってしまった。



「フランソワーズさん、見つけました。このデータをギルモア研究所に送ります」

「ありがとう!」

 


フランソワーズは思わずフィリップの背中に抱きついた。

「フ!フランソワーズさんっ!」
嬉しいが、そういうんじゃない。

 



「早くこの研究所を壊しましょう!そうしないと大変な事に!!」

「わかったわ、私についてきて」

フランソワーズは軽い身のこなしで攻撃してくるロボットを銃で倒していく。

途中で何かを置いている



「それ、何ですか?」



「爆弾よ」
天使のような顔をしているのに…。



…なんてカッコイイんだ…



「じゃあ早く脱出しなければ」

「大丈夫よ、ちゃんと計算しているから」

2人は走りながら出口を目指す。

 



狭い階段を見つけ、そこを登るとあのマンホールに出た。



何もない廃工場。
この下にあんな恐怖が…

 



「さ、フィリップさん!急いで!」

フランソワーズに手を引かれ、廃工場を出る。

 



車に乗り込むとフランソワーズは思いっきりアクセルを踏み込んだ。
タイヤが鳴るほどの急発進。

 


サイドミラー越しに廃工場が爆破して燃えているのが見えた。


「あの研究所を作った理由は」
フィリップが話し始める。

 

 


「毒薬を撒き散らし、世界を恐怖に陥れ、高額な解毒剤を販売する為に作られた」

「どこかの企業かしら?」

「そこまではわからなかった。とにかく解毒剤の作り方だけを探していたから」

フランソワーズは大きく息を吐く。



「どうしてその技術を良い方に使ってくれないのかしらね」

「そうですよね、僕はそんな人間になりたくないです。困っている人を助けたいからこの勉強しているんです。絶対になりたくない…」

フランソワーズがハンドルから左手を離すと、フィリップの右手に重ねた。

「大丈夫よ、あなたならきっと沢山の人を助けてくれるはず。」

「ありがとう」


 

 


フィリップがわざとおどけるように


「さてと、そろそろコズミ博士が解毒剤を作って、ジョーさんが目を覚ましている頃じゃないですか?たーっぷりお礼を言ってもらわないと!」

「まぁ!」
フランソワーズが呆れたような顔をする。



「もう、いつになったら2人は仲良くなってくれるのかしら…」

「無理でしょ」

「もう、フィリップさんたら」



夜の闇の中、車のテールランプだけが進んで小さくなっていった。

10

霧の中にいたような感覚からだんだんと意識がはっきりしてくる。



「はっ!!」



自分では飛び起きたつもりだったが、何かにそれを遮られた。

右腕に点滴をされていたのに気付く。

身体を少し動かした事で、側にいたフランソワーズが気がついた。



「目を覚ましたのね…よかった」



フランソワーズがジョーに近づき、動かした右手を元の位置に戻す。



「まだ動いちゃダメよ、点滴が終わらないから」

「一体何が起こっていたんだ?」

「あなたが潜入した地下施設はある薬品を作るための研究所だったの、毒薬を作り、街中にばらまいて人々を混乱させ、解毒剤を高い値段で売る計画だったようよ」

「そう、地下施設にはロボットがいて、一人で何とかしようと思ったけれど、ロボットと戦っているうちに気分が悪くなった。場所がわかったし出直そうと研究所に戻ってすぐ意識を失った…」

「毒薬を何らかの形で体内に入れられたのね」

「こんな身体なのに毒薬は効くんだからね」

「だからロボットじゃないのよ、生体部分があるって事ね」



ジョーは右手に付けられている点滴を眺めている。



「フィリップさんが解毒剤の成分を調べてくれたの。あの施設に一緒に行って探してくれたの。」

「そうか…じゃあ僕らの正体も彼にバレたんだね」

「ええ」

フランソワーズが俯いた。

「遅かれ早かれいつかはバレていたと思うよ、彼は我々に近づきすぎていたから」

フランソワーズは黙って頷くと

「もう少し眠った方がいいわ。この点滴が終わるまで安静にしていないといけないから」
そう言い、ジョーにシーツをかけ直す。

 


「フランソワーズ」

「なぁに?」

「ありがとう」

「お礼は私よりフィリップさんに言ってね」



フランソワーズの言葉にジョーは苦笑いをした。


 

11

フィリップは、メディカルルームに入る。



ジョーが目を覚ます。

「点滴の様子を見に来ただけだ」
まさか目を覚ますとは思わなかったから、バツ悪るそうに作業する。

「ありがとう」
ジョーがフィリップに向けた眼差しは優しい。



「フランソワーズさんに…フランソワーズさんに頼まれたからだ」

フィリップは視線を逸らす。

「僕らの正体もバレちゃったみたいだね」




フィリップは黙ってひとつ頷いた。

「フランソワーズを…今までと同じ様に見ていて欲しい…」

「もちろんだ!フランソワーズさんは何があってもフランソワーズさんだ!」



ジョーはふっと笑うと
「ありがとう」と再び口にする。



「そ…そんな事言うなよ!ボクとキミはライバルなんだから!ボクがフランソワーズさんを…そんな事絶対ないけど、嫌いになれば、キミは嬉しいはずだろ?」
 


「ライバルがいないと、恋は盛り上がらない」
ジョーの余裕の笑みに負けたと思いながらも、強がるフィリップ。



「今回のことでボクは一歩リードしたと思っているけどね」
 


「はいはい、負けました」
ジョーが半分笑いながら言う。


どこまでも腹立つ男だ!
フィリップは口には出せず心で叫ぶ。


しばらく無言で作業を続けていたフィリップだったが、ひとつ咳払いをすると

「でも、君たちの秘密を共有できるというのは正直嬉しい。そして、それに協力出来る事が分かったのも」

正直な気持ちをジョーに打ち明ける。



ジョーは否定も肯定もせず黙ってフィリップの言葉を聞いていた。


 



「あら、ここにいたの?」
フランソワーズが入ってきた。
「フィリップさん、コズミ博士が探していたわ」


「ジョー、あなたの命が助かったのはフィリップさんのお陰なんだから…」



「いや、それは無理だね、な、フィリップ?」
ジョーはいたずらっ子のような顔でフィリップを挑発する。


「もちろん、こっちだって」
フィリップも同じ様な顔をする。

「もう、いつになったら和解するの⁈」
フランソワーズが呆れる。

 


「「一生ないね」」



2人同時に笑い出す。

12

すっかり元気になったジョーは、リビングをウロウロしている。



「フランソワーズは?」
ソファーで本を読んでいるアルベルトに聞く。

「お前さんを助けてくれたお礼にデートだそうだ」

「え?聞いてないよ、どこ行ったの?」

「さあな」
アルベルトは口角を上げる。




自室に戻って間もなくジョーがもどってくる。

手には財布と車の鍵

「どこに行くんだ?」
アルベルトは見透かしたような顔をする。

「ちょっとコンビニ」

「お前の命の恩人から頼まれていてな、お前さんに投与した薬、臨床実験していないから、何か副作用が出るかもしれないから、1日様子を見ていてくれと」

「…」

「だから今日は外出禁止だ。アイツだってお前の為に頑張ったんだから、ご褒美くらいくれたっていいだろうに」

「わかりましたよ」



ジョーがふてくされたように向かい側のソファーに横になり、足を投げ出す。
 


「分かればよろしい」
アルベルトは再び本を読み始める。

 






頑張ればいつか報われる
大学時代の恩師がいつも言っていた。



頑張ったって報われた事なんてなかったから、それは選ばれた人の特権なのだと思っていた。

でも今は違うような気がする。



自分が人の役に立てる事
大切に想っている女性の笑顔を再び見れた事。



たとえそれが
片思いだとしても…




彼女が僕の車の助手席に乗ってくれる日がこんなに早く来るとは思ってもいなかった。



都会のお洒落なレストランとか若い女性が好きそうなカフェとか色々情報を集めていた。

でも彼女が行きたいと言ったのは山間の自然溢れた何もない所だった。


 


「空気がきれいね」
車から降りて深呼吸をする彼女を見ていた。



「本当にこんな何もない所でいいんですか?」

「何もないからいいんじゃない」

デートってこんなものなのだろうか?



「お弁当作ってきたの」

「え?」

レジャーシートを敷き、お弁当を食べることにした。

おにぎりとか唐揚げとか卵焼きとか…

これをいつも食べることができる人の顔を想像すると腹が立つが、今は自分の為のお弁当だ。



「いただきまーす」

澄んだ空気、美味しいお弁当、そして隣で笑う彼女。




「これからも…僕に出来ることがあったら何でも協力します」




彼女達の秘密を知ってしまったのは偶然だったのかもしれない。
でもいつかはこの日が来ると覚悟していたに違いない。
それだけ僕はこの人たちに関わりすぎていた。

 



「ありがとう…あの時はジョーを助けたいばかりにフィリップさんに無理をさせてしまって…
色々とショックだったわよね?」

「驚いただけです。何かあるのは前から分かっていましたから、どちらかといえばモヤモヤがスッキリした…というか…あ、すみません、そういう言い方良くないですよね」



一番のモヤモヤはフランソワーズが日本にいる事だった。
なぜバレエの夢を諦めて日本にいなければならなかったのか…それだけがいつもどこかで引っかかっていた。

 


「僕は夢を叶える事が出来たのに…フランソワーズさんは…」
思わず口に出てしまい慌てていると

 


「そうね、フランスでバレエを続ける事が私の夢だったのかもしれない…でも今は日本の子供達にバレエを教えるっていう新しい夢が叶ったわ。
そして子供達が上達して行って世界に羽ばたいてくれる事が今の私の夢」



新しい夢を語るフランソワーズの顔は嬉しそうで、フィリップは先程の自分の台詞を恥じた。



「フィリップさんの夢を守るためにも、私の夢を守るためにも…その為なら戦える」

「僕も同じ気持ちですよ」



彼女達と同じようには出来ないけれど、自分にも平和を守る為に戦う事が出来る。

 



お弁当を食べ終わると、フィリップは名残惜しそうに帰り支度をする。



「ごちそうさまでした。今日はありがとう」

「あら、まだ大丈夫よ」

「あんまり長くフランソワーズさんを独り占めしていると後が怖いから」



「今頃くしゃみしているわよ」



顔を見合わせると2人同時に笑った。

 




〜おしまい〜
 

​2016.5.30~7.1

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