
teen
1
「平和」という言葉が誰からともなく聞こえるようになった日々。
みなそれぞれの「行くべき所」「やるべき事」を模索し始めた。
フランソワーズはバレエのレッスンに通うことになった。
コズミ博士の研究所の所長の親戚がバレエスクールを経営している…という話が出て、レッスン位なら是非と勧めてくれた。
電車で1時間近くかかる距離。
週一回ではあるが、それでも気晴らしになる。
久しぶりのバレエに胸が高まるが、ブランクも不安だった。
電車に乗ると、高校生のカップルが目の前に座っていた。
「あ~!!俺終わった~!!」
「まだ48時間あるじゃない」
テスト期間中なのだろうか、これから一緒に勉強するのだろうか?
女の子の手にはコンビニで買った袋が下がっている。中にはチョコと眠気覚ましのガム。
女の子は男の子の学ランを着ていた…というより肩にかけてもらっていた。
男の子はワイシャツで寒そうだ。
ふと出会った頃を思い出した。
ブラックゴーストから逃げて来て、コズミ博士の家にお世話になっていた頃、私も彼もまだ10代だった。
彼はいきなり得体の知らない多国籍集団との同行を余儀なくされて、戸惑っていたようだった。
拐われる前が前だった事と、まだ尖っていたせいもあり、誰にも干渉はさせなかった。
彼の荒んだ生活や言動、誰も受け入れない態度の中に、どこか迷いや不安定さが見え隠れしていた。
とても気になったが、関わると危険な感じがしたので、遠くから見ているだけだった。
夜になると居なくなる。
この地は彼の故郷らしいから、居なくなっても朝にはちゃんと帰って来るから心配はいらないと皆は言う。
誰にも干渉させず、いつも独りだった彼の事が急に気がかりになった。
あの時はまだ心配なだけだったのかもしれない。
ある夜、フランソワーズは、コズミ邸を抜け出した。
目と耳を使えば彼を探すことが出来ると思った。
近くにはいないようだ。
都会に出て遊んでいるんだろうと皆は言っていた。
それで彼は満たされるのだろうか…。
もう時間は夜中だった。
こんな時間に一人ウロウロしているのは怖かったが、彼が気になった。
国道に出た所で、数人の男に声を掛けられた。
「お姉さん、こんな時間に何してるの~?危ないなぁ一人でこんなところにいちゃあ」
ニヤニヤしている。
ゾッとした。
逃げようとしたら腕を捕まれた。
車に乗せられそうになる。
「やめて!!」
「何してるんだ!!」
見上げるとそこにはジョーが立っていた。
「キミの知り合い?」
この状況を見たら、知り合いじゃないでしょ?!
「違うなら手を離した方がいいよ」
フランソワーズの腕を掴んでいた男に近づく。
「…怪我したくなかったらな…」
低い声だった。
車の男達は何かを察したらしい。
「覚えてろよ!!」
といい、去っていった。
「あ…ありがとう」
おそるおそる顔を上げる。
「こんな時間に何をしていたんだ?」
「…あなたの事が心配で…」
「…心配?」
ジョーは不思議そうな顔をしてフランソワーズを見た。
「何故?」
その質問にフランソワーズは答えられなかった。
近くにいると思ったから、薄着で家から飛び出したフランソワーズ。
季節は冬に近づいていたから、深夜ともなると冷えてくる。
言葉なく並んで歩いていたが、フランソワーズがくしゅんとくしゃみをした。
フワッと何かが肩にかかる。
「風邪引くぞ」
ぶっきらぼうに反対向いてジョーが言う。
ジョーがパーカーを貸してくれた。
彼の温もりが、彼の匂いが、暖かい気持ちにさせてくれた。
「もう夜中出歩かないから…」
ジョーがポツッと言った。
「キミもこんな時間に外に出ちゃダメだ。」
フランソワーズの中で何かが変わった。
2
電車を降り、バレエスクールに向かう。
途中踏切に足止めされた。
そう…こんな踏切だったわ。
ブラックゴーストが包囲網を狭めていっていた頃、フランソワーズは都心に怪しい影が出没したという情報を頼りに、アルベルトと調査をしていた。
遮断機の降りた踏切に足止めされ、電車が通る。
電車が行ったあとに、踏切の向こう側を見ると、ジョーが女の子と遮断機が上がるのを待っていた。
アイツも結構遊んでいるらしい。
ジェットの話を思い出していた。
すれ違いざまにアルベルトに
「すぐ戻る」と囁いたジョーの姿を黙って見ていたフランソワーズ。
心がズキンと痛くなった。
女の子は楽しそうにジョーを見上げている。
女だから解る。彼の事が好きなんだ。
でもジョーはさほど嬉しくもない顔をしていた。
楽しくないなら一緒にいなければいいのに…。
すれ違った彼の後ろ姿に投げ掛けた。
その夜、何食わぬ顔をしてジョーが帰って来た。
アルベルトにはすぐ戻るといっておきながら…。
あの女の子と一緒だったのよね。
また心がズキンと痛くなった。
何かしら…この痛み…。
コズミ博士の家に厄介になっているから、家事などはみんなでローテーションしていた。
今日の食事の後片付けはジョーとフランソワーズの担当だった。
2人特に会話することなく、黙々とフランソワーズが洗った食器をジョーが拭いていく。
沈黙に耐えられなくなったフランソワーズが口を開く。
「お昼の女の子」
フランソワーズが突然話したのでジョーは手を止める。
「何?」
「お昼すれ違った時に一緒だった女の子は彼女なの?」
キョトン…としている。
「いいや」
「え?」
「別に…もう会わないし」
「は?」
あの女の子の顔を思い出す。
だってあの子…幸せそうな顔していたのに!!
「あの子は絶対にあなたが好きよ!!私だって女だから解るわ!!もう会わないって…」
痛かった心が、何故か怒りに変わっていた。
何なのよ!!この男は!!
「好きじゃないもん」
「!!」
思わずジョーに平手打ちしてしまった。
泡だらけの手で。
「何?何なのよそれ!!好きじゃないなら思わせ振りな態度しないでよ!!あの女の子きっと傷ついてるわ…」
「いって~!!何すんだよ!!」
ジョーがフランソワーズの腕を掴む。
「だって、だって…あなたには人を愛する心がないの?誰かを好きになった事がないの?」
涙が出てきた。
こんな男に一瞬の気の迷いで流されそうになっていた自分が情けない。
フランソワーズの言葉にジョーは手を離し、ふっと笑った。
「そうかもね、キミの言う通りかも。人を好きになった事なんてない。誰も信用していないからね。」
淋しそうに笑うジョーを見て、再びフランソワーズの心が痛んだ。
3
バレエスクールのドアを開ける。
ピンと張った緊張感が懐かしい。
所長の親戚の小松さんが、皆に紹介してくれた。
早速着替えてレッスンを始める。
楽しい、また踊れると思うと嬉しくなる。
コズミ博士の家にお世話になり、数週間が経過した。
夜中出掛けなくなったジョーだったが、年と境遇が同じジェットと意気投合したようで、コズミ博士のリビングで毎日飲み明かすようになった。
煙草は吸う、酒は飲む、会話の内容はオンナノコの話ばかりと、「ガラの悪い」2人に周りは若いからと放置気味だった。
戦いになればこの2人が最前線に立たなければならないから、その重圧から逃げているのも周りはわかっていた。
フランソワーズだってこの2人と年はそう変わらないのだが、育ってきた環境が違いすぎて、話に入れなかった。
夜中目が覚めてしまい、水を飲もうとキッチンへ向かう。
リビングでは、大散らかしの中、2人が寝ていた。
「しょうがない人達ね」
呆れはしたが、2人の寝顔を見るととてもあどけなく、思わず笑みが出てしまった。
若いのに、運命を変えられてしまった私達。
彼等の気持ちだって解らないわけではない。
毛布を持ってきてジェットに掛ける。
もう一枚をジョーに…。
その時、聞き取れない位に小さい声で
おかあさん
そう聞こえた。
彼の生い立ちをイワンから聞かされたのは、その後だった。
4
レッスンの休憩時間は、軽い自己紹介タイムになった。
10代の女の子達は、本当におしゃべりだ。
ファッションや好きな音楽、男の子の話で盛り上がる。
やはり年上の「完成」された男の人に魅力を感じるよね~。と。
絶対にジョーに迎えに来てと言えないな…なんて考えた。
でも…そんな彼だって10代の頃は未完成の粗削りだったんだから…。
いよいよブラックゴーストの魔の手が、コズミ邸に近づいてきたので、一行は日本を離れることになった。
ジョーは故郷との決別となる。
少し沈んでいるようにも見えた。
ブラックゴーストの刺客が、次々と襲ってきた。
戦いたくはない、でも生きるために戦わなければならなかった。
ジョーが一瞬油断した隙に、敵が攻撃してきた。
「危ない!!」
フランソワーズは咄嗟にジョーの前に出た。
その後の事は覚えていない。
目を覚ましたのはドルフィン号のメディカルルームだった。
ベッドの隅に何かが見えた。
…髪の毛?
茶色い…。
ジョーが伏せて眠っている。
よかった、助かったのね。
身体を起こそうとしたが、激痛が走る。
動いたのを察したジョーが目を覚ます。
「フランソワーズ!!」
…初めて名前を呼ばれたような…気がした。
「よかった…無事だったのね」
フランソワーズがニッコリ笑う。
「キミは…何故自分の身を犠牲にして僕を助けた?」
「…考えてはいないわ、咄嗟に動いたの。」
「何故…」
え…?
あんなに尖っていたのに、女の子は遊び相手としか見ていなかったのに、人の心なんて傷つけたって平気じゃなかったの?
初めて見たジョーの涙。
「何故助けたんだ…何故?」
どうしたの?
「自分を犠牲にするなんて…」
ハッとした。
この人は、守られた事がないのだと。
フランソワーズも両親を亡くしているけれど、兄がいた。
いつも兄が守ってくれていた。
でもジョーは…。
泣くことすら許されなかったのだろう。
フランソワーズもそんな彼の人生に涙が出てきてしまった。
彼を幸せにしたい…。
手を伸ばし、ジョーの手を握る。
驚き、顔を上げたジョーに、笑って頷いた。
5
レッスンが終わり、電車に乗るため、駅に向かう。
ホームで電車が来るのを待つ。
ジョーのお陰で目と耳の調節が出来るようになり、普通の生活を手に入れる事が出来た。
あの時は…そんな事も考えられなかったわね…。
遂にブラックゴーストとの決戦になった。
戦いは過酷だったが、最前線のジョーとジェットの負傷だけで、何とか勝利を納めることが出来た。
ジョーとジェットは暫く意識不明だった。
特にジョーは重症で、ジェットが目を覚ましたというのに、まだ目覚めなかった。
フランソワーズは毎日祈る。
彼を幸せにしたい。だから目を覚まして…。
メディカルルームで付きっきりだった。
だって目を覚ました時に誰もいないなんてきっと彼には耐えられないから…。
目を覚ました時に、私が最初に「ありがとう」って言うの…。
握った手は暖かい。
あの時、フランソワーズがジョーを助けた時のように…。
握った手に微かだが力が入る。
ゆっくり瞼が開く。
目を覚ました時に、一番最初に言いたいの…。
ありがとう
6
電車の中では、ほとんどが液晶画面とにらめっこしている。
後は参考書らしきものに赤いシートを当てている学生と、小説を読んでいる若い女性。
スポーツ新聞を読んでいるおじさんもいるわ。グレートに似てる。
流れる景色もあまり見えない。
中吊り広告は芸能人のゴシップ記事か、大学の宣伝ばかり。
…でもこれが日常。
コズミ邸の近くに家を建てることになった。
それまでまたコズミ博士の家でお世話になることになった。
つかの間の平和。
みな自分の身の振り方を考え始めていた。
張々湖が真っ先に横浜で飯店を開きたいと言ってきた。
料理の腕は放浪中に振るっていたので、皆認めていた。
博士が出資する事で、開店する運びとなる。
ジェットはアメリカに帰ると言う。
アルベルトもドイツに戻る。
ジェロニモはアリゾナで牧場経営の手伝いを決めていたし、グレートはイギリスの小劇団から誘いがあるという。
ピュンマは独裁政治を終えた故郷を有志と建て直すという。
イワンは博士と研究を続ける意思がある。
ジョーは何かを考えているようだった。
博士とも何やら相談しているみたいだったし、コズミ博士も交えていた。
数日後、大学に進学する話を聞く。
初めて出会った頃のような目はもうしていなかった。
彼が何故大学に拘ったのかと疑問に思ったら、コズミ博士が教えてくれた。
自分達の将来の為に、ギルモア博士の助手になるのだ…と。
自分の存在理由を見出だす事が出来てから、ジョーは必死に勉強した。
元々頭は良かったようで、博士たちも進んで家庭教師をかって出た。
ある夜の事。
誰もいないリビングで、フランソワーズは一人映画を見ていた。
受験勉強の息抜きにと、ジョーがリビングに入ってきた。
映画は、パリにいた頃見たフランス映画だった。
真剣に見ているフランソワーズの邪魔にならないよう、静かにコーヒーを淹れるジョー。
ジョーが隣に座わるが、存在に気づかないくらいに映画に入り込んでいた。
その時…。
フランソワーズの目からポロっと涙が流れた。
テレビの画面がフランソワーズの顔に反射して、涙が光って見えた。
綺麗だ…。
思わず身を乗りだし、フランソワーズにキスをした。
「!!」
フランソワーズは隣にジョーがいた事もわからなかったのに、突然キスされて、飛び上がらんほど驚いた。
「え?!」
ジョーはフランソワーズを抱き締めると再びキスをする。
この人は好きでもない女の子とも平気でキス出来るんだから…。
心ではそう思い、必死にブレーキをかけようとするが、彼に惹かれていく自分を止めるとこはできなかった。
7
最寄り駅で降り、バスを待つ。
秋も深まってきた。
暖かい日もあれば寒い日もある。
今日は暖かい日だったようだ。
気持ち早めだった緩く巻いたストールを掛けなおす。
ギルモア邸が完成し、引っ越しを済ませた。
普段我が儘を言わないジョーだが、窓の大きな海が一望できる部屋を先に選んでいた。
他のメンバーはここで暮らすわけではないからと、ジョーの我が儘を受け入れた。
ジョーの部屋は満月の日にはとても幻想的な雰囲気になる。
月明かりに照らされた水面に波の音。
ジョーは窓際にベッドを配置し、贅沢な景色を楽しみながら眠りに落ちていた。
ギルモア邸に引っ越して暫く経つと、皆それぞれの故郷に帰って行った。
博士も学会が入り、張々湖も店の2階に住居を構えた。
イワンも眠りに入り、ジョーとフランソワーズの2人きりになった。
フランソワーズは意識してしまいドキドキしていたが、ジョーはいつもと同じマイペースぶりだった。
晩ご飯を2人で食べ、他愛ない話をして、ジョーはリビングのソファーに寝転んでテレビを見ていた。
意識していたのは自分だけだったと、安堵と恥ずかしさともどかしい気持ちだった。
お互いに部屋に入る。
寝ようと思ったフランソワーズが、妙な物音を聞いてしまった。
どうしよう…。
音は益々大きくなる。
意を決し、部屋を出た。
8
バスは海沿いを走る。
やがて乗っていた人が居なくなる。
いつも最後だ。
それ位人のいない所に「家」がある。
バスを降り、空気を胸一杯に吸った。
妙な物音を聞いてしまったフランソワーズは、ジョーの部屋をノックする。
「何?」
寝ようと思っていたんだろう。
Tシャツとジャージ姿だった。
「物音が…するの…」
自信なさげに言ってしまう。
「どこ?」
一緒に見に行ってくれるようだ。
ホッとした。
「あそこみたいなの…」
廊下にある窓の外のようだ。
ガラッと窓を開ける。
下を覗き笑う。
「これだ!!」
ジョーが摘まんだもの…。
ガマガエル!!
「きゃっ!!」
フランソワーズが驚いたので、咄嗟にカエルを離す。
それと同時にフランソワーズがジョーに抱きついた。
バランスを崩したジョーが、廊下に尻餅をつく。
その上にフランソワーズが覆い被さった。
2人顔を見合わせ笑う。
ひとしきり笑うと、ジョーが真顔になった。
フランソワーズの背中に手を回す。
ドキッとした。
静かに優しくキスをされた。
口から心臓が出そうな位ドキドキしている。
聞こえているのでは…と思うくらい。
唇を離すと、ジョーが静かに言った。
「…いい?」
その一言で全てわかった。
ジョーの胸に顔を埋めて、コクりと頷いた。
ジョーはフランソワーズを抱き上げた。
胸に顔を埋めたままだった。
この暖かさ、匂い。
あの日のパーカーの温もりに似た…。
あの頃より成長しているのかしら?私達。
気が付くとジョーの部屋に入っていた。
ジョーがフランソワーズをベッドに降ろす。
今までよりもずっと優しく、深いキス。
彼と同じ気持ちだったと嬉しくなる。
涙が…流れる。
ジョーは、涙ごと抱き締める。
満月だった。
フランソワーズはぼんやりと思う。
この時の為に彼はこの部屋を選んでいたのかもしれない。
だって…。
あまりにも幻想的すぎたから。
そして…あなたも…。
9
ここから「家」までは徒歩で10分くらい。
空を見上げると見事な夕焼け。
えっと、この雲は何て名前だったかしら?
サンマ…じゃないわ、イワシ雲。
「お~い!!」
後ろから声がして振り返る。
ジョーだ。
新しいおもちゃに乗っている。
今彼がはまっているおもちゃは、ロードバイク。
購入してから、海岸通をよく走っている。
マリンボーダーの長Tを捲り、チノパンを七分丈まで折り、素足にスニーカーな姿は、パリにいる生意気な少年のようだった。
自転車から降りると、フランソワーズに笑顔で「おかえり」という。
「ただいま」
「どうだった?」
「楽しかったわ」
「そう、よかった。」
穏やかな…本当に穏やかな時間。
10代の頃の私達には想像も出来ない時間。
「ねぇ…」
「何?」
「私とロードバイク、どっちが大切なの?」
「え?」
ジョーは一瞬自転車を見る。
「今、自転車を見たわね!!」
フランソワーズがわざと拗ねる。
「ま、まさか!!そんな」
あたふたするジョー。
10代の頃は何があっても無関心だったのに…。
「ジョーなんて、だ~いっきらい!!」
笑顔で言うと走り始める。
「待てよ!!待てったら!!」
自転車を何故か引っ張ったままジョーが追いかける。
私達…成長しているのかな?
出会った頃を思い出しながら、今の自分に囁いた。
~おしまい~
2015.9.16~9.24