
time difference
1
日本 22:30
静かに波打つ水面
空にはぽっかり浮かんだ月。
ジョーは1人、砂浜を歩いていた。
退屈だった。
退屈…という言葉自体、とても贅沢だとジョーは感じていた。
窓から見えた月があまりに大きかったから、砂浜に出てみた。
砂浜を歩いているうちに、スニーカーに砂が入る。
靴の中の砂を出そうと
ひょいと左足を上げ、右手を上げたが、ふと気づき手を下げた。
隣で肩を貸してくれる人がいない事に今気づく。
当たり前のように隣にいたのかと、思わず可笑しくなる。
見上げた空には真ん丸な月。
目を凝らせばクレーターまで見えそうな…そんな月。
ジョーはしばらくぼんやり月を眺めると、ジーンズの後ろポケットから携帯を出す。
電話をかけると、コール音に耳を澄ます。
2
フランス 15:30
急な仕事だった。
怪我をしたキャストの代役が必要だと。
あなたならこの演目は練習しなくても身体が覚えているから…
バレエ学校時代の旧友から国際電話があったのが1週間前。
事件らしい事件もなく、何もない平和を感じていた矢先だった。
博士とジョーに行ってもいいかと聞くと、キミにしか出来ない代役なら行ってやらなきゃ。と快く送り出してくれた。
故郷に帰り、兄との再会の時間もないまま、本番に向け必死でレッスンをした。
今日から公演だ。
5日間。
これを終えたらすぐ日本に帰ろうと思っている。
あのメンバーじゃあ、掃除洗濯料理なんて出来そうにない…。
とりあえずジョーが何かしら作れるようだから任せては来たけれど…やっぱり心配。
ダイジンは飯店の予約が沢山入っていると言っていたわ…。
ヒールの靴音が、石畳の歩道を規則正しく響かせる。
今日から…背筋が伸びるような感覚だ。
いい緊張感。
久しぶりの舞台。
気持ちが高ぶってきたその時
携帯が鳴った。
3
フランソワーズは液晶を見る。
液晶はジョーからの着信を知らせている。
「何かあった?」
フランソワーズのいきなりの「何かあった?」にジョーは溜め息をついた。
「何かなきゃ電話しちゃダメ?」
「そんな事はないけど…」
「月が綺麗だからさ…」
ジョーは空を見上げる。
月明かりに目を細める。
「え?何?」
フランソワーズの横をレスキュー車がサイレンを鳴らし通り過ぎる。
パリの喧騒がジョーの耳にも入ってきた。
「聞こえないんだけど!また後でかけ直すから、これからメトロに乗るの」
「あ…今日から舞台か…頑張って」
「えぇ、ありがとう。公演終わったらすぐ帰るから…何か食べたい物は?」
「…月見うどんかな」
「え?何⁈」
「…それも後にするよ、じゃ、頑張ってね」
フランソワーズは電話を切ると、携帯をカバンに入れる。
ジョーは、もう一度空を見上げ、月を見る。
フランソワーズは慌ただしく地下に降りて行く。
ジョーは携帯をジーンズの後ろポケットに入れ、しばらく波打際を歩いた。
〜おしまい〜
2015.10.3~10.5