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​夏は誰のものでもない

コズミ博士の研究所

新入社員だった美香も仕事に慣れ、フィリップの助手として毎日頑張っていた。

距離は…

フィリップが美香に関心がない…というか、仕事上の相棒としか思っていないのは目に見えてわかっていて、それでも美香は、毎日フィリップの側で仕事できるだけでも幸せだった。

心が近づけないジレンマは、時々現れるジョーにぶつける事で、うまくストレス発散は出来ている…と思う。


研究所で1週間夏休みが貰える事になった。

大学時代は長い夏休みだったが、社会に出たらそんなに休めないと、何の予定も入れていなかった。

フィリップの助手だからフィリップと一緒のサイクルで休暇を取る事になった。

…と言ったって、一緒に何処か行こうなんてこの人は言うわけないんだよなぁ。

美香は田舎にでも帰ろうかと、休憩時間にスマホで故郷行きの列車の空きを確認する。

「佐伯さん!」

突然フィリップに話しかけられて、ビックリする。

「は!はい?」

「夏休みって何か予定ある?」

フィリップの言った事の意味が始め理解できずに固まる美香。

フィリップがそんな事を聞いて来るとは…

「いえ…特に予定ないから実家にでも帰ろうかと…」

「あ、そっか、そうだよね、しばらく帰っていないんでしょ?それなら実家に帰った方がいい」

簡単に引き下がる。

「夏休みに何かあるんですか?」

「ギルモア博士の研究所の人で、コックいるでしょ?夏の間海の家始めたんだけど、思った以上に盛況で、手伝って欲しいって言われていてさ、1人でも多い方がいいかと思ったから…」

「そういう事ならいいですよ!2日くらいなら、残りで実家に帰ればいいですから」

ギルモア博士の…で真っ先に浮かんだのがフランソワーズ。

きっとフランソワーズに頼まれた。

でも。

夏休みにフィリップと一緒に海の家の手伝い。

少し期待する美香だった。


 

 

 


 

仕事帰りに覗くショーウィンドウ

海の家の手伝いだけだから、水着などいらないと思いながらも、もしかしたら?
という期待で一度通り過ぎたのだが、戻ってみた。

もう何年も海には行っていない。

ショーウィンドウのマネキンをじっと見る。


それからしばらくして…


「買っちゃった…」


期待している自分に落ち着け!と思う心と、水着を買っただけで浮ついている心。


「中に着ているだけなら…いいわよね」
誰に言うわけでもなくひとり言い訳みたいに呟く。


「あら?美香さん?」

みんなが苗字で呼ぶ中、一人だけ名前で呼んでくれる人がいる。


美香は声のする方を向くと、お辞儀をする。

そこには笑顔のフランソワーズ。


「こんばんは、今日はお一人ですか?」


「私も仕事帰りなの」

フィリップから聞いていた。
フランソワーズはバレエスクールの講師をしていると。

「フランソワーズさんは明日海の家のお手伝いを頼まれているのですか?」

「えぇ、明日は仕事もないので…あ、美香さんもお手伝い頼まれたの?」
その顔は嬉しそうに見えた。

「フィリップさんに…頼まれまして…」

小さな声でボソっと言った言葉を、フランソワーズは聞き漏らさなかった。

「そう!フィリップさんが!そうなの!」

まるで自分の事のように喜ぶフランソワーズをじっと見つめる美香。


「明日が楽しみになったわ!早く帰って休まなきゃ!明日よろしくね!」


そう言い残し、駅に向かって早足で立ち去った。



一人残された美香は、水着の入った袋を抱えたまま、しばらく動かずにいた。

 

青い空…白い雲
砂浜には海水浴客がそれぞれの休暇を楽しみ
海ではじゃれあうカップルが…


「ほら、そこ!ボケっとしないで!これ運ぶネ!」

「は!はい!」

海辺の景色とは違い、ここはまるで戦場。

こんなに人がいるとは思わなかったわ…
美香はラーメンをお客様の元に。

ビキニ姿の彼女の髪を彼らしき人が撫でている。

いいなぁ…

ふとフィリップを探す。

彼も忙しくラーメンを運んでいた。

「ホント、助かるわ、ありがとう」
声をかけられ顔を上げると、ポニーテールのフランソワーズが笑っている。

Tシャツとショートパンツ姿は珍しく、髪を上げているのも初めて見た。

健康的な美しさ。

「島村さん…は?」

「食材足りないから買い出しに行ったわ、こんなに繁盛するなんて店主も想定外でね」

確かに…
入社してすぐに所長に連れられて行った飯店の味は今でも忘れられない。

あの味が海の家で食べられるのなら、繁盛するのも頷ける。

「お試しでお店出してみたらしいけど、
来年はどうなるのかしらね?」

「ほら!そこ!喋ってないで運ぶネ!」

「怒られちゃった」
フランソワーズは舌を出す。

忙しくても楽しそうだ。

美香はこっちを見ていたフィリップと目が合う。
すっと視線を逸らされた。


そうね…フィリップさんはフランソワーズさんしか見えないわよね…

美香は唇を噛んだ。




「佐伯さん、手伝いに来てくれたんだ!」

ダンボールを抱えてジョーが帰ってきた。

「島村さん!ちょっと!」

「な…何?」

美香の剣幕にまた何かやらかしたかと、とりあえずダンボールを置き美香の元へ。


「フランソワーズさん放っておくと危ないですよ!」

「は?」

「ほら、見てください、あれを」
美香の指差す先には大学生風の男子数名が、ラーメンを運んで来たフランソワーズに何か話しかけている。

「彼女なら大丈夫だよ」
呑気なジョーに

「何が大丈夫なんですか!さっきから見ていましたが、海の家に来る男性客のほとんどが、水着姿の女性より、フランソワーズさん見てるんですよ!」

「それ、ラーメンまだなの?って奴でしょ?」

「はああああ」
美香はわざと大きな声でため息をつく

「島村さんはなーんにもわかっちゃいません!フランソワーズさんの魅力を!同性でも素敵だと思うんですよ!」

美香はジョーに詰め寄る。

ジョーはニコっと笑うと

「ありがとう」
と言う。

「ありがとう?」
美香は思わず聞き返す。

「うん、ありがとう」

ジョーの言葉の意味を今は全く理解出来ない美香だった。


 

「佐伯さん、ごめんね、せっかくの休暇なのにバイトさせちゃって」

怒涛の1日目が終わり、片付けをしている時、フィリップが声をかける。


ここに来て初めて話をするのかもしれない。
ジョーやフランソワーズは時々話しかけて来てくれたが、フィリップは全く話しかけて来なかった。
こっちから話すのも躊躇い、すれ違っても無言だった。


Tシャツの下の水着は何の役にも立たなかった。


「学生時代のアルバイト思い出しました。とても楽しかったですよ!」
美香はわざと明るく振る舞う。

「よかった…こんなに忙しいとは思わなかったからさ、実家に帰った方がよかったんじゃないかと…」

「そんな事ないです!フィリップさんに誘っていただけただけで嬉しかったんですから」

その言葉の意味はフィリップには伝わらない。
伝わるなら言わない。


「実はね、フランソワーズさんが佐伯さんも是非誘って欲しいって言ったんだ。」

そうなんだ…

フィリップさんの提案じゃないんだ…

結局は…
みんな
フランソワーズさんが…
なんだ


「どうしたの?」

急に黙った美香にフィリップが心配する。


「私…まだまだだなぁって思って」

「?」

フィリップが頭の上にハテナマークを付けている。



気にせずフランソワーズの元に。

「お疲れ様でした。フランソワーズさんがフィリップさんにお話したんですって?」

「あら、そんな事言ってたの?もう!」
フランソワーズはフィリップを睨む。

何故睨まれたかわからずフィリップは再び頭にハテナマークを付けている。


「あなたの気持ち、私にはわかるから」

フランソワーズは美香の手を握る。

「応援しているわ」

「そ…そんなんじゃ!」

簡単に核心を突かれあたふたする美香

「羨ましいって思うの…」

「え?」

「あなたが」

同性が見ても美しくて、男性が思わず振り返るほどで、これまた女性が振り返るほどの彼氏がいて…

…フィリップさんの心までも独り占めしているのに


なのに

何故私なんかを羨ましいと?


その時一瞬、ジョーの言葉も思い出す

「ありがとう」





帰りはフィリップが送ってくれた。

「海の家は明日までなんですか?」

「お試しで店を出したらしいよ、だから期間も短いみたい。口コミって凄いね、シャワールームも他の娯楽もないのに、ラーメンだけであの混雑だよ」
疲れたって顔でフィリップが笑う。


「美味しいですものね、あのラーメン」

「ダイジンさん、怒ってばかりだったね」


名前があるのに何故か「ダイジン」と呼ばれている店主。
飯店も大繁盛で、ジョーやフランソワーズは時々手伝いに行っているらしい。


あのコックとギルモア博士、ジョーやフランソワーズとの繋がりがよくわからない。
触れてはいけないようで黙ってはいるが、3人の様子は最近の繋がりでない事がわかるくらいだった。


フィリップさんは…
フランソワーズさんの事、どこまで知っているのかしら…

まっすぐ前を見て運転しているフィリップを美香は無言で見つめていた。



 

2日目も変わらずの忙しさだった。

期間限定で今日までの出店だから、ひっきりなしにお客さんが訪れる。

厨房の殺気は近寄るのも怖いくらいだが、お昼休みに出してくれたラーメンの味は暑い夏でも美味しかった。


水着姿の人達がラーメンを食べている姿もなかなか滑稽ではあるが…

これが日本では当たり前だとフランス人2名に思われてなければいいが…。

美香は日本人ではない2人を目で追う。






店を閉めたのは、あたりが暗くなる頃だった。

「みんな、ありがとね」
殺気立っていた店主もいつもの優しい笑顔になっていた。

「ねぇ、花火あるから、やらない?」
フランソワーズが店の奥から沢山花火を持ってきた。

「いいねぇ」
フランソワーズが両手に抱えてきた花火を、ジョーが覗き込んでいる。

美香はふと、隣にいたフィリップを盗み見る。

2人の仲睦まじい様子を、穏やかな表情で見ている。

何故?

「わかっているのよ」
そっと隣に来たダイジンが美香に耳打ちをする。

「フィリップはんは、わかっているのよ」

「え?」

「フィリップはんは、フランソワーズの幸せだけを考えてるから…」

「それで彼は幸せなんですか?」
叶わない恋だと知っているのに
フランソワーズさんはフィリップさんの事をこれっぽっちも…

あれ?

それって私も…同じ?

「フィリップはんはまだあんさんの気持ちをわかっていないみたいだけど、ゆっくり時間をかければまだチャンスはあると思うネ」

「わっ!私は!そんなっ!」

「何言ってるね、あんさん顔に書いてあるネ、フィリップはんの事が大好きですって」

「えっ?えっ?」
美香は動揺して顔をゴシゴシする。

「フィリップはんもどこ見てるかねぇ、こんなにチャーミングな女性に慕われているのに」

「えっ?私は…」

「きっと気づいてくれるはずだから頑張ルネ!」

ぽんっと背中を叩かれた。

「美香さんも花火やりましょうよ!」
フランソワーズが呼んでいる。

フィリップはもう砂浜で、ジョーと打ち上げ花火に火を点けている。

パパン!
小さな打ち上げ花火が夜空に開く。

突然舞い降りた夏の思い出
フィリップとの距離は相変わらずだが、応援してくれる人がいる事がわかっただけで心強かった。


「フィリップさん、誘ってくれてありがとうございました。」
美香はフィリップの側に来る。

「何か夏休みらしくなかったけど」

「いえ、最高の夏休みでした!」

2日間こき使われたのが最高の夏休みとは…という不思議な顔をしたフィリップに笑う美香。


フランソワーズが美香を見て笑う。


いつまでもこうしていたい…
そんな夏の終わりだった。


〜おしまい〜


 

2017.8.10〜8.27

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